第1回 「DO ソーシャル」から「BE ソーシャル」へBE ソーシャル! 第1章「そして世界は透明になった」

ソーシャルメディアを活用する「DO ソーシャル」から、企業自身がソーシャルメディアに溶け込む「BE ソーシャル」のステージへ。やがて世界はソーシャルシフトしていく――。2012年11月発売予定の斉藤徹氏の新著「BE ソーシャル!」から、「はじめに」および、第1章「そして世界は透明になった」を6回に分けてお送りする。

» 2012年10月15日 13時45分 公開
[斉藤徹,ループス・コミュニケーションズ]
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 グーテンベルクの印刷革命は言論人を生み出した。インターネットは一般人に発言の場を与えた。そしてソーシャルメディアは人々をつなぎ、想いを可視化し、世界を透明にする。企業はソーシャルメディアを味方にしようと腐心するが、透明な世界で人々の言動を操作することは誰にもできない。今、企業がすべきことは、ソーシャルメディアを利用して生活者の言動をコントロールすることではなく、生活者に共感されるように企業自身を変えていくことだ。ソーシャルメディアを活用する「DOソーシャル」から、企業自身がソーシャルメディアに溶け込む「BE ソーシャル」のステージへ。やがて世界はソーシャルシフトしていく。

はじめに

 日本には世界最古の経営組織がある。

 紀元578年、はるか飛鳥時代に創業された大阪の「金剛組」だ。聖徳太子の命を受けて彼らが建立した四天王寺は、気が遠くなるような年月の中で七度もの焼失に見舞われる。信長の石山本願寺攻め、家康の大坂冬の陣、さらには室戸台風、大阪大空襲など。そのつど金剛組が指揮をとり、神のごとき匠の技で蘇生させた。現在は創業一族の手を離れたが、脈々と技術を受け継いできた110名の宮大工が、1400年の時を超え、今もなお金剛組を支えている。

 華道の「池坊華道会」(587年創業)、旅館の「慶雲館」(705年創業)、「古まん」(717年創業)、「法師」(718年創業)。さらに日本には創業100年を超える企業が少なくとも2万社以上あり、他の国々の追随を許さない。韓国銀行の調査では、創業200年以上の企業のうち、56%が日本に集中していた。日本人は長寿な人種として知られているが、企業の長寿性においても世界で群を抜いているのだ。フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは、日本の建造物や芸術、書物などに途切れない古との連続性を発見し、「断絶のない稀有の歴史を持つ国」として感嘆した。四方を海に囲まれ、単一民族に近い均質性を持ち、大自然を八百万の神として敬う。日本人の心情には、長い年月をかけて独特の持続志向が刻み込まれてきた。

 日本の商道徳は、江戸時代に石門心学を開いた石田梅岩に遡る。「実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり」。梅岩は本業を通じた持続可能な社会貢献を説き、商人道に倫理観と哲学を注入した。代表的な老舗企業、大丸の創始者である下村彦右衛門は「先義後利」を家訓とし、地域の信頼あってこその利益という信念を貫いた。近江商人の理念とされる「三方よし」は「売り手よし、買い手よし、世間よし」と企業の社会的責任に言及する。そして日本資本主義の父、渋沢栄一は「道徳経済合一説」を打ち出して約500社の創業に関与し、日本経済発展の基礎を築いた。彼は「私利を追わず公益を図る」との考えを生涯にわたって貫き通し、財閥をつくらず後継者にも固く戒めた。これらの理念が、日本企業の持続可能性に大きく貢献したことは間違いないだろう。

 時は経ち、ソーシャルメディアの時代。人々は緊密につながり、情報共有と協調行動のパワーを手に入れた。そして金融危機以降、生活者の価値観は大きく変化し、利潤追求に明け暮れてきた企業に対して、社会性や持続性を強く要求しはじめる。彼ら彼女らは企業の言動をリアルタイムに評価し、対話や消費を通じて企業を選別し、生産活動にまで関与する。生活者に反感を持たれた企業の商品は売れない、人は集まらない、お金も集まらない。持続的に共感を得られない企業や経営者に未来はない、そんなパラダイムシフトが訪れようとしている。

 ウソの通用しない透明な世界。あなたの会社はこれから50年、100年と持続可能だろうか。社員や顧客はあなたの会社をポジティブに受けとめ続けるだろうか。本書の使命は、透明性の時代にふさわしい「あるべき企業像」を提示し、どう変革すべきか具体的な方法論に言及することだ。前著『ソーシャルシフト』においては、ソーシャルメディアが誘起する不連続で劇的な変化、ビジネスのパラダイムシフトを論じたが、本書はそれをさらに深掘りし、実用性の高い内容にまで昇華させることを目指している。

 2012年4月のこと。新規事業のマネジメント手法として世界的に脚光を浴びている「リーン・スタートアップ」の提唱者、エリック・リースが初来日し、日本の起業家や新規事業担当者から大きな喝采で迎えられた。その手法のベースとなったのは、1945年から1973年の間に大野耐一氏らによって体系化された「トヨタ生産方式」、トヨタの経営理念が生み出した徹底的にムダを排除する生産ノウハウだ。不易流行、本質的価値を大切に守りながら、時代に即して継続的に革新していく意思。老舗企業がほぼ例外なく持っている、いわばサステナブルな組織の遺伝子だ。優れた家訓や経営哲学の価値は不変だが、その解釈は時代変化にそって進化し続ける。トヨタの編み出した生産方式が、40年の時を経て、世界で最も進んだ人々から注目を集めているように。

 ソーシャルシフトの時代、日本の持続的な経営スタイルが再び注目を集めるだろう。約1世紀前のこと、科学的管理法を生み出したフレデリック・テイラーは「今までは人が第一だった。これからはシステムが第一となる」と語り、大量生産による工業化社会の幕開けを牽引した。そして今、世界はソーシャルメディアで緊密につながり、人々は協調の力を手に入れた。我々企業は「人中心のシステム」を創造すべく、新たな岐路に立たされている。規律から自律へ、統制から透明へ、競争から共創へ、機能から情緒へ、利益から持続へ、世界は確かに動きはじめた。

 透明な時代に、持続可能な経営を求めて。読者の皆様を、忘れかけていた経営の原点へ、そしてソーシャルメディアで結ばれた新しい舞台へいざなおう。そこにあるのは、社員の幸せであり、顧客の感動であり、社会からの温かい共感の声だ。新しい価値観を通じて、人々が幸せとやすらぎを感じる世界が拓けていく。そんな理想社会を実現する一助となれば、著者としてこれほどうれしいことはない。

 それでは、古くて新しい、現実の世界へようこそ。

寄稿者プロフィール

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斉藤徹 株式会社ループス・コミュニケーションズ代表。1985年4月慶應義塾大学理工学部卒業後、日本IBM株式会社入社。1991年2月株式会社フレックスファームを創業、2004年4月全株式を売却。2005年7月株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。現在、ループスはソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開している。「ソーシャルシフト」「新ソーシャルメディア完全読本」「ソーシャルメディア・ダイナミクス」「Twitterマーケティング」「Webコミュニティで一番大切なこと」「SNSビジネスガイド」など著書多数。講演も年間100回ほどこなしている。

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