AI、関税、予算削減……。米国のトップマーケターは今、“嫌な予感”を感じている。
米国大統領ドナルド・トランプ氏の映像がニューヨーク証券取引所の取引フロアで映し出される中、消費者やCFO(最高財務責任者)は、トランプ政権による関税政策の内容にかかわらず、マクロ経済的な不安を強く感じている。
英哲学者トーマス・ペインの言葉を借りれば、今は「マーケターの魂が試される時代」である。
CMOたちは2025年、米国内におけるTikTokの将来不透明性、Alphabet(Googleの親会社)やMeta(旧Facebook)への独占禁止法上の懸念、広告代理店グループの再編、AI(人工知能)の「過剰な期待」から「現実の課題」への移行、そして絶え間ない世界的な紛争といった課題に直面してきた。それに加え、現在も続く世界規模の貿易戦争が存在する。記事執筆時点では、米国とEU(欧州連合)が7月9日締切の貿易協定を巡って交渉中であり、トランプ大統領はこれについて「われわれは何でもやれる」と語っている。
大統領は「好きなことができる」かもしれないが、CMOはそうはいかない。消費者やCFOが不安を抱えるなか、マーケターはさらに厳しい予算管理や短縮されたキャンペーン企画期間、ブランド構築からパフォーマンスマーケティングへの回帰、そしてAIが業務モデルをいかに再構築するかという課題に直面している。
「高速道路を走っていて、誰かがブレーキを踏むと、皆がブレーキを踏む。それが今の経済状況だ」と語るのは、マーケティング・エクスペリエンス企業QuadのCMOであるジョシュ・ゴールデン氏だ。「選挙後や関税の行方を誰もが注視していた結果、不確実性が波紋のように広がったのだ」
この不確実性の波はすでにマーケターの収益にも影響を与えている。米Gartnerの調査によると、2025年のマーケティング予算は横ばいとなっており、マクロ経済の状況が改善しなければ削減される可能性もある。上半期は現状維持で乗り切れたとしても、下半期に向けてはそうはいかない。特に、新学期やホリデーシーズンといった重要な時期を控えているからである。
「この不確実性の渦の中で、CMOたちは『火薬を乾かしておく』──つまり、慎重に動くことを選んだ」と語るのは、Gartnerのマーケティング部門で副社長アナリスト兼主席研究員を務めるユアン・マッキンタイア氏である。「上半期には、多くのCMOは皆、どう動くべきか判断できずにいたが、後半には明確な意思決定を迫られることになる」
GartnerがCFOのデータを分析したところ、たとえ関税に実質的な変化がなくても、2025年中に予算削減の可能性が高いことが示唆されている。わずかでも経済悪化の可能性があるだけで、CFOたちはすでにコストの最適化と人員削減を推進し始めている。
「最終的には、全てが“空気感(バイブス)”の問題になる。そして残念なことに、その空気感が企業の重要な意思決定に非常に大きな影響を与える」と、マッキンタイア氏は語る。
CMOは、すでにこうした悪い雰囲気を肌で感じ取っている。将来的な予算削減への備えとして、多くのマーケターは予算の再配分を開始しており、広告費などの有料メディアがマーケティング全体の支出に占める割合は30.6%に上昇(前年は27.9%)した。また、39%のCMOが今後1年以内に代理店費や社内人件費を削減する意向を示している。
「CMOたちは明らかに“賭け”に出ている。他の領域の優先順位を下げる一方で、メディア投資こそがこの不安定な環境の中で目標を達成するための鍵になると見ている」とマッキンタイア氏は分析する。
「もしかすると、これが“新たな常態(ニューノーマル)”なのかもしれなお。そしてそれを理解していれば、私たちはその状況に積極的に適応し、競争優位として活用することができる」
リサ・コール(CMO, 2X)
代理店費を削減しようとする動きは、手数料ベースのコストを最小限に抑えたいマーケターにとって、大手代理店には有利に働く一方で、専門性の高い小規模代理店には不利となる可能性がある。その結果、すでに切迫している代理店に対して、少ないリソースでより多くの成果を求める圧力がかかる。また同様の問題は、マーケティングを支える社内スタッフにも及ぶ可能性がある。いずれのコストセンターに対しても削減を進めることは、予期せぬ悪影響を招くおそれがある。
「CMOは十分に注意すべきだ」と、マッキンタイア氏は警告する。「社内人材に対しても、専門性の高い貴重な代理店との関係に対しても、誤った判断をすれば生産性の低下を招きかねない」
2025年上半期の教訓は、マーケティング計画を年間または半期単位で立てる時代が終わりつつある、ということかもしれない。立て続けに発生する危機の混乱を回避するためには、90日単位のサイクルで柔軟に対応する姿勢が有効だろう。
「もしかすると、これが“新たな常態(ニューノーマル)”なのかもしれない。それを理解していれば、私たちはその状況に前向きに適応し、競争優位に変えることができる」と語るのは、B2Bマーケティング企業2XのCMO、リサ・コール氏だ。
2008年の金融危機、パンデミック期、そして直近の不確実性の時代に至るまで、マーケターが予算の逼迫(ひっぱく)に直面するのは決して新しいことではない。課題の内容こそ異なるものの、その対応策はしばしば似通っている。資金に制約のあるCMOは、CFOを安心させるためにブランド構築の取り組みを後回しにし、短期的な投資回収が見込めるパフォーマンスマーケティングへと予算を移行する傾向がある。
「これは非常に典型的な行動であり、過去の経済的不安時にも同じことが起きていた」と、マッキンタイア氏は語る。「だが、このアプローチには明確なリスクがある。たとえパフォーマンスへの投資が有効でも、そもそも検索や購入につながる“ブランド認知”がなければ、成長の可能性を自らつぶしてしまうことになる」
2024年、振り子はブランド構築の方向へと戻りつつあったが、現在は再び逆方向のパフォーマンス重視へと動いており、それはマーケターにとって大きなリスクを伴う。ブランド分析プラットフォーム米UpwaveのCEO、クリス・ケリー氏は、この状況を「6カ月間、種まきをやめたリンゴ農園」に例えて説明する。
「確かに、種まきにかかる費用と時間を節約できるので、短期的には成果が上がっているように見えるかもしれない。でも、いつまでも種をまかないわけにはいかない」とケリー氏は語る。「私たちは今年中に種をまかなければならない。さもなければ、2026年に自分たちの首を絞めることになるだろう」
「四半期ごとの業績にばかり目を向けすぎると、ブランドの本質を徐々に失っていく。それはナイキやスターバックスが学ばざるを得なかった厳しい教訓だ」
ジョシュ・ゴールデン(CMO, Quad)
限られた予算を巡るトレードオフは、経済の不確実性が高まる中でさらに厳しさを増している。しかし、ブランド構築を「必須(must have)」ではなく「あると良いもの(nice to have)」と考えるマーケターは、遅くとも2026年にはその代償を被る(こうむる)ことになるだろう。これは、Upwaveのデータが示す見解である。先見性のあるCMOは、ブランド構築とパフォーマンスの双方を両立させようとし、同時にその効果測定とアトリビューション(成果貢献分析)にも慎重な姿勢をとっている。
「支出に対する説明責任が強まっているのは間違いない。特に、ファネルの上部と下部に分けた投資を、それぞれどう測定・評価するかという議論が増えている」と、Upwaveのケリー氏は語る。
2025年には、NikeやStarbucksをはじめとする大手ブランドが、長年のパフォーマンスマーケティングの重視やデジタル・モバイル施策への偏重から、ブランド構築への再投資に踏み切っている。Nikeは、スーパーボウルの放送枠における“ベスト・オブ・ザ・ナイト”と称された大規模広告に象徴されるように、かつてブランドの礎を築いたブロックバスター型の広告に回帰した。一方、Starbucksもスーパーボウルの時期に、原点回帰型の広告キャンペーンを再開した。
その結果は、今のところまちまちである。Nikeは前四半期において、再建プロセスの中で最も大きな財務的打撃を受けたが、スターバックスは自社の包括的なマーケティングが顧客との関係構築に一定の成果をあげていると述べている。
「他のブランドも同様に、四半期ごとの業績ばかりを追いかけると、ブランドの本質を失ってしまうという事実を学ばなければならなかった」と、Quadのゴールデン氏は語る。「私のマーケティングにおける目的は、常に“ブランドの構築”と“需要の創出”である。この2つは同等に重要であり、『本年は需要創出だけでいい』などと言ってしまえば、いずれブランドを失うことになる」
マーケティング予算の逼迫について語る際、議論の核心でありながら誰も正面から触れようとしない「部屋の中の象(the elephant in the room)」がある。それがAIの影響である。AIは、2022年11月のChatGPTの登場によって始まった熱狂期を経て、今では広告市場、さらには経済全体において重要な役割を担うエンジンへと進化しつつある。
Gartnerの調査によれば、回答したCMOの約半数(49%)が、AIによって時間効率が改善されたと回答し、40%がコスト効率改善の主な要因トップ3の一つにAIを挙げた。これらの数値は、AIがマーケティングの生産性を高めるという点において、非常にポジティブな評価が広がっていることを示している。しかし、同時にこの期待値の高まりは、他の経営層がAIの実力を過大評価するリスクもはらんでいる。
「AIは、マーケティングの現場に長年存在していたボトルネックを解消し始めている。それ自体は素晴らしいことだ。ただし、2025年下半期における課題として懸念されるのは、マーケティング以外の部門の幹部たちが、全社のリーダーに対して『人とコストを削減せよ』とプレッシャーをかけ始めることだ」と、マッキンタイア氏は語る。
UpwaveのCEOであるクリス・ケリー氏によれば、AIの主な活用分野はクリエイティブの生成、コンテンツの検証、広告運用、そしてインサイトやレポートの生成である。ただし、マーケターたちは今なお「何が本物で、何が誇大広告(BS=bullshit)なのか」を見極めようとしている段階にあるという。
「共通しているのは、これまで人間に大きく依存していた業務であるという点だ」とケリー氏は指摘する。
とはいえ、AIの導入が直ちにブランド企業や代理店の人員削減を意味するわけではない。LLM(大規模言語モデル)はテレビCMを“完成”させることはできないが、これまで1本作るのに要していた時間で10本の案を作成することは可能である。これは、クライアントへの提供価値として明確な意義を持つ。また、生成AIはこれまで人手に頼っていた成果測定業務の多くを代替することができ、最終レポートのまとめなどを人間ではなく機械に任せる未来も視野に入っている。
2025年下半期以降、AIをマーケティング機能に本格的に統合するには、ブランドごとのオペレーティングモデル(業務運営体制)を明確にし、その中でAIをどこに位置付けるかの定義が不可欠である。B2Bマーケティング企業2XのCMOであるリサ・コール氏は、その判断に役立つ「3層フレームワーク」を紹介している。
「この3層を明確にすれば、自社の予算をどう使うかが見えてくる」とコール氏は説明する。
「本当に必要な人員はどのくらいか? 必要な役割は何か? 外注すべきパートナーは誰か? そして、AIの導入に必要なツールやトレーニングは何か? といった点を具体的に判断できるようになる」
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本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。