画一的な対応でお客さまの満足を獲得することは難しい。しかし、マニュアル依存からの脱却は一朝一夕にできるものではない。“企業を代表する”意識を持ったコミュニュケーターを育成するための教育と、権限委譲をどのように進めるかが、重要な課題となっている。
2012年1月、「日本テレマーケティング協会(JTA)」は、「日本コールセンター協会(CCAJ)」に衣替えした。これはマーケティング手法を示すテレマーケティングという単語よりも、その実行組織である「コールセンター」という単語の方が社会一般に定着したことを象徴しているできごとと言える。
それでは、コールセンターはどのような業務を担当する組織として運営されているのだろうか。アイ・エム・プレスが2012年10月15日〜11月30日に実施した独自調査「テレマーケティングおよびコールセンターに関するアンケート」によれば、その実施アプリケーションとして最も比率が高いのは「カスタマーサポート」であり、中でも特にBtoCの「問い合わせ受付」「苦情受付」は調査対象企業の9割以上が実施している。
コールセンターの登場/定着以前、これらの業務はそれぞれの事業や商品部門の担当者が、業務の傍らで行うというかたちが一般的であった。コールセンターの多くは、これらの業務を集約することで作業効率を高め、同時に対応品質の向上を図るために設置されたのだ。このような経緯があるため、コールセンターは長らく“効率化”や“生産性の向上”を至上命題とするコストセンターとして位置付けられてきた。そして、その中で品質の維持/均質化を担保するために重用されてきたのが“マニュアル”である。
しかし昨今では、このようなあり方が通用しないシーンも増加している。多くのセンターでは、よくある問い合わせや苦情はFAQとしてWebサイトに掲載し、生活者の自己解決を促している。その結果、センターに寄せられる問い合わせや苦情の内容は、マニュアルでは対応し切れないイレギュラーな内容のものが増加する傾向にある。また、コールセンターの認知度が向上するにつれ、生活者のセンターに対する要求も高まり、画一的で事務的な対応が「親身さが足りない」という批判につながるといったケースも増えてきた。
このような状況の中、近年では“マニュアル一辺倒”の対応からの脱却に取り組むコールセンターも目立ちつつある。
工業用電子部品の通信販売を展開するアールエスコンポーネンツでは、2008 年から顧客満足度を大きく左右するFCR(一次対応完了率)の向上を目指したさまざまな取り組みを展開している。対応スタッフとなる“エグゼクティブ”の“口調”や実際のお客さまの“反応”といった対応内容を確認するモニタリングなどが中心のトレーニングや個別面談などを通じてエグゼクティブの意識やスキルを継続的に向上している。さらに、対応をサポートする作業環境の整備などにも注力し、エグゼクティブの自律的な対応による顧客満足度の向上と生産性の維持を両立している。
クレジットカードのサービスを中心に事業を展開するアメリカン・エキスプレス・インターナショナル日本支社では、国内のコールセンターにおいて現場への権限委譲を進める取り組みを展開している。チームリーダーが定期的に行っているミーティングにおいて、一次対応完了に至らなかったコールの内容を1つひとつ検証し、その原因が社内の業務システムにある場合、「本当にコールセンター内で解決できないか」を検討するとともに関連部署とも協議し、そのサポートを受けつつ、可能なものについては段階的に委譲を進めるという方法で、徐々に対応業務の範囲を拡大している。
有機野菜や無添加加工食品の宅配サービスを展開するオイシックスの一事業として、生花や食品のギフト商品の販売を手掛けるウェルネス事業部のカスタマーサポート部門では、実際の対応を担当する“コンシェルジュ”へお客さま対応におけるほとんどの裁量を委任している。高いコミュニケーション能力と判断力を有するコンシェルジュが、ケース・バイ・ケースでフレキシブルな対応を行うことで、「すべてはお客さまの立場になって考える」という経営理念の体現を図っている。
今後、コールセンターの脱マニュアル化は進んでいくのだろうか。コールセンターが重要な“顧客接点”であり、センターを通じて行われるコミュニケーションが、その企業が提供する“カスタマーエクスペリエンス(顧客経験価値)”の1つである以上、マニュアルに基づく画一的、事務的な対応だけでは不十分であることは明らかだ。大きな流れとして脱マニュアル化が進展していくことは間違いないと言って良いだろう。
前出の「テレマーケティングおよびコールセンターに関するアンケート」では、コミュニケータに対し、マニュアルの遵守を徹底しているのか、あるいは、ある程度の権限を委譲してマニュアルに縛られない対応を推奨しているのか尋ねた結果で、「マニュアルをベースとして現場スタッフがケース・バイ・ケースで対応を行うことが望ましい」という選択肢に51%の回答が集中した。ただし、「できるだけマニュアルに依存せずに、現場スタッフに権限を委譲することが望ましい」と回答した企業は3%にとどまっており、当面は部分的な“脱マニュアル”を目指すという動きが一般的だと言える。
それでは、脱マニュアル化はどのように進むのが望ましいのだろうか。まず必要なのは、マニュアルに頼らず、「企業を代表する」対応を行うことができるスタッフの育成/確保である。その実現のためには、従来とは採用や教育、評価の視点/方法を変えていく必要もあるだろうし、柔軟な対応を支えるサポート/システムの整備や、全社的な取り組みによる現場への権限委譲も欠かせない。いわば“機械的な”マニュアルベースの対応から、マニュアルに頼らないフレキシブルな対応への移行を目指すことは、スタッフの意識改革やモチベーションの向上にもつながると考えられるので、脱マニュアル化の方針を明示して、スタッフの理解を高めることも有効かつ重要であろう。
長らくセンターの効率的運営を支えてきたマニュアルから脱却することは、生産性の向上とトレードオフの関係にあるようにも思われる。しかし少なくとも今回の取材からは、そのような弊害は見受けられなかった。むしろ、「本当に顧客満足につながる対応はどのような対応か」を突き詰めていく中で、マニュアルの中にあった無駄や冗長さが明らかになり、それらを取り除くことで生産性が高まるという効果もあるようだ。
もちろん、対応品質を確保するためにマニュアルが一定の役割を果たしていくことは今後も変わりはないだろう。求められるのは、センターの業務内容やお客さまとの関係性において、どの程度“自由度の高い”対応が有効であるかを見極めること。そしてその実現のために、継続性のある一貫した活動を推進していくことが重要なのである。
※この記事は月刊アイ・エム・プレス2013年2月号の総論「コールセンターに求められているのはマニュアルを土台とした“プラスアルファ”の対応」の原稿を一部修正して転載しています。
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