第5回 企画書は永遠のβ版? 間違いだらけの企画の進め方【連載】「バリュープロポジション」から考えるマーケティング戦略論(1/2 ページ)

まず目的と解決すべき課題を仮決めする。そして、叩き台となる1〜2枚の企画書を作る。その叩き台となる企画書を基に、周囲に意見を求め、新しいアイデアを取り込みながら、実行/検証し、改善する。この方法であれば確実に企画を前に進めることができる。

» 2012年11月28日 08時20分 公開
[永井孝尚,日本アイ・ビー・エム]

時間だけが過ぎ、成果を生まないプロジェクト

 プロジェクトを開始して3カ月も経過しているのに、なかなか成果を生み出せない――。あなたはこんな経験をしたことはないだろうか? そのようなプロジェクトは、往々にして次のような順番で進められていることが多い。

  1. 市場状況、競合状況、お客さまの状況などを詳細に分析/把握する
  2. 関係者に広く意見を出してもらい、状況把握に努める
  3. それぞれの課題と対策を作る
  4. その上で、きちんとした戦略/戦術を作る
  5. 作ったものを元に、関係者と事前に十分な根回しを行う
  6. そして、おもむろに実行に移そうとする

 残念ながら現代においてはこの方法は有効ではない。実行までに時間がかかり過ぎて、成果を生み出さないだろう。実行段階で当初の想定と状況が異なったものになることもある。

 このような“失敗”パターンに陥る理由は、プロジェクトメンバー全員が全ての事象を考える「網羅思考」に陥っているからだ。あらゆる事態を想定し、問題をすべて解決しようとすると、企画立案に時間がかかってしまう。そうしてできあがった数百ページにわたる企画書を読む者はどこにもいない。「紙の山を作り上げただけで成果は何も生み出さなかった」ということになりかねない。

退屈な企画書は何も生み出さない

 私は仕事柄、さまざまな企画書を見る機会が多い。素晴らしい企画書もあるが、残念ながらそうではない企画書もある。例えばこんな感じだ。退屈で読んでもワクワクしないし、心も動かされない。やたら細かい数字が羅列されている。企画目的も不明確。

 さらに詳しく見ていくと、対象となる顧客、解決すべき問題、新たに創り出そうとする価値が不明確だ。企画を実現するためのストーリーもない。また事実に基づいて考えていない。たとえ本人は思い入れを持って作っていたとしても、本当に心に響く「想い」や「パッション」が伝わってこない。

 解決すべき問題をあいまいにしたまま答えから先に考えているのだ。「実施ありき」が大前提で、どれだけ予算をかけてどれだけ販売したいかを考えることに終始している。しかし、解決すべき問題が定まっていない以上、正しい答えにたどり着くことは決してない。だから価値を生み出すこともない。

変化が激しい時代、企画のあるべき姿はPDCA。そして企画書は永遠のβ版

 企画力を「企画を立案する力」だと勘違いしている人は多い。だから企画が「企画」のままで終わってしまい、実行まで進まないのかもしれない。本当の企画力とは、企画を実行する力、組織を動かす力なのだ。実行されない企画書は単なる紙。企画は実行されて初めて価値を生み出し、顧客と社会に価値を提供する。

 私は社会人になってから製品プランナー、プリセールス、製品開発リーダー、マーケティングマネージャー、スキル開発担当とさまざまな仕事をしてきた。しかし立場は変わっても、一貫して仕事の進め方は「企画屋」だ。日々の仕事で毎日のように企画書を作り、それを実行し、成果を見定めて企画をブラッシュアップする、という方法で仕事を進めてきた。

 実はかつての私も、膨大な量の情報や意見を集めてみたものの企画がなかなか進まないということが多かった。しかし今は、まず目的と解決すべき課題を仮決めし、多くの問題の中から目的と課題解決のために重要なものをピックアップし、最初に叩き台となる1〜2枚の企画書を作るようにしている。その叩き台となる企画書を基に、周囲の意見を求め、新しいアイデアを取り込みながら、実行/検証し、改善していく。この方法であれば確実に企画を前に進めることができる。

 このためにはまず、顧客の視点で解決すべき問題を特定すること、そして間違ってもいいので、とにかく仮説を立てることだ。そして、周囲の意見を聞きながら、短時間で実行/検証していくことが重要なのである。

 しかし、このような反論があるかもしれない。

 「根回しを徹底的に行い、組織全体で関係者全員のコンセンサスを得た上で、実行するのが本来のやり方ではないか? 仮説を立てて実行する、しかも間違ってもいいなんて、もってのほかだ」

 確かにかつては、細部に至るまで綿密にプランを立てた上で実行する方法が通用していた。昔は世の中の変化が今ほど激しくなかったからだ。だからしっかり目標を定めて関係者全員による稟議を徹底して合意し、全員がいっせいに動き出すことで大きな成果が出たのだ。これはエベレスト登頂にたとえると分かりやすい。エベレスト山頂の位置は不変だ。だから山頂を極めるためにはチーム全員で登山の方法を決め、準備を行い、日程とルートを決める方法が最も確実なのだ。

 しかし、ITの進化とインターネットの普及は社会変化の速度に大きな影響を与えた。かつて10年間かかっていた変化が今では1年で起こる。1年間で環境が激変する現代において、従来の方法は役に立たない。たとえてみれば、登山の最中に目標とする山頂が移動してしまうようなものだ。だからまず叩き台を作って実行し、結果や周りの意見を取り込みながら修正し続けていく方法が合っているのだ。サーフィンのように、次に目標とする波頭は常に移動するという前提で、周りの状況に合わせて体勢を柔軟に変えていくことが必要なのである。

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