アドビの年次イベント「Adobe Summit 2025」が開催された。初日の基調講演では、アドビのAIエージェント戦略が明らかになった。
2009年にマーケター向けのソフトウェア市場に参入し、デジタルマーケティング市場の創出とその後の成長をけん引してきたAdobe(以下、アドビ)。顧客体験のためのプラットフォームを提供し、「データ」「コンテンツ」「ジャーニー」を統合してマーケティングにとどまらない「顧客体験管理」という、より大きなビジョンを描くまでになった。そして2025年、あらゆる企業がAIの積極的活用を目指すようになった今、アドビが顧客体験管理の進化形として提唱するのが「顧客体験オーケストレーション」だ。
2025年3月18日(米国時間)に米ラスベガスで開催された「Adobe Summit 2025」の基調講演に登壇したアドビ会長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏は「AI時代の到来に当たり、クリエイティビティ、マーケティング、生成AIを統合し、パーソナライズされた顧客体験を世界規模で提供することに注力する」と述べた。
アドビが提唱する「顧客体験オーケストレーション」とは一体何なのか、それが実現するとマーケティングの在り方はどのように変化するのだろうか。
アドビのAIへのアプローチは、「クリエイティビティとは人間特有の特性であり、AIには人間の創意工夫を助け、強化することで、生産性を向上させる力がある」という信念に基づくものだ。ナラヤン氏は、アドビの製品はどれもAIエージェントやモデルを統合した「Adobe AI Platform(以下、AI Platform)」で支えられていると説明した。
アドビは従来、自社のAIエコシステムを「データ」「モデル」「アプリケーション&インターフェース」の3層で捉えてきた。データとはアドビのアプリケーションから取得した顧客体験に関するデータ、モデルはAdobe Firefly ModelおよびAWSやGoogle Cloud、Microsoftなどのパートナーが提供するAIモデルを指す。アプリケーション&インターフェースは「Adobe Experience Cloud」「Adobe GenStudio」「Adobe Creative Cloud」「Adobe Document Cloud」といった製品群だ。
AI Platformではここに新たに「エージェントオーケストレーション」の要素が加わった。ここには後述する「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator」やパートナーから提供されるAIエージェントが含まれる。
顧客体験オーケストレーションが目指すのは、企業が「Personalization at Scale(大規模パーソナライゼーション)」の実践を通して、より速く、より大きなビジネス成果を得られるように支援することだ。そのためにアドビはAI Platformを整備し、AIエージェントを提供する。
ナラヤン氏に続いて登壇したアニール・チャクラヴァーシー氏(デジタルエクスペリエンス事業部門代表)は、「AIエージェントは、オープンで拡張性のあるものでなくてはならない。アドビが提供するAIエージェント、パートナーが提供するAIエージェント、企業が独自に構築したAIエージェントが協働して動くオーケストレーション機能を提供することにした。また、相互運用性の観点から、パートナーのオーケストレーション環境で稼働するAIエージェントにアクセスできるようにした」と述べた。
ここでナラヤン氏が語ったアドビのAIエージェントが「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator(以下、Agent Orchestrator)」だ。名前の通り、Adobe Experience Platform上に構築するもので、企業が安心してAIエージェントをデジタル顧客体験に組み込めるよう、信頼性、透明性、セキュリティを担保し、ガードレールも設定した。
チャクラヴァーシー氏は、Agent Orchestratorの重要な要素として以下の4つを挙げた。
1番目のマーケター向けに提供する用途別のエージェントについて、基調講演では以下の10種類が発表になった。
チャクラヴァーシー氏は「10種類のAIエージェントは、チームに負荷がかかっていて、価値実現までのボトルネックになりやすいプロセスに着目して選んだ」と話す。例えばAudience Agentは、マルチチャネルのエンゲージメントデータを分析し、コンバージョンなどの目標に沿ったより価値の高いオーディエンスセグメントを数時間程度で作成してくれる。ターゲットオーディエンスの作成時間に悩むキャンペーンマネージャーにありがたい機能だ。また、異なるエージェントを組み合わせることで、マーケティングチームやCXチームの能力は大幅に向上することが期待される。
2点目のマルチエージェントコラボレーションは、複数のエージェントが協調して複雑なタスクを実行するときに不可欠である。Agent Orchestratorでは、適応型意思決定(Adaptive Decision Making)のフレームワークを用いて、エージェントの組み合わせて効率、実行時間、リソースの使用率などのバランスを調整しつつタスクを実行する仕組みを採用した。
3点目の推論エンジンは、人間が複雑な問題を考えるときに似た推論プロセスでタスクを実行するものだ。タスクの実行結果の予測モデルから実行計画を立て、実行する。途中でうまくいかない場合は、もう一度計画を見直して、最終目標を達成する。
最後のCXモデルの中身は、アドビがCXデータとユースケースに基づき、独自にファインチューニング(微調整)を施した小規模言語モデルである。プライバシーとデータガバナンスを確保するためには汎用LLMではなくCXモデルを使うのが有効だ。また、実行結果の質を高めるため、思考の連鎖(CoT:Chain of Thought)推論も取り入れている。
チャクラヴァーシー氏は、「この4つ全てがそろっているからこそ、ハルシネーションで混乱するようなことはなく、マーケターの意図を理解した上で、AIエージェントが複雑なタスクを実行できる」と解説した。
さらに、Agent Orchestratorをベースに構築した新しいAIエージェントアプリケーション「Adobe Brand Concierge」も発表した。これはブランド独自のチャットbotの立ち上げと運用を支援するもので、「探索」から「検討」「購入」「定着」までのカスタマージャーニーをブランドとの会話型体験で誘導する。マルチモーダルのモデルをベースにしており、テキストだけでなく音声、画像、動画のやり取りに対応する。AIエージェントは「Adobe Experience Manager」のコンテンツとAdobe Experience Platformのデータインサイトを参照し、顧客の好みやこれまでのやりとりの経緯を忘れることなく、パーソナライズされた顧客体験を提供する。前述の10種類のエージェントが汎用的なものであるのに対して、Brand Conciergeはブランド固有のエージェントとして機能する。
アドビに限らず、どのソフトウェア会社であれ自社製品だけで企業の全ての業務をサポートすることはできない。そこで非常に重要になってくるのがパートナーエコシステムだ。Agent Orchestratorは、Acxiom、Amazon Web Services、Genesys、IBM、Microsoft、RainFocus、SAP、ServiceNow、Workdayとの戦略的パートナーシップにより、さまざまな分野でエージェント間のシームレスな連携を可能にするツールを提供する。また、Accenture、Deloitte Digital、EY、IBMをはじめとする代理店およびシステムインテグレーターとのパートナーシップ拡大も発表した。
チャクラヴァーシー氏は「私たちは、ソフトウェア会社、Webプラットフォーム、SIer、デジタルエージェンシーと協力し、顧客体験オーケストレーションの相互運用性を提供している。パートナーと共に、マーケティング、カスタマーサービス、会計、人事、コラボレーション、データマネジメントなど、分野をまたがるユースケースをサポートする」と述べ、Microsoft、SAP、ServiceNowとの取り組み内容を紹介した。
基調講演では、アドビだけでなくあらゆるアプリケーションがAIエージェントを通して協調し、複雑なタスクを実行する様子が披露された。その基盤となるのがAI Platformというわけだ。
冨永裕子
とみなが・ゆうこ フリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタント。2つのIT調査会社でエンタープライズIT分野におけるソフトウェア分野の調査プロジェクトを担当する。その傍ら、ITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトも経験する。新興領域、テクノロジーとビジネスのギャップを埋めることに関心あり。
(取材協力:アドビ)
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