アドビが「10種類のAIエージェント」を発表 顧客体験はどう変わる?「Adobe Summit 2025」レポート

アドビの年次イベント「Adobe Summit 2025」が開催された。初日の基調講演では、アドビのAIエージェント戦略が明らかになった。

» 2025年03月21日 12時00分 公開
[冨永裕子ITmedia]

 2009年にマーケター向けのソフトウェア市場に参入し、デジタルマーケティング市場の創出とその後の成長をけん引してきたAdobe(以下、アドビ)。顧客体験のためのプラットフォームを提供し、「データ」「コンテンツ」「ジャーニー」を統合してマーケティングにとどまらない「顧客体験管理」という、より大きなビジョンを描くまでになった。そして2025年、あらゆる企業がAIの積極的活用を目指すようになった今、アドビが顧客体験管理の進化形として提唱するのが「顧客体験オーケストレーション」だ。

 2025年3月18日(米国時間)に米ラスベガスで開催された「Adobe Summit 2025」の基調講演に登壇したアドビ会長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏は「AI時代の到来に当たり、クリエイティビティ、マーケティング、生成AIを統合し、パーソナライズされた顧客体験を世界規模で提供することに注力する」と述べた。

 アドビが提唱する「顧客体験オーケストレーション」とは一体何なのか、それが実現するとマーケティングの在り方はどのように変化するのだろうか。

アドビ会長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏(著者撮影)

アドビはなぜ「顧客体験オーケストレーション」を提唱するのか

 アドビのAIへのアプローチは、「クリエイティビティとは人間特有の特性であり、AIには人間の創意工夫を助け、強化することで、生産性を向上させる力がある」という信念に基づくものだ。ナラヤン氏は、アドビの製品はどれもAIエージェントやモデルを統合した「Adobe AI Platform(以下、AI Platform)」で支えられていると説明した。

 アドビは従来、自社のAIエコシステムを「データ」「モデル」「アプリケーション&インターフェース」の3層で捉えてきた。データとはアドビのアプリケーションから取得した顧客体験に関するデータ、モデルはAdobe Firefly ModelおよびAWSやGoogle Cloud、Microsoftなどのパートナーが提供するAIモデルを指す。アプリケーション&インターフェースは「Adobe Experience Cloud」「Adobe GenStudio」「Adobe Creative Cloud」「Adobe Document Cloud」といった製品群だ。

 AI Platformではここに新たに「エージェントオーケストレーション」の要素が加わった。ここには後述する「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator」やパートナーから提供されるAIエージェントが含まれる。

 顧客体験オーケストレーションが目指すのは、企業が「Personalization at Scale(大規模パーソナライゼーション)」の実践を通して、より速く、より大きなビジネス成果を得られるように支援することだ。そのためにアドビはAI Platformを整備し、AIエージェントを提供する。

用途別のAIエージェントを「10種類」発表

 ナラヤン氏に続いて登壇したアニール・チャクラヴァーシー氏(デジタルエクスペリエンス事業部門代表)は、「AIエージェントは、オープンで拡張性のあるものでなくてはならない。アドビが提供するAIエージェント、パートナーが提供するAIエージェント、企業が独自に構築したAIエージェントが協働して動くオーケストレーション機能を提供することにした。また、相互運用性の観点から、パートナーのオーケストレーション環境で稼働するAIエージェントにアクセスできるようにした」と述べた。

アニール・チャクラヴァーシー氏(著者撮影)

 ここでナラヤン氏が語ったアドビのAIエージェントが「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator(以下、Agent Orchestrator)」だ。名前の通り、Adobe Experience Platform上に構築するもので、企業が安心してAIエージェントをデジタル顧客体験に組み込めるよう、信頼性、透明性、セキュリティを担保し、ガードレールも設定した。

 チャクラヴァーシー氏は、Agent Orchestratorの重要な要素として以下の4つを挙げた。

  1. 用途別AIエージェント
  2. マルチエージェントコラボレーション
  3. 推論エンジン
  4. カスタマーエクスペリエンスモデル(CXモデル)

 1番目のマーケター向けに提供する用途別のエージェントについて、基調講演では以下の10種類が発表になった。

  • Account Qualification Agent:企業のB2B(企業間取引)をサポートし、新たな案件を評価・促進することで、営業パイプラインを作る。また、重要商談の購買グループの主要メンバーとのエンゲージメントを強化する。
  • Audience Agent:複数チャネルのエンゲージメントデータを分析し、目標に沿ったより価値の高いオーディエンスセグメントに最適化し、ビジネスゴールに応じて作成できる。こうして得られたセグメントは、大規模なパーソナライズキャンペーンに活用できる。
  • Content Production Agent:あらかじめ定義されたブランドガイドラインに沿った上でブリーフに基づくコンテンツの生成や構成を行うことで、マーケターやクリエイターの業務をサポートする。
  • Data Insights Agent:組織全体に散在するシグナルからインサイトを導き出すプロセスを簡素化し拡張することで、エクスペリエンスメーカー(顧客体験設計者)が戦略を視覚化、予測、修正することを可能にする。
  • Data Engineering Agent:データ統合、データクレンジング、セキュリティなど、大量のデータ管理タスクをサポートする。これらは、組織全体に散らばる異種データを継続的に接続する複雑な作業だ。
  • Experimentation Agent:パーソナライゼーションチームが新しいアイデアを仮説化したり、アイデアのシミュレーションや影響分析を行ったり、さらにはアイデアをアクティブにテストするためアプリケーションに接続することもできる。
  • Journey Agent:カスタマージャーニーのアイデア検討、分析、最適化の各段階でタスクを推進することにより、チームがチャネル横断的な顧客体験を効率的に調整することを可能にする。
  • Product Advisor Agent:顧客それぞれの嗜好や過去の購買履歴をベースに製品を探し、検討する段階の体験を改善することで、ブランドエンゲージメントとファネルの向上をサポートする。
  • Site Optimization Agent:顧客エンゲージメントを高めるために問題を常時自動的に検出し、推奨し、修正することで、パフォーマンスの高いブランドwebサイトを実現する。
  • Workflow Optimization Agent:進行中のプロジェクトの健全性をモニターし、承認を合理化し、ワークフローを高速化することで、生産性の向上とチーム間のコラボレーションをサポートする。

 チャクラヴァーシー氏は「10種類のAIエージェントは、チームに負荷がかかっていて、価値実現までのボトルネックになりやすいプロセスに着目して選んだ」と話す。例えばAudience Agentは、マルチチャネルのエンゲージメントデータを分析し、コンバージョンなどの目標に沿ったより価値の高いオーディエンスセグメントを数時間程度で作成してくれる。ターゲットオーディエンスの作成時間に悩むキャンペーンマネージャーにありがたい機能だ。また、異なるエージェントを組み合わせることで、マーケティングチームやCXチームの能力は大幅に向上することが期待される。

 2点目のマルチエージェントコラボレーションは、複数のエージェントが協調して複雑なタスクを実行するときに不可欠である。Agent Orchestratorでは、適応型意思決定(Adaptive Decision Making)のフレームワークを用いて、エージェントの組み合わせて効率、実行時間、リソースの使用率などのバランスを調整しつつタスクを実行する仕組みを採用した。

 3点目の推論エンジンは、人間が複雑な問題を考えるときに似た推論プロセスでタスクを実行するものだ。タスクの実行結果の予測モデルから実行計画を立て、実行する。途中でうまくいかない場合は、もう一度計画を見直して、最終目標を達成する。

 最後のCXモデルの中身は、アドビがCXデータとユースケースに基づき、独自にファインチューニング(微調整)を施した小規模言語モデルである。プライバシーとデータガバナンスを確保するためには汎用LLMではなくCXモデルを使うのが有効だ。また、実行結果の質を高めるため、思考の連鎖(CoT:Chain of Thought)推論も取り入れている。

 チャクラヴァーシー氏は、「この4つ全てがそろっているからこそ、ハルシネーションで混乱するようなことはなく、マーケターの意図を理解した上で、AIエージェントが複雑なタスクを実行できる」と解説した。

AI PlatformにおけるAdobe Experience Platform Agent Orchestrationの位置付け(画像提供:アドビ)

没入感のある対話型の体験を提供する「Adobe Brand Concierge」

 さらに、Agent Orchestratorをベースに構築した新しいAIエージェントアプリケーション「Adobe Brand Concierge」も発表した。これはブランド独自のチャットbotの立ち上げと運用を支援するもので、「探索」から「検討」「購入」「定着」までのカスタマージャーニーをブランドとの会話型体験で誘導する。マルチモーダルのモデルをベースにしており、テキストだけでなく音声、画像、動画のやり取りに対応する。AIエージェントは「Adobe Experience Manager」のコンテンツとAdobe Experience Platformのデータインサイトを参照し、顧客の好みやこれまでのやりとりの経緯を忘れることなく、パーソナライズされた顧客体験を提供する。前述の10種類のエージェントが汎用的なものであるのに対して、Brand Conciergeはブランド固有のエージェントとして機能する。

Adobe Brand Conciergeの画面(画像提供:アドビ)

パートナーのAIエージェントとも協調

 アドビに限らず、どのソフトウェア会社であれ自社製品だけで企業の全ての業務をサポートすることはできない。そこで非常に重要になってくるのがパートナーエコシステムだ。Agent Orchestratorは、Acxiom、Amazon Web Services、Genesys、IBM、Microsoft、RainFocus、SAP、ServiceNow、Workdayとの戦略的パートナーシップにより、さまざまな分野でエージェント間のシームレスな連携を可能にするツールを提供する。また、Accenture、Deloitte Digital、EY、IBMをはじめとする代理店およびシステムインテグレーターとのパートナーシップ拡大も発表した。

 チャクラヴァーシー氏は「私たちは、ソフトウェア会社、Webプラットフォーム、SIer、デジタルエージェンシーと協力し、顧客体験オーケストレーションの相互運用性を提供している。パートナーと共に、マーケティング、カスタマーサービス、会計、人事、コラボレーション、データマネジメントなど、分野をまたがるユースケースをサポートする」と述べ、Microsoft、SAP、ServiceNowとの取り組み内容を紹介した。

  • Microsoft:「Microsoft 365 Copilot」向けに「Adobe Marketing Agent(プレビュー版)」の提供を開始した。マーケターは、Microsoft 365 Copilotの対話型インターフェイスを利用し、Adobe Experience Platform上のデータやインサイトにアクセスできる。また、PowerPointやWordなどのMicrosoft 365アプリケーションでキャンペーンのパフォーマンスレポートの短時間での作成も容易になる。
  • SAP:Adobe Agent OrchestrationとSAP Business Suite(会計、支出管理、サプライチェーンなどのアプリケーションスイート)と組み合わせ、生成AI テクノロジーでエージェント同士のやり取りから、新しいインサイトの発見や体験の設計に役立てられるような取り組みを進めている。例えば、マーケターがキャンペーンROIを分析する場合、Adobe Data Insights Agentに、SAP内の費用に関する各種データを読み込んでもらうことで、ROIをより詳細に評価できるようになる。
  • ServiceNow:ServiceNowとは、コネクテッドサービスとマーケティングに焦点を当てたAIエージェント統合の取り組みを進めている。アドビがこれまでのビジネスで培ってきた顧客体験の知見をServiceNowの生成AIプラットフォームのNow Assistに統合することで、エージェントワークフローを自動化し、生産性の向上や新しいインサイトの獲得につながることが期待できる。

 基調講演では、アドビだけでなくあらゆるアプリケーションがAIエージェントを通して協調し、複雑なタスクを実行する様子が披露された。その基盤となるのがAI Platformというわけだ。

執筆者紹介

冨永裕子

冨永氏

とみなが・ゆうこ フリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタント。2つのIT調査会社でエンタープライズIT分野におけるソフトウェア分野の調査プロジェクトを担当する。その傍ら、ITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトも経験する。新興領域、テクノロジーとビジネスのギャップを埋めることに関心あり。


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