マーケティング・セールスの生産性向上を図るため「THE MODEL」を取り入れたいと考える企業は少なくありません。しかし、仕組みが独り歩きして顧客起点でなくなってしまうと、この手法が成長の妨げになってしまうことさえあります。どういうことでしょうか。
「THE MODEL」はセールスフォース・ジャパンで活用されてきた営業プロセスモデルで、マーケティングから営業、カスタマーサクセスに至るまでの情報を可視化・数値化し、営業効率の最大化を図るものです。その効率性と実績から多くの企業、特にB2B SaaS企業で広く採用されています。
THE MODELをうまく取り入れることで成果を出している事例はもちろんあります。しかし、この手法は形だけ取り入れてもうまくいかないどころか、運用によっては見逃せない欠点すら抱えてしまうことになるのではないかと私たちは考え、それを克服しようと試行錯誤を重ねてきました。そしてたどり着いたのが、顧客起点でLTVを最大化する新たな戦略「トヨクモのマーケティングモデル(以下、TMM)」です。
この連載では、売上高5期連続120%以上、解約率0.7%以下を維持するTMMの全貌を紹介します。
THE MODELは、営業プロセスを細分化し、各部門の連携を強化することで、顧客獲得から育成までの一連の流れを可視化し、効率化を図るモデルです。一般的には、以下の4つの組織と役割に分類されます。
THE MODELの主な課題としては、以下の4つが挙げられます。
Cookie規制などを背景にターゲティングの精度が下がり、広告から獲得できるリードの単価が上昇しています。そうした中でリードの数を維持するよう迫られれば、マーケティングとしては「質の低い」リードを取らざるを得なくなります。一方、インサイドセールスやフィールドセールスは目標達成のために、つい自分たちの都合を顧客の都合に優先させてしまいます。押し売りをすれば当然解約率は高まりますから、結果的に顧客生涯価値(LTV)が減少する懸念があるというわけです。
当社トヨクモは「安否確認サービス」やサイボウズ「kintone」に連携するサービスなどを提供するB2B企業です。私たちも数年前まではTHE MODELを参考にしたマーケティングモデルを実施していました。
しかし、代表とマーケティングマネージャー陣が話し合う中で、これまで取り組んできたTHE MODEL型の手法は必ずしも自分たちの目指すべき方向性と合致しないという結論に至りました。そして、先述したTMMへの転換を決めました
私たちのこれまでのマーケティング・セールスの流れを整理すると、以下のようになります。
一方、TMMにおいては、マーケティング・セールスの流れは以下のようになります。
THE MODELを参考にした旧来のマーケティングモデルはSLG(Sales-Led Growth:営業主導の成長)型の戦略と言えます。SLG型では製品を販売するのは営業の役割であり、その価値や魅力は商談で伝えるケースが多いと思います。
これに対し、TMMはPLG(Product-Led Growth:製品主導の成長)型の戦略です。PLG型では、製品が自ら価値や魅力を伝えます。まず無料トライアルなどで触れてもらうことでユーザーに自ら学習してもらい、進んで有償契約をしてもらうのです。PLGにおける営業は、あくまで適切なタイミングで、有償契約・購入を促す仕組みを作る活動を行います。PLGは顧客起点かつ営業の手を介さずに売れる理想の成長モデルとも言えるでしょう。
トヨクモは、TMMでトップライン(売り上げ)を上げるのに成功しています。TMMで重要視しているのは、顧客に素早く製品を届け、すぐに価値を実感できる設計にすること。そのため、無料トライアルは何度でも可能としています。
また、TMMにおいては「リードを取らない」「インサイドセールスをしない」という点が特色です(トヨクモでは、無料トライアルより前の個人情報獲得をリード獲得と定義しています)。
その代わりに、プロモーションが無料トライアルまでを獲得し、次のStrategic Growth(いわゆるインバウンドセールス+カスタマーサクセス)が契約まで獲得します。
Strategic Growthも、全案件の商談化を目指すわけではありません。あくまで必要な方に対して架電し、適切にフォローしています。
また、新規案件も追加案件も同じチームが対応することで、専門性を持って顧客の課題に合わせた提案が可能です。
THE MODELをやめてリードを取らない戦略に変更したのが2022年9月です。当初、現場では困惑する声もありましたが、マーケティングモデルの刷新後もMRR(月次経常収益)は前年比126%以上を維持しています。
また、インサイドセールスに人員を割かなくて済むようになったため、顧客起点の活動に社員のリソースをより多く配分できるようになりました。そのおかげもあって、解約率は0.7%以下をキープしています。
TMMでは、顧客のためにならない不要なマーケティング活動への投資がなくなります。また顧客が製品の価値を十分に理解し、満足してから契約に至るため、解約を抑えられます。つまり、LTV向上にも有効です。
TMMでは「No form No spam, No cold call」をバリューとして掲げています。
エンゲージメントの質を考慮しないフォーム経由でのリード獲得、パーソナライズができていない一斉送信メールを大量送信するようなスパム的アプローチ、ターゲット企業がどのような購買ステージにいるのか把握できていない状態での営業担当者からのコールドコール――。これらをやめて、顧客の課題に対して、顧客の求めるタイミングで、求める価値を届けることを大切にしているのです。
戦術(HOW)ベースで特に大切にしているのが、コンテンツマーケティングです。詳細は第2回の記事で記載しますが、顧客の課題に合わせたコンテンツ(記事、資料、動画など)を2024年度は1049件作成することを目標にして(社名である「トヨクモ」を目標値にしました)、それを上回る1100件のコンテンツを作成しました。
その他にも、オフライン(マス広告や展示会、郵送DMなど)やデジタルマーケティングを組み合わせ、マルチチャネルで顧客起点のマーケティングモデルの確立を目指しています。
今後、AIがより発達して情報化時代がさらに加速していきます。顧客が自分自身で適切なサービスを選び、導入する時代になるはずです。その近未来において、このような顧客起点のマーケティングモデルの重要度はますます高まると考えられます。
THE MODELで売り上げが伸び悩んでいる、契約は取れてもすぐに解約される、製品Aは売れているがB、C、Dはなかなか売れない、そんな悩みを抱える企業のマーケティング担当者は、TMMにトライしてみてはいかがでしょうか。
※この連載に記載している内容は、2025年1月時点の情報に基づくものです
中井康喜
なかい・やすよし トヨクモ マーケティング本部 プロモーショングループ/StrategicGrowthグループ マネージャー。2020年新卒入社。サイボウズが開発・提供するノーコードツール「kintone」に連携した「Toyokumo kintoneApp」(トヨクモが提供するkintone連携サービス6製品の総称)のカスタマーサポート担当を経験後、「安否確認サービス2」のプロモーション担当へ。2023年からプロモーショングループのマネージャー。2024年からStrategicGrowthグループのマネージャーも兼任。主な業務はマーケティングの戦略設計、広告、プロジェクトマネジメント。kintoneカイゼンマネジメントエキスパート。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.