アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には、「キャズム」と呼ばれる普及のための大きな「深い谷」がある。多くの製品がこの谷を越えられずに、消えていく――。谷を飛び越える秘策はあるのだろうか?
「新製品は売れない」
このように書くと、次のように思う人も多いのではないだろうか? 「え、新製品って売れるものじゃないのか?」
しかし、一方で、次のように思う人も多いのではないだろうか? 「そうなんだよなぁ。まったく」
前者はどちらかと言えば消費者の立場の意見。一方で後者は企業で実際に新製品や新規ビジネスを担当した立場の意見だ。私自身も多くの新製品を担当してきたが、後者の意見に全く同感だ。
私が担当してきた新製品の中には、競合他社が全く手を付けていない革新的な製品も多かった。しかし、このような製品を顧客に説明しても、興味は持っていただけるものの、なかなか採用には至らない、という経験を数多くしてきた。
これは今まで市場になかった新製品を市場に投入する際に必ず発生する問題だ。このような製品はニッチで未開拓な市場に投入することが多い。だから新市場開発そのものも自分たちで行う必要がある点に、難しさがあるのだ。
ここで、2007年6月20日の日刊工業新聞の記事「いかに製品を売るか 理解と信用を勝ち取る」で、黒瀬直宏教授(現在、嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科長)が紹介されていたある事例をご紹介したい。
ある中小企業が錆びないネジを開発した。通常製品に比べ、価格は2〜3倍だが、錆びないので海上での保ちは4倍になる。保守コストを大幅に削減できる画期的製品だった。しかしすぐには売れなかった。
まず、ある大企業にセールスに行った。しかし実績がない中小企業。そもそも会ってもくれなかった。やっと担当者に会えて、半年間、さまざまなデータや試験を要求された。その次に係長、課長と会って、同じく品質の証明にそれぞれ半年かかった。最後に技術担当部長に会えたが「品質が良いのは分かった。しかし、はじめて採用したネジが原因で一基500億〜1000億円するプラントに万が一でも事故が起きたら私のサラリーマン人生は終わりだ。オタクと心中するわけにはいかない」と言われ、結局採用されなかった。
思いあまって経営者はアメリカへ飛び、有名石油会社の推奨ベンダーになった。これで信用が付き、日本国内での顧客獲得につながった。今では東京湾横断道路で130万本も使用されるヒット製品だ。
この話を聞いて、「自分もまさに同じ経験をしている」と身につまされる人も多いのではないだろうか?
なぜこのようなことが起こるのだろうか? マーケティングが面白いのは、このような現象を説明できる理論があることだ。それは「イノベータ理論」「キャズム理論」と呼ばれる。
イノベータ理論とは、今まで市場になかった新製品が市場に出た後、顧客がどのように行動するかを説明した理論だ。面白いのは製品の普及段階によって、製品を買う顧客のタイプが異なる点だ。
真っ先に買うのがイノベータという顧客グループ。全体の中でわずか2.5%だが、技術的な革新性を評価して最初に購入する。よく「人柱」と言われるタイプの人達だ。
その次に買うのがアーリーアダプターと呼ばれる全体の13.5%を占める顧客グループ。ユーザー実績はあまり気にしない。実際に製品のよさとメリットを判断して購入する。
その次に買うのがアーリーマジョリティと呼ばれる全体の34%を占める顧客グループ。イノベータやアーリーマジョリティなどの先行ユーザーが使ってみて、製品の実績が証明されたら買う。
ここまでで市場にいる顧客全体の50%だ。残りの人達は、世の中に一通り行き渡った段階でやっと購入する。
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