「顧客経験価値」を重視する企業が増えている。品質や機能といった商品そのものの価値ではなく、購入したり、使用したりする過程の経験から得られる価値のこと。なぜ、いま、「顧客経験価値」なのだろう。
「顧客経験価値」について考えてみる。
顧客というのはたとえば僕のこと。スターバックスコーヒーの青山一丁目店に入り、アイスコーヒーのショートサイズを頼む――。それがスタバの顧客である僕にとってのスタバ経験である。そんな数分間のスタバ経験を通じて、僕はどんな価値を見出すのだろう。バリスタの女の子のささやかな笑顔が実は僕にとっての「良きスタバ経験」(=価値)なのかもしれない。彼女の笑顔を見るために(コーヒーも飲むけど)、僕は明日もスタバの青山一丁目店に行くのだ。
品質や機能といった商品そのものの価値ではなく、購入したり、使用したりする過程の経験から得られる価値のことを、ある種の人々は「顧客経験価値」と言う。カスタマーエクスペリエンスともいい、CXと表現する人もいる。マーケティングの観点から言えば、商品の付加的魅力としての差別化要因ということになる。
しかし、なぜ、いま顧客経験価値なのだろう。特に新しい考え方ではないし、検索をすればいくらでも関連記事(数年前に書かれた)を見つけられる。
先日、日本オラクルが顧客経験価値に注力するという内容の記者会見を開いた。その時の模様はITmedia エンタープライズで記事になっている(オラクルが語る「カスタマーエクスペリエンス」)ので、ご覧になった方もいらっしゃると思う。日本オラクルのように、企業情報システムの構築支援という立ち位置から顧客経験価値というものを考えると、「なぜ、いま?」に対する答えはわりと簡単に導き出せる。実装技術の進歩が、顧客経験価値向上の具現化をそれなりに保証するからだ。
日本オラクルの小西明宏氏(CX担当シニアマネージャー)によると、消費環境の変化を情報技術の観点から整理した場合、
という3点が特に重要だと言う。確かに。
さらに小西氏は、この3つの技術的な進歩が、企業と消費者との接触点を増やした、と解説する。企業が顧客経験価値に注目せざるを得ないのは、まさにこの点にある。店舗、直販の営業現場、コールセンター、フィールドサービスのような従来の顧客接点にとどまらず、ハードウェア的には「モバイル端末」「タブレットPC」「店舗端末」、ソフトウェア的には「Web」「ソーシャルメディア」……とその数は拡大し続けている。
企業と消費者との接点が増えれば、当然、消費行動のバリエーションも増える。消費者はいったいどう動くのか? 消費行動予測に利用できるデータは幸か不幸か、増えこそすれ減ることはないわけで、結果的に企業にとっては、「ビジネス環境が変化した」という認識を持たないでは、これからの時代を生き延びるための事業戦略を考え出すことはできない。いままでなんとなく理解していたはずの消費者の行動パターンが複雑化し、企業側の予測を困難にしているからだ。
ビジネス環境の変化に対応するには、企業はまず、以下の3つの前提を肯定すること、と小西氏は指摘する。
企業が顧客経験価値の増大に関心を寄せるようになると、控えめに言っても、ビジネスの仕方はかなり変わる。そして、情報技術の進歩は、そんな変化を「画餅」ではなく、「現実のもの」にする。どうやらいまはそういう時代のようである。
そんな状況に対応するように、今回、「顧客経験価値」について話を聞かせてもらった日本オラクルでは、いくつかの企業買収を通じて、ECプラットフォームを構築する事業体制を整備しつつある。「Oracle Endeca」は検索およびBI機能などを統合したブランドで、「Oracle ATG Web Commerce」はEコマース構築関連のブランド。Endeca、ATGともにそれぞれの分野で実績のある企業だったが、オラクルに統合されることで、「Oracle Commerce」という、オラクルが展開するEコマース全般のブランド構成要素になった。
ユーザー企業の立場から見た「Oracle Commerce」のメリットについて、小西氏は4点のポイントを挙げる。これらのポイントは、オラクルにEndecaとATGを統合したインパクトの要約でもある。
『マイノリティ・リポート』(2002年)で描かれた未来を、「リアルタイムな個人認識」「位置情報を用いたパーソナライズマーケティング」「個人認識に基づく決済システム」という風に限定的に読み解けば、僕たちはすでに「10年前の未来」を生きていると言える。現代ではすでに、モバイルによるリアルタイムの個人認識が可能だし、位置情報を用いたパーソナライズマーケティングも実験的ながら行われている。
「顧客経験価値」という言葉はいかにも堅苦しくて、直訳的な安易さというか、思考段階の粘り強さの欠如というか、どこまでも折衷案の域を出ない言葉のように僕には思えるけれど、そんな表層面での違和感を別にすれば、そのコンセプト自体に異論はなく、むしろ企業は否応なしに、「顧客経験価値」の向上に力を入れていかざるを得ないように思える。一消費者の立場からすれば、たとえば、お店での居心地が良くなるのは嬉しい。しかし、たぶん、企業のマーケティング担当者の仕事はますます増えるし、難しくなる。
谷古宇浩司 アイティメディア ITインダストリー事業部 「ITmedia マーケティング」編集長:2002年、アットマーク・アイティに参加。@IT自分戦略研究所編集長、ITmedia エンタープライズ編集長、事業開発部チーフアーキテクトを歴任後、現職。珈琲好き。
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