ソーシャルメディアに強い組織を作る3つのポイント老舗文房具「伊東屋」事例

組織内でソーシャルメディアを根付かせるためのコツは、「まずはトップから説得する」「協力を仰ぎフィードバックを返す」「コスト、労力をかけすぎない」ことである。

» 2013年02月21日 11時00分 公開
[Social Media Experience]
Social Media Experience

 「社内でのソーシャルメディアの理解が低いので、Facebookページなどを作りたくても作れない」――こんな悩みを聞くことがある。ソーシャルメディアを顧客接点の1つとして活用可能な(知名度が高い)BtoC企業の担当者からもこうした声を聞くことがあり、非常にもったいないと感じている。

 ある日、Facebookを見ていたら「Facebookチームが社内の年間最優秀賞をいただきました!」という投稿があった。投稿があったのは、東京、銀座にある老舗文具店 伊東屋のFacebookページだった。魅力的な店舗が人気の同社でなぜ「Facebook」が評価されたのか。ここに組織内でソーシャルメディアを根付かせるためのヒントがあるのではないかと思い、インタビューをすることになった。

 今回インタビューにご協力いただいたのは、Facebook運用チームの富永尚之氏だ。所属はEコマース部で、文具を始めとした各種商品のオンライン販売に関連する業務を担当している。Webサイトの設計/コンテンツ制作に加え、伊東屋のFacebook、Twitterもその業務の1つとしている。基本、顔出ししない中の人という立場だそうで、今回は後ろからのお写真だ。

伊東屋 Facebook運用チーム 富永尚之氏

きっかけは災害の時の情報発信

 Facebookページをはじめるきっかけになったのが、2011年3月の震災だという。当時、ユーザーに向けて告知できるツールは、Webページしかなかった。Webページの更新をするには、テキストなどを用意して、コーディングし、さらにWebサーバーにファイルをアップするという作業が必要になる。「当時、店の営業時間の情報などをお客さまに知らせる術がありませんでした。震災の経験がきっかけの1つになっています」と富永氏。また、企業によるFacebookページ運営が当たり前になってきたことも理由の1つだという。これらをきっかけに、富永氏自身が「Facebookページの運営」を会社に提案した。

 Facebookページの運用というアイデアを思いついてから、富永氏はソーシャルメディアやFacebookに関係する書籍を読みあさって勉強した。その上で、ソーシャルメディアマーケティングの宣伝効果などについてまとめ、社長をはじめとした役員に対してプレゼンした。「Facebookを通して、伊東屋を知ってもらい、そこから集客できたらいいということを伝えました。ただこの時同時に、費用対効果は分からない、測れないということも伝えました。Facebookを始めたからといって、必ず売り上げが上がるとは限らないということも念を押しました」(富永氏)。

 プレゼンの結果、Facebookページを始めることについては、特に反対されることはなく了承されたが、役員陣は格別な期待を寄せているというわけではなかったという。運用を始めてからは、Facebookページに人が集まり始め、反応が得られるようになっていることを社長に報告し、効果を数値で実感してもらうように努めた。100年以上の歴史を持ちながら、積極的に新しいツールを導入する社風には、現在の社長の影響もある。社長は現在40代。「新しいツールや方法などを扱うのに長けている社長なので、すんなり理解していただきました」と富永氏は語る。

会社の年間優秀賞受賞!

 伊東屋には「バリューアップ賞」という表彰制度があるが、先日富永氏は年間最優秀賞として表彰された。新しいことにチャレンジし、Facebookを通したコミュニケーションで、伊東屋を世に知らしめたためだ。しかし、富永氏は「社内で正しく評価されることはうれしいのですが、Facebookページの運用を楽しんでやっているので、賞がなくてもよいという気持ちです。お客さまから毎回評価をいただいているようなものなので、それに応えていくようにしています。お客さまから『つまらない』と言われないようにすることが使命です」と謙虚だ。なお、Facebookページの効果測定という意味ではほとんどやっていないという。「数値だけ見てもあまり意味はない」というのがその理由だ。「Facebookというサービス自体がそもそもいつまで続くか分からないので、そこに頼りすぎるのもよくないと考えています。FacebookもTwitterも、情報発信のための1つのツールとして使うしかないというスタンスです」(富永氏)。

コストはかけずにすべて内製、かける時間は1時間

 伊東屋のFacebookページの投稿は写真とそれにつけられたテキストのクオリティが高いが、投稿のネタ集めや作成は富永氏が基本的に1人で行っている。「Facebookページのための外注コストはかけていません。全部、自前で作成、運用しています。Facebookの運用のための時間としては、夕方5〜6時くらいと決めていて、それ以上の時間はかけないようにしています。投稿の回数は1日に1回です。投稿する時間はおよそ決めていて、夕方5時半ぐらいと、朝一番です」(富永氏)。朝一番の投稿は、伊東屋の本店のクリップと青空を写した写真。この他にも、オリンピック選手の凱旋パレードやiPhone5発売日の長蛇の列など、銀座の時事ネタなども投稿している。

 夕方の投稿は、文具の写真とストーリー。ニュースフィードに流れてきたときに、はっと目をひく写真も富永氏が撮影している。写真の説明には、いつも【】付きのタイトルがついて、その下にストーリーが書かれている。

 伊東屋では以前、店舗の様子をクイズにして投稿する企画も行っていた。この企画はユーザーも反応しやすく、しかも店内のこだわりの装飾も紹介できるところが興味深いが、これも富永氏の企画だったという。もちろん、社内でネタを募って投稿することもある。「各部署のマネージャーが集まる会議などで、ネタを募集することもあります。ネタのたたき台をもらって、投稿するような感じです。自分で売り場を歩いて見つけられればいいのですが、なかなか時間がとれないので社内の協力も重要です」とのこと。

 ネタが見つからないときはどうするのだろう。「ネタが尽きたときは、投稿しません。無理に投稿してもしょうがないですし」(富永氏)。「毎日投稿!」をルールにしてしまうと、投稿すること自体を目標にしてしまう場合があるが、このような割り切ったスタンスも運用者には参考になるのではないだろうか。また、伊東屋のWebサイトには、Facebookページの説明を記したページ「Facebook 伊東屋公式ページのご案内」も用意している。Facebookを利用していない人にも、分かりやすい説明だ。このページは、「Eコマース部のメンバーから『案内ページがあった方がいい!』という提案があって作成しました」(富永氏)。

社内で情報を循環させる

 実際にお客さまがFacebookページを見て来店されるということはどれくらいあるのだろうか。「私たちは売り場に立っているわけではないので、そこまで詳しい情報は入ってきません。たまに売り場の担当者から『Facebookから来店してくれた人がいた。取り上げてくれてありがとう』と言われることがあります」(富永氏)。ウォールの投稿の反応としては、「Facebookの性質もあって、ポジティブなものがほとんど」(富永氏)という。「ただ、まれにクレームのようなコメントが入る時もあります。投稿の内容とは関係なく、『○○の売り場で対応が悪かった』というような来店時の体験に関する投稿です。こうした時は、売り場の担当者に伝えて対応、改善してもらうようにしています。逆にお客さまからいただいたお褒めの言葉も売り場にフィードバックとして、その部門のマネージャーに伝えています」(富永氏)。

 Facebookに寄せられたお客さまからの声をきちんと吸い上げ、良いことも悪いことも、組織として共有する。これは基本的なことだが、ソーシャルメディア運用の中でも肝になる部分でもある。

クチコミで広まるFacebookページ

 伊東屋のFacebookページの「いいね!」数は、2012年9月現在1万6000を超えている。ユーザーはどうやって集めたのだろうか。「Facebookページを始めたときに、月3万円の予算でFacebook広告を出稿してユーザーを集めました。その後は、広告を使っていませんが、毎日少しずつ増えています。目的がファンを増やして何かをやろうということではなく、伊東屋のことが好きだったら「いいね!」をしてつながってくださいね、というスタンスですので、無理に増やさなくてもいいと思っています。今、また広告を出したら「いいね!」は増えそうですが、3万人集めても、5万人集めても、結局は投稿を読んで興味を持ってくれる人がいないと意味がないと思っています」(富永氏)。伊東屋のFacebookページを「話題にしている人」は、およそページの「いいね!」の10%から20%。ユーザーがきちんと見ており、活性化しているページだと言えるだろう。ユーザーのクチコミリーチから「いいね!」をしていないユーザーにも情報が広まり、じわじわと「いいね!」数が伸びている理想的なページの成長パターンだ。

Facebookページでつながることの価値

 最後にFacebookページに参加しないリスクについて聞いてみた。少し考えた後、富永氏は「参加しないリスクというのはまだないと思う」と答えた。「Facebookページやっていますか、と聞いてみて、やっていないからダメということにはならなくて、『ふーん』くらいですかね。実際に自分が運営してみて、情報を発信し続けることのメリットは大きいと感じますが、やっていなかったらまずかったのかというと、そこまでのものではないと思います。自分たちで発信できるツールができたのはうれしいですが、企業によっては発信する必要がない場合もあるでしょう。自分の場合は、『やらない理由がない』から始めたという部分があります。Facebookページを運営することで、お客さまと直接つながりができるのはいいことだと思います。Webサイトなどとは全然違って、やはり会話ができることが大きいです」(富永氏)。

まとめ:Facebookを社内に浸透させる3つのポイント

 今回のインタビューで、伊東屋のFacebookページが社内の活動として評価されているポイントは、以下の3点にあると言えるだろう。

  • まずはトップから説得する

富永氏が「Facebookページを始めたい」と思った後の行動は組織で新しいことを行う上での王道とも言える、説得用資料を用いた役員へのプレゼンテーションだ。こうした形で了承を得て、その後も成果を報告して価値を理解してもらう努力をすることで、社内全体の取り組みとして受け入れられたのだと言える。

  • 協力を仰ぎフィードバックを返す

 トップの理解が得られたら、同僚の理解も得なければならない。「ネタの協力をお願いする」「良いことも悪いことも、Facebookから得られたお客さまからのフィードバックを現場に返す」という2つを実践し、実際に運用していない他の社員にも、自分のこととして関わってもらっている。

  • コスト、労力をかけすぎない

 富永氏とお話していて感じたことは、Facebookページの運用は、無理をせずに楽しみながら行っているということだ。もし、コストをかけていたらもっと運用評価がシビアになっていたのかもしれないが、負担のない範囲で続けているために、自然な形で運用が続いている。「社内でソーシャルメディアの活用が進まない」「運用しているけれど社内の理解が浅く評価されない」とお悩みの方は、ぜひ参考にしてもらいたいポイントだ。

※この記事はSocial Media Experienceの「ソーシャルメディアに強い組織を作る3つのポイント」を一部修正して転載しています。


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