第1回 エージェンシーのビッグデータ“ドリブン”マーケティング(後編)【連載】「変わる」広告会社(1/2 ページ)

ビッグデータは「推測型マーケティング」から「実証型マーケティング」への進化を促す。ビッグデータを活用することで、今までのアプローチ手法では見えてこなかった新しい発見や価値創造が期待できる、ということだ。試行錯誤の段階ではあるが、「実証型マーケティング」が次世代マーケティングの大きな柱になるのではないだろうか。

» 2012年11月15日 08時09分 公開
[今野直哉,博報堂]

 「第1回 エージェンシーのビッグデータ“ドリブン”マーケティング前編」は、広告会社から見た「ビッグデータ」の定義、「ビッグデータ」に注目が集まっている背景、そして「ビッグデータ“ドリブン”マーケティング」の概要についてお話しした。

 「ビッグデータ“ドリブン”マーケティング」とは、「統合化された『ビッグデータ』をフル活用し、スピーディな戦略策定、そして戦術の実行及び検証を継続的に行っていくことで、マーケティングROI(利益)の最大化を実現していく一連の活動」であると整理した。

 後編では、「ビッグデータ“ドリブン”マーケティング」実践に向けた視点、具体的な活用事例、今後の展望についてお伝えしていくことにする。

4. ビッグデータ“ドリブン”マーケティング実践に向けた視点

 「ビッグデータ」をマーケティングに活用していくにあたって、大きく2つの視点が重要であると捉えている。

 1点目は「可視化/構造化」の視点。2点目に「モデル化/予測」の視点である。

 まずは「ビッグデータ」を分析していくことで、現状を「可視化/構造化」し、課題の抽出や、新たな打ち手を出すための仮説を構築する。

 次に、データ分析によってデータの洪水の中から意味のある関係性を発見し、「モデル化」していくことでコンバージョン(売り上げ)拡大に向けた方程式を見つけ出していく。今あるデータをもとにモデルを構築することで、こうすればこうなるであろうという「予測」を行う。

 この予測に基づいてマーケティング施策を実行し、予測と実績のかい離(予実差)を検証していくことで、一連のマーケティング活動をより精緻なものにしていく(「最適化」)。

 以上をまとめると、「可視化/構造化」⇒「モデル化/予測」をPDCA運用していくことで、「最適化」を行っていくサイクルを継続的に廻していくこと(図1)が「ビッグデータ”ドリブン“マーケティング」が目指すべき姿である。

図1 ビッグデータ“ドリブン”マーケティング活用に向けた視点

5. ビッグデータ“ドリブン”マーケティングの活用例

 次に、「ビッグデータ“ドリブン”マーケティング」の活用例についていくつかお話ししたいと思う。

 ビッグデータ活用によって「可視化/構造化」を行う上で我々が注目しているのは、「ライフログ」と「ロケーションログ」である。

5-1 可視化/構造化する

・活用例(1) ライフログ解析

 「ライフログ」とは、インターネットにおける生活者の実行動データのことである。インターネット上における生活者の行動を網羅的に把握することができるので、自社サイトの来訪者だけでなく、競合サイト来訪者の動きも広く把握することができるのが大きな特徴である(図2)。

図2 ライフログ

 つまり、「ライフログ」を活用することで、「自社サイトの置かれた環境を相対的に知ることができる」ため、これまでの自社サイト解析だけでは見えてこなかった課題が明らかになるのがポイントである。

 博報堂が提供しているソリューションサービス「Lifelog Tracer®」を使用して、具体的にどのような分析ができるのか見ていこう。

 図3は、サイト来訪者数の時系列推移を自社と競合で比較したものになる。これを見ると、自社(A社)と競合D社の来訪者数に大きな差があることが一目瞭然である。従って、「戦略(1)マスメディアやヤフーのブランドパネルなどのリーチ系メディアへの出稿を強化して来訪者数を増やすのか?」、あるいは「戦略(2)行動ターゲティングやリターゲティングの施策を強化して、サイト内来訪者のコンバージョンを増やすのか?」という戦略仮説を導き出すことができる。

図3 ライフログ分析例(1)サイト来訪者の時系列推移

 図4は、自社と競合のサイト来訪者属性を比較したものになる。自社(B社)が男性10代をメインターゲットに設定した商品を販売しているとしよう。競合C社の商品は、男性10代の来訪がB社よりも多いことが分かる。従って、競合に対抗していくためには、男性10代をサイトに来訪させるためのアプローチ施策が必要ではないか、という仮説を導くことができる。

図4 ライフログ分析例(2)サイト来訪者の属性比較

 図5は、検索キーワードを自社と競合で比較したものである。これを見ると、社名による検索が各社共に1位なのだが、社名検索数を比較すると、自社(C社)の検索数が相対的に低いことが分かる。また、競合D社の検索ワードを細かく見てみると、社名や商品名だけでなく、「社名×評判」「社名×口コミ」「社名×ランキング」といった掛け合わせ検索が上位に来ている。従って、検索数を増やすためには、リスティング広告で、競合に流入するキーワードに対抗出稿した方が良いのではないか? という仮説を導き出すことができる。

図5 ライフログ分析例(3)検索キーワード比較

 他にも、「サイト間の重複状況は自社と競合でどうなっているのか?」「競合サイトのトップページにどこから流入し、流入後はどう遷移しているのか?」「自社及び競合サイトでコンバージョンした人(購入者)が日常的に閲覧している外部サイトは何か?」などは、我々がよく行う分析である。「ライフログ」を活用することで、自社の置かれた環境を相対的に知り、これまで見えていなかった自社の課題を発見し、課題解決のための仮説を導き出すことができる。

・活用例(2) ロケーションログ解析

 次にご紹介したいのが、「ロケーションログ」である。「ロケーションログ」とは、GPS、Wi-Fi、非接触認証システム(NFC)、チェックイン機能など、位置情報センシングシステムによって得られた生活者のアクチュアル行動履歴データの総称である。「ライフログ」がWeb上における生活者の行動を把握するためのデータであるのに対し、「ロケーションログ」は、位置情報によってリアル世界における生活者の行動を把握するためのデータということになる。

 具体的には、生活者の行動をセンシング技術によってデータとして蓄積し、ある仮説のもとに蓄積したデータを読み解くことで、データに付加価値を創出していくことが重要になる(図6)。ある特定エリアに居住する生活者に対し、アンケートを用いて生活意識や行動習慣を調査し、その結果を基に特定エリアの傾向を導く従来のエリアマーケティングに比べて、生活者の実行動そのものを把握できる「ロケーションログ」は、より確度の高いマーケティングを実践できる。

図6 ロケーションログとは

 では、博報堂が提供する位置情報のソリューションサービスである「ロケーションログ解析ツール」(注1)を活用した分析例をいくつかご紹介しよう。

(注1) ロケーションログ解析ツール

(株)ゼンリンデータコムが提供する「混雑統計データ」(許諾を得て取得した携帯電話のGPS測位データを分析システムで統計化。個人特定できないよう処理したマーケティング・データ)を基にしている。


 図7は、東京エリアの主な商業店舗にどのエリアから生活者が来訪しているのかを、地図上にプロットしたものである。

図7 ロケーションログ分析例(1)-1 商圏分析

 今回分析対象にした商業店舗は、

  1. 東京ミッドタウン
  2. ダイバーシティ東京プラザ
  3. 東京スカイツリー(東京ソラマチ)
  4. 伊勢丹新宿店
  5. 有楽町マリオン(阪急メンズ東京、ルミネ有楽町)

の5つ。取得データは、2012年8月1日から31日までの1カ月間で抽出した。

 図8をご覧いただくと、各商業施設の商圏が、決して施設を中心にした同心円状になっていないことが分かる。では、それぞれの商業店舗の商圏の特徴を見ていくことにしよう。

図8 ロケーションログ分析例(1)-2 商圏分布状況をマッピング

 まず、来訪者数(ユニークユーザー数をもとに拡大推計)を見ると、3>2>4>1>5となっており、施設の話題性からも、(3)東京スカイツリー(東京ソラマチ)が群を抜いている。

  1. 東京ミッドタウンは、港区を中心に、山手線内、北は小田急線から南は京浜東北線の間の沿線内が主な商圏
  2. ダイバーシティ東京プラザは、品川から川崎間の京浜エリアを中心に、南は鶴見、西は府中、北は川口/浦和、東は松戸/船橋とほぼ国道16号線沿線エリアをカバーしており、5つの商業施設の中で最も幅広い商圏をカバー
  3. 最も来訪者数が多い東京スカイツリー(東京ソラマチ)は、その立地条件からも、東京の東側を中心に、埼玉県、千葉県の一部に広がる商圏
  4. 伊勢丹新宿店は、東は山手線内から、西は国分寺まで広がる中央線沿線が商圏の中心になっている
  5. 最後に、有楽町マリオン(阪急メンズ東京、ルミネ有楽町)であるが、こちらは来訪サンプル数が5商業施設の中で最も少なかったということもあるが、品川から蒲田を中心とする京浜東北線、東急線沿線の城南エリアが商圏の中心となっており、商圏も相対的に小さいという結果であった(※有楽町マリオンでは、GPS測位精度の問題から、滞在者数の推計値と実際の来店者数に乖離がある可能性がある)

 以上の傾向を解釈すると、例えば以下のような仮説が出てくる。

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