イーロン・マスク氏が仕掛けた究極の「X」生き残り戦略 xAIによる買収で何を期待?Social Media Today

イーロン・マスク氏は、xAIがXを330億ドルで買収したと発表した。

» 2025年03月30日 12時00分 公開
[Andrew HutchinsonSocial Media Today]
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 旧Twitter時代から現在に至るまで、Xの財政難は徐々に深刻化してきた。その状況をずっと見守ってきた人なら、イーロン・マスク氏が問題を抱えたXに自身のスタートアップ企業であるxAIから資金を流す方法を模索していたことを知っていただろう。

 しかし、これほどまでに直接的な手段を取るとは予想外だった。

 2025年3月28日(米国時間)、マスク氏はXがxAIによって買収されたことを発表した。本取引におけるXの評価額は330億ドルとされている。

イーロン・マスク氏か仕掛けた究極の戦略

 マスク氏は以下のように述べている(外部リンク/英語)。

xAIはXを全株式交換による取引で買収しました。本取引により、xAIの評価額は800億ドル、Xの評価額は330億ドル(買収当初の450億ドルから120億ドルの負債を差し引いた額)となります。xAIは創業からわずか2年で、驚異的なスピードと規模でモデルとデータセンターを構築し、世界有数のAI研究機関へと成長しました。一方、Xはデジタル上の公共広場であり、6億人以上のアクティブユーザーがリアルタイムの確かな情報を求めて訪れる場です。この2年間でXは世界で最も効率的な企業の一つへと変貌を遂げ、今後の成長をスケールアップできる体制を整えました。

 この発表にはいくつか補足説明が必要だ。

 まず、マスク氏はXの現在の評価額が450億ドルであると述べているが、これは彼が2022年に当時のTwitterを買収した際に支払った440億ドルを上回る金額だ。

 市場の大半のアナリストはこの評価に異議を唱えるだろう。マスク氏による一連の不評な方針変更やそれに伴う広告主の大量離脱を考慮すれば、Xの実際の価値はこれよりはるかに低いと見られている。実際、資産運用会社Fidelityは、2024年10月時点でXの評価額をわずか94億ドルと算出している。

 しかし、2024年11月の米国大統領選以降、Xはある程度の回復を見せている。報道によると、大手広告主の中には、新たに誕生したトランプ政権におけるマスク氏の影響力を考慮し、Xへの広告出稿を再検討する動きも出ているという。それでも、Xの評価額が再び440億ドル以上に戻るとは考えにくい。もっとも、自分の企業をやはり自分の保有する別企業へ売却するとなれば、その価値をどう語るかは自分次第ということなのだろう。

 xAIについて言えば、マスク氏のこのAIスタートアップは急速に成長し、現在ではOpenAIに匹敵する計算能力を備えるまでになった。これにより、AI業界全体における競争力を大幅に強化している。

 xAIはこれまでに120億ドル以上の資金を調達しており、当初の評価額は約750億ドルとされていた。しかし、今回の取引により、その評価額は800億ドルに引き上げられたとマスク氏は述べている。

 では、なぜxAIの価値はこれほど高いのか。

 現在、AIは最も注目されているテクノロジー分野であり、大規模なAIプロジェクトへの投資を募ることは比較的容易である。また、xAIは市場において大きな優位性を持つと見られている。その理由の一つが、Xの投稿データを活用した膨大なリアルタイム情報だ。これにより、xAIのモデルは他の競合と比べても独自の強みを持つとされている。

 だからこそ多くの人は、最終的にマスク氏がこの120億ドルの一部をXに回し、同社の財政問題を解決するだろうと推測してきた。

 そして、その財政問題は、かなり深刻なものだ。

 Xは非公開企業であるため、現在は財務データを公表していない。そのため、正確な経営状況は不明だ。しかし、今年1月にXが投資家向けに共有したデータによると、2024年の業績は損益分岐点に近い水準まで回復していたと報じられている。そのプレゼンテーションでは、Xの調整後収益が直近の1年間で12億ドルに達したことが明かされた。しかし、この数字はマスク氏が買収する以前の水準には遠く及ばない。当時のTwitterは、2021年には50億ドル以上の収益を上げていた。とはいえ、Xは大規模なコスト削減策を講じることで、この減収をある程度補ってきた。マスク氏は従業員の80%を解雇し、多くのオフィスを閉鎖するなど、大幅な経費削減を実施した。その結果、純利益ベースでは、買収前とほぼ同等の水準にまで持ち直したとされる。

 いずれにせよXの業績は「損益分岐点ぎりぎり」か、あるいは「わずかに赤字」といった状況だった。そして、多くの広告主はいまだにXへの出稿を避けており、さらにマスク氏はX買収のために多額の負債を抱えさせている。このままでは、Xは2025年または2026年中にも破産に直面する可能性が高いと見られていた。

 しかし、前述の通り2024年の米国大統領選後、一部の大手ブランドがXへの広告出稿を再評価する動きが見られるようになった。

 そして今回の取引により、XはxAIと資金を共有することになる。これにより、少なくとも当面の間はXの財務が安定することが確実となった。

xAIとXの未来は密接に結びついています。本日、われわれは正式にデータ、モデル、計算能力、流通、そして人材を統合します。この統合により、xAIの高度なAI技術と専門知識がXの圧倒的なリーチと組み合わさり、計り知れない可能性が解き放たれるでしょう。

 XのCEOであるリンダ・ヤッカリーノ氏も楽観的な見方を示し、この取引に関して「これ以上に明るい未来はありません」とポストしている(外部リンク/英語)。

 しかし、私には正直なところ、xAIが現時点で大きな収益を生み出すとは思えない。また、この取引によってXの財務状況が一時的に安定したとしても、Xの業績が今後も悪化すれば、その影響はxAIにも及ぶ。つまり、Xが損失を出せばxAIも同様に損失を抱えることになる。この取引が結果的にマスク氏のAIプロジェクトにとって足かせになる可能性も否定できない。

 そもそもマスク氏がxAIを立ち上げたのは、OpenAIへの反感からだった。彼はもともとOpenAIに投資していたが、同社が彼のCEO就任の要求を拒否したことで関係が悪化。その結果、マスク氏はxAIを「反WokeのAI開発」の旗印として設立した。

 以来、マスク氏はことあるごとにOpenAIを批判し、xAIのAIツールであるGrokを、Xの投稿を活用したリアルタイムのインサイトを備えた「より優れた、より真実に基づいた代替手段」として売り込んできた。

 しかし、Xには大量の誤情報が存在しており、しかもマスク氏が実施したモデレーション(投稿管理)方針の変更によって、その問題は以前より深刻になっている。その結果、xAIのAIツールも同様に偏った情報を反映する傾向が強まっているのが現状だ。

 これは大きな問題になり得る。しかし一方で、イーロン・マスク氏が主導する政府改革グループ「DOGE」も、AIを活用して官僚制度の効率化を図ろうとしている。そう考えると、xAIはこの分野で強い優位性を持つことになり、最終的には政府との大規模な契約を獲得する可能性もある。その結果、xAIは長期的に安定した収益基盤を確保できるかもしれない。

 つまり、整理すると、Xに資金を供給するxAI自身は「将来的に技術革新によって大きな収益を生み出す」と信じる投資家たちによって資金提供を受けている。そして、その「将来的な収益」の大部分は、xAIが政府のAIシステムの中核として採用されることで、最終的に米国の納税者の負担によって賄われる可能性が高いということになる。

 つまり、今回の件にはいくつか重大な利益相反が含まれている。もしマスク氏が指揮を執っていなかったら、xAIはどこにも進まなかっただろう。しかし、物事を成し遂げるマスクの力を信じることが、疑わしいプロジェクトで構成される彼のX帝国全体を支えているのが現実だ。

 では、この戦略は成功するのか。その答えはおそらく、「イエス」だ。

 繰り返しになるが、DOGEが政府のAI改革計画を正式に発表すれば、xAIが巨額の政府契約を獲得する可能性は極めて高い。そうなれば、xAIとXは広告収益やユーザー数に依存せずとも、財政的に安定することになる。

 これにより、マスク氏と彼のチームはXのモデレーションをさらに緩和するかもしれない。広告主のブランドセーフティーを気にする必要がなくなるからだ。ただし、それは同時にX上の情報の偏りが増し、それに依存するGrok(XのAIチャットボット)やその他のLLM(大規模言語モデル)ベースのツールの出力にも影響を及ぼすことになるだろう。

 とはいえ、米大統領選でのトランプ勝利により、単独の企業としてはもう長くは続かないと思われていたXというプラットフォームが救われたのは間違いない。

 なお、マスク氏によれば、Xの月間アクティブユーザー数(MAU)は現在6億人に達している。この数字は、2024年7月に報告された5億7000万人から増加している。

 総じて、マスク氏とその支持者にとって今回の発表は朗報だったと言える。また、広範な市場トレンドを利用することの重要性をあらためて示す出来事でもあった。

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