第3回 もう生活者を欺けないBE ソーシャル! 第1章「そして世界は透明になった」

ありとあらゆるものがオープンな場で評価され、それが即時に可視化される。そして共感や反感をまとった言葉は、燎原の火のごとく世界に向けて拡散されていく――。2012年11月発売予定の斉藤徹氏の新著「BE ソーシャル!」から、「はじめに」および、第1章「そして世界は透明になった」を6回に分けてお送りする。

» 2012年10月29日 07時58分 公開
[斉藤徹,ループス・コミュニケーションズ]
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 ソーシャルメディアはリアルタイムに生活者の意見を投票する装置となりつつある。人々は小さな出来事も見逃さず、政府や企業の言動を評価する。その言葉は友人に公開され、共感をまとった情報は瞬く間に広がっていく。いわば、リアルタイム・デモクラシーとでも言うべき行動環境が整ったのだ。そこで評価されるのは政治だけではない。企業もブランドも、製品もサービスも。経営者や社員、店舗の店員、さらには発言した生活者自身まで。ありとあらゆるものがオープンな場で評価され、それが即時に可視化される。そして共感や反感をまとった言葉は、燎原の火のごとく世界に向けて拡散されていく。

 2007年11月30日のこと。吉野家の店内で、制服を着たアルバイト店員が、豚肉を大量に盛りつけた「テラ豚丼」をつくり、その様子をニコニコ動画に投稿した。動画はたちまち不快感を煽りネット上に広がった。投稿者は急いで動画を削除したが、後の祭りだった。複数のユーザーによって複製動画がニコニコ動画やYouTubeに転載され、まとめサイトやパロディーまで登場する。吉野家が通報を受けて異変に気がついたのは12月1日。それから社内で調査を開始し、12月3日になって公式に謝罪する。動画再生は50万回を超え、マスメディアのニュースにも大きく取り上げられた。吉野家には「不衛生だ」「食べ物を粗末に扱うな」といった苦情が相次ぎ、同社はアルバイト2人を特定して処分した。社員が店舗で問題行為を起こし、それがソーシャルメディアで一気に拡散する。日本において最も多い炎上パターンだ。来店した有名人に関するツイートが反感を買ったウェスティンホテルやアディダスなど類似事例は枚挙に暇がない。ブランドの毀損のみならず、投稿した本人のプライバシーがネットで暴かれ、晒し者になるケースも多い。

 あなたの会社の社員は、退職した社員は、関係会社の社員はどうだろうか? あなたの会社に対して悪意のある行為はしないと言い切れるだろうか? 就業規則で管理を強めたり、社員教育を実施したりすることで、このような危機を完全に防止することはできるだろうか?

 2012年1月4日、カカクコムが運営する「食べログ」において、悪意を持った業者により、一般利用者を装ったクチコミ投稿やランキング操作が行われていることが発覚した。食べログは月間利用者数3200万人以上と影響力が非常に大きい。やらせによる印象操作で公正な判断ができなくなれば、サイトそのものの価値が低下する。この事件を受けて消費者庁が調査に入ったこともあり、カカクコムにとどまらず、サイバーエージェント、グリー、ディー・エヌ・エー、ミクシィなどSNS関連銘柄の株価も急落した。この事件がきっかけとなり「ステルス・マーケティング」が略称「ステマ」として流行語になり、他のクチコミサービスの問題にも飛び火していった。カカクコムはやらせ業者として39社を特定、業務停止など断固とした措置をとるとともに、点数算出アルゴリズムの大幅な変更などを実施する。クチコミは内容も含めてあくまで自発的なものであり、投稿者との間に金銭、物品、サービスの提供がある場合にはそれを明示するべきだ。しかしながら飲食店、映画や出版、化粧品、健康食品などクチコミの影響力が強い業種においては、いまだにグレーなクチコミ・マーケティングが常態化しているのが現実だ。

 あなたの会社はステマをしていないだろうか? 透明性の時代において、ステマはブランド毀損という大きなリスクをはらんでいる。なにより生活者の信頼に対する裏切りだ。一時的に売り上げや利益が落ちることを覚悟して、業界で習慣となっているステマをやめる決断ができるだろうか?

 2008年6月、居酒屋チェーン和民の女性社員が入社してわずか2カ月、過労の末に自殺した。「体が痛いです。体が辛いです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい」。亡くなる前の日記には、心身の限界に達した彼女の悲痛な叫びが記されていた。遺族の求めにより審査していた神奈川労働局は「残業が1カ月あたり100時間を超え、朝5時までの勤務が1週間続くなどしていた。休日や休憩時間も十分に取れる状況ではなかったうえ、不慣れな調理業務の担当となり、強い心理的負担を受けたことが主な原因となった」と認め、2012年2月14日に労災認定がおりる。これを受けワタミの渡邉美樹会長は「労災認定の件、大変残念です。四年前のこと 昨日のことのように覚えています。彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません。ただ、彼女の死に対しては、限りなく残念に思っています。会社の存在目的の第一は、社員の幸せだからです」とツイート。ワタミ広報からの「決定は遺憾」とのコメントがあわせ技となり、瞬く間にツイッターやブログなどで反感が拡散、ワタミの労務管理に対して非難の大合唱となった。日本には、滅私奉公やサービス残業を当然とみなす悪習慣がある。そんな労働体験や反感も、社員や退職者からソーシャルメディアに滲み出していく。それらは往々にして生活者の強い反感を買う。そして瞬く間に拡散し、ブラック企業とのレッテルを貼られることになる。

 あなたの会社の社員は幸せだろうか? あなたの会社に愛情を感じているだろうか? 業績優先、効率優先、顧客優先が行きすぎて、社員を精神的に追い詰めていないだろうか? 心の病を持つ社員が日々増えていないだろうか? サービス残業が恒常化していないだろうか?

寄稿者プロフィール

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斉藤徹 株式会社ループス・コミュニケーションズ代表。1985年4月慶應義塾大学理工学部卒業後、日本IBM株式会社入社。1991年2月株式会社フレックスファームを創業、2004年4月全株式を売却。2005年7月株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。現在、ループスはソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開している。「ソーシャルシフト」「新ソーシャルメディア完全読本」「ソーシャルメディア・ダイナミクス」「Twitterマーケティング」「Webコミュニティで一番大切なこと」「SNSビジネスガイド」など著書多数。講演も年間100回ほどこなしている。

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