Cookieレスの時代 「リターゲティング広告」にできることはまだあるか?「マルチリターゲティング」入門【前編】

プライバシーの在り方が見直されようとしているこの変革期をデジタル広告はどう乗り越えるのか。新たなテクノロジーを活用した次世代のターゲティングについて解説する。

» 2025年03月25日 08時00分 公開
[奥内鉄治RTB House]

 サードパーティーCookieの利用制限が進む中、プライバシーを保護しつつ広告効果を高めることが求められている。

 Cookieが使えなくなることで最も大きく影響を受けると考えられるのが、ターゲティングだ。筆者の所属するRTB HOUSEは、ディープラーニング(深層学習)アルゴリズムに基づくCookie非依存のターゲティング技術を開発し、クライアント企業のパフォーマンス向上に貢献している。このコラムでは、これまで培った知見を基に、次世代のターゲティングの在り方について、前後編の2回に分けて解説する。

 前編では近年のプライバシーの動向とリターゲティング戦略について述べ、後編では複数のリターゲターを組み合わせる「マルチリターゲティング」戦略について掘り下げて解説する。

Cookieレスの時代にデジタルマーケティングはどう変わる?

 近年、プライバシー保護への関心が世界的に高まり、デジタルマーケティングに大きな影響を与えている。欧州連合では一般データ保護規則(GDPR)が施行され、米国ではカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が導入された。日本でも改正個人情報保護法が施行され、個人データの適切な管理や透明性の確保が求められている。このような背景の中、WebブラウザのサードパーティーCookieがユーザーのプライバシーを侵害する可能性が指摘され、主要なブラウザベンダー各社はこれに対応する取り組みを進めている。

 Appleは「Safari」でサードパーティーCookieを全面ブロックし、トラッキングを制限した。Mozilla も「Firefox」においてデフォルトでCookieをブロックし、サイトごとに分離する機能を導入している。Microsoftの「Edge」は、3段階の追跡防止モードを提供し、ユーザーがプライバシー設定を選択できるようにしている。

 最も高いシェアを持つGoogleは2019年に「Privacy Sandbox」を提案している。これもサードパーティーCookieを使わず、プライバシーを保護しつつ広告効果を維持することを目的としている。その中心となる「Protected Audience API」は、広告ターゲティングに必要なデータをブラウザ内で処理し、匿名化した情報を活用する仕組みだ。これにより、広告主は個人情報を直接扱うことなく、効果的なターゲティングが可能になると期待されている。なお、Googleは当初、2024年までに「Chrome」でのサードパーティーCookieの廃止を計画していたが、同年7月に方針を変更し、ユーザーの選択に委ねる形に移行した。

 このように、サードパーティーCookieの代替手法が統一されていない状況だが、プライバシーを保護しながら効果的な広告配信を実現する手法として、次世代のリターゲティング広告が注目されている。

AIによるリターゲティング広告の進化

 あらためて説明すると、リターゲティング広告は、Webサイトや製品に興味を示した顧客と再びつながるためのマーケティング手法である。ユーザーのWebサイト訪問履歴を基に広告を配信し、単なる閲覧者から、カートに商品を入れたが購入に至らなかったユーザー、さらには既に購入したユーザーまで、幅広く対象とする。

 従来のリターゲティング広告では、そのWebサイト訪問履歴を把握するためにサードパーティーCookieが利用されてきた。それが使えなくなるということで、リターゲティング広告の手法も大きく変わりつつある。AI技術の発展により、Cookieに依存しないターゲティング手法が実用化され、プライバシーを尊重しながらも効果的な広告配信が可能になりつつあるのだ。

 リターゲティング広告は短期的な効果と長期的な戦略性を兼ね備え、適切に活用すれば収益向上に大きく貢献する。ユーザーがWebサイトと何らかのやりとりすれば、Webサイト運営者はユーザーの関心や購入意向に関する貴重なデータを得られる。つまり、ユーザーの興味を予測し、それに応じたパーソナライズ広告を自動的に作成・配信できる。

 リターゲティング広告の成功には先端技術の活用が欠かせない。ディープラーニングをはじめとするAI技術を用いることで、大量のマーケティングデータを分析し、ユーザーごとに最適な広告や表示タイミング、配信場所を迅速に決定できる。さらに、一部のAI技術は自己学習機能を持ち、開発者が都度調整しなくても精度を高め続ける。この自律的な最適化により、広告の効果を持続的に向上させることが可能となる。

 実際に、ホームセンターを運営するA社は、ある分野に興味を示すユーザーが特定の商品群にも関心を持つ傾向に着目した。AI技術を活用したDSPを導入し、購入確率の高い商品をターゲティングして広告配信を行ったところ、広告費用対効果(ROAS)が3倍、平均注文額が9倍に増加した。

 AI技術を用いたリターゲティング広告は、さまざまなマーケティング目標に対して有効性を発揮している。セール期間中の売上向上や初回購入者の増加、モバイルゲームアプリの休眠ユーザーの再活性化、高額商品の問い合わせ促進など、幅広い用途で成果を上げている。これらの成功の鍵となるのは、最先端の技術を活用した精度の高いターゲティングと適切なタイミングでの広告配信である。

マルチリターゲティング広告の導入方法と運用戦略

 リターゲティング広告を成功させるには、広告の対象範囲を広げながらも、関連性を高めることが重要だ。単にインプレッション数を増やすだけでは、コンバージョンにつながらない広告が増え、効率的な戦略とは言えない。

 この課題を解決するのが、複数のリターゲター(リターゲティング広告を専門とする広告配信プラットフォームやプロバイダー)を併用するマルチリターゲティング戦略だ。各リターゲターは共通のデータソースを基にしながらも、独自のアルゴリズムで解析を行うため、単一のリターゲターでは見逃していた潜在顧客にアプローチが可能になる。

 例えば、マシンラーニング(機械学習)を活用するリターゲターは、効果の高いクリエイティブやユーザー特性を学習し、配信効率を向上させることが得意だ。一方、ディープラーニングを採用するリターゲターは、ユーザー像を自動的に見直しながら常に最適な広告配信を行う。このようなリターゲターごとの強みを活用し、それぞれを競争させることで、より効率的な広告を展開できる。

 広告主はCPS(Cost Per Sale:販売獲得コスト)などの指標を用いて各リターゲターのパフォーマンスを比較し、最適な組み合わせを見極めることができる。さらに、マーケティングチャネルごとに最適なリターゲターを選び続けることが可能であり、すでにリターゲターを利用している広告主も、新たなリターゲターを追加することで、キャンペーン全体のパフォーマンスを段階的に向上させられる。

 弊社の調査によると、複数のリターゲターを活用した際のクリックの重複率は10〜20%程度にとどまる。この数値は、異なるリターゲターが同じユーザーをターゲットとするケースがあるために発生するが、必ずしもデメリットではない。むしろ、複数の広告に接触することで、ユーザーの購買意欲が高まる場合もある。

 特に注目すべきは、重複していない80%以上のユーザーにリーチできる点だ。これは、単一のリターゲターでは接触できなかった新規顧客層へのアプローチが成功していることを示している。これらの新たなユーザー層からも、他のリターゲターと同等のコンバージョン率で成果が上がっている。このように、マルチリターゲティング広告は一定の重複を許容しつつ、より広範な顧客層へリーチできる効果的な戦略といえる。

リターゲティング広告の今後の展望

 今後のリターゲティング広告は、より高度なAI技術の活用とプライバシー保護の両立が進むと予想される。例えば、データの匿名化や集約化技術の進化により、個人を特定せずに効果的なターゲティングが可能になるだろう。また、コンテンツや文脈に基づくコンテクスチュアルターゲティングと、行動ベースのリターゲティング広告を融合させたアプローチも注目を集めている。

 さらに、ファーストパーティーデータの重要性も高まっている。自社で収集した顧客データを活用し、顧客との関係性を深めるためのパーソナライズされたコミュニケーションが一層重視されるようになるだろう。

 マルチリターゲティング広告についても、異なるAIアルゴリズムを競わせることで、より精度の高いターゲティングと広告効果の向上が期待できる。Cookieレス時代においては、ファーストパーティーデータの活用や、コンテクスチュアルターゲティング、AIによるパターン分析を組み合わせたハイブリッドなアプローチが成功の鍵となるだろう。

 リターゲティング広告は、技術の進化とプライバシー規制の強化という2つの大きな潮流の中で変革を迫られている。しかし、AI技術の力を借りて、より洗練され、ユーザーにとっても価値のある広告体験を提供できるよう進化を続けている。広告主は、これらの変化に柔軟に対応し、新たな技術やアプローチを積極的に取り入れることで、Cookieレス時代においても効果的なマーケティング戦略を実現できるだろう。


次回(後編)は、マルチリターゲティング広告を題材に、AI技術によるROI向上のメカニズムや、より精度の高いターゲティング手法、KPI設定、予算戦略などを掘り下げて解説する。

寄稿者紹介

奥内鉄治さん

奥内鉄治

おくうち・てつじ RTB House Japan カントリーマネージャー。毎日新聞社、FOXインターナショナルチャンネルズ、Yahoo Inc.などを経て、2017年RTB Houseの日本事業に参画。20年以上デジタル広告の領域を歩む。2021年より現職。


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