サブスクリプションビジネスにおける広告戦略や新規顧客獲得について注目サービスを展開する企業のマーケティング責任者が語った。
本稿では、サブスクリプションビジネスをテーマとしたイベント「サブスクサミット2019」(アライドアーキテクツ主催)における「サブスクモデルにおける広告戦略」と題したパネルディスカッションの内容をご紹介する。
スピーカーはBASE FOODの斎藤竜太氏、ストライプインターナショナル澤田昌紀氏、お金のデザインの馬場康次氏、リクルートマーケティングパートナーズの松尾慎治氏の4人。アライドアーキテクツの村岡 弥真人氏がモデレーターを務めた。
サブスクリプション型ビジネスにおいては一般的に、既存顧客に軸足を置きつつLTV(顧客生涯価値)を最大化させることが最重要課題とされる。成約はゴールではなくスタートにすぎない。故にマーケティングには顧客との良好な関係を構築し、末永く安定した収益を生み出す役割が期待される。
一方で、サブスク型ビジネスにおいても新規顧客の獲得が依然として重要であることは言うまでもない。ただし、継続率やLTVが重視される中でやみくもに認知拡大だけを目指すのは、必ずしもいい考えではない。一気に大量の顧客を獲得してもそれがすぐに離脱してしまえば何の意味もないからだ。
サブスクリプションビジネスにおいては広告の設計にも工夫が求められる。成功している先駆者たちはこれらの課題にどのように取り組んできたのだろうか。
リクルートマーケティングパートナーズが提供するオンライン学習サービス「スタディサプリ」は、大学受験を控えた高校生向けにサービスを開始し、小学生から高校生までの教科学習と社会人向けの英語学習に拡大。現在では84万人の有料会員がいる。当初は1講座5000円の買い切りで事業を始めたが振るわず、サブスクリプションに切り替えたことで売り上げが伸びた。
広告についてはテレビCMをメインにしている。サービスのメインターゲットである大学進学を希望する高校生についてはテレビCMの費用対効果が最も高いことが分かっており、広告予算の半分以上を投下している。
サービス開始当時からテレビCMは打っているが、当初は認知がなかったために認知率向上が目的だった。ところがこれが「大コケだった」(松尾氏)。認知は取れたが会員は増えない状態が数年にわたり続いた。
こうした試行錯誤の末にたどり着いたKPI(重要業績評価指標)が「利用意向率」だ。テレビCMを通じてスタディサプリの名前を知っていても、使ってみたくならなければ売り上げにはつながらない。未体験のサービスを認知し、さらに使ってみようと思わせるCMが必要だったのだ。そこからCMで発するメッセージやクリエイティブを変えるなど試行錯誤の結果、カリスマ講師の実際の授業を使って授業の質の高さを訴求した「神授業」シリーズが当たった。会員数は一気に2〜3倍に増え、CPA(顧客獲得単価)は2分の1から3分の1に下がった。
現在ではテレビCMを主軸に据え、「15秒CMを見たらやってみたくなる」レスポンス型のクリエイティブで利用意向の向上をねらっている。ここで重要なのは、クリエイティブを作り手の感性に委ねるのではなく、データを基に改善を重ねること。「新しい顧客体験を提示するサブスクリプションビジネスでは、スケールさせるためにテレビCMを使うのは効果的だ。科学によるクリエイティブを大量投下することでCV増とCPA減の両立を図っている」(松尾氏)
アパレル・ライフスタイル大手のストライプインターナショナルが2015年に開始した「メチャカリ」は、月額5800円を払うと洋服が借り放題になるファッションのサブスクリプションサービスだ(返却の際には1回につき別途380円が必要)。貸し出す洋服は新品のみで、現在150ブランドが貸し出しの対象となっている。
当初、メチャカリのターゲットはファッション好きな人を想定していた。買うよりも安いプライシングで若年層向けのサービスという位置付けだった。ところがいざ始めてみたところ、洋服選びに手間をかけたくないと考えるファッションへの意欲が低い人、服でクローゼットをあふれさせたくないミニマリスト志向の人、仕事や子育てに忙しく服を買いに行っている時間的余裕がない人など、想定外の層の支持を集めた。既存のアパレルブランドの顧客とのバッティングもほとんどなく、結果的に新たな顧客層が獲得できたのだ。
メチャカリでは最初の3カ月間を月額利用料39円で利用できるる「39(サンキュー)キャンペーン」を展開中で、テレビCMも投下している。今日の日本ではまだ洋服は買うのが主流であり借りる文化がない。そこでメチャカリのサービス名のみならずファッションレンタルというカテゴリー自体の認知を高める必要があると考えているからだ。
ここで当然、疑問となるのが投資対効果だ。テレビCMで新規顧客を獲得できたとして、月額39円の利用者はサービスを継続するのだろうか。これに対する澤田氏の答えは「まずサブスクリプションいう新しいサービスを体験し、月額費用を払う行為に慣れてもらうことを目的に置いている」というものだ。
メチャカリでは通常でも入会4カ月後で継続率ががくんと下がるそうで、当然今回もそうなることは想定の範囲内だ。もともと継続率に壁があるならばその期間、少しでも多くの人に実際にサービスを使ってもらおうと思ったのだ。収益面でいえば月額39円は無料と大差ないが、少額といえど実際にお金を払うプロセスを体験してもらうことが重要なのだ。
短期的な収益はマイナスだが、澤田氏は「事業が黒字化できればOKで、CPAもあまり気にしていない」と語る。明確な目的の下、今回のキャンペーンでは既に通常の10倍超の新規会員を獲得している。
2016年にサービスを開始したBASE FOODは食のスタートアップだ。「主食をイノベーションして健康を当たり前に」をテーマに、1食で必要な栄養素が全部入ったパンや麺といった主食を開発、会員宅に毎月20食が届くサブスクリプション型のビジネスを展開している。
斎藤氏によれば現段階でBASE FOODはマス広告を打っておらず、新規獲得のためのコミュニケーション手段としてはSNS広告およびYouTuberやインフルエンサーを活用したPRに重点を置いている。
斎藤氏が意識しているのは、継続しないユーザーを獲得しても意味がないということだ。入会後継続して使ってもらえるよう、「食べ方が分からない」「効果を実感できない」といった主な離脱要因を初期段階で払拭するような施策を展開している。
例えば「BASE FOOD CAMP」。これは筋肉質な体作りを目指すプログラムだ。具体的には1カ月間BASE FOODを食べ続けてレシピや効果をSNSに投稿するものだ。1カ月間で8000件を超えるオーガニックツイートがあり、キャンペーン参加者の定期購入率は40%を超えた(通常は約20%)。また、投稿されたコンテンツは以後の新規加入者向けの良質な公開チュートリアルとなった。「定期購入の新規獲得においてはチュートリアルが大事。購入してから当初2カ月間の体験をデザインして獲得することを意識している」(斎藤氏)
Webキャンペーンだけにとどまらずリアルの場での施策もある。法人向け設置型社食サービス「BASE FOOD STAND」がそれだ。定期購入者が自分の通うオフィスにBASE FOODを導入することを後押しする取り組みで、2019年10月にスタートした。ネットの口コミを経由して顧客獲得を増やすのがBASE FOODの戦い方だが、リアルの場で実際に試してもらうのはどうしてもハードルが高くなる。そこで、同社の商品を愛用している会員の職場に置いてもらうことで周囲の人に「それ何?」と興味を持ってもらえる環境を作ったのだ。法人への導入となるが、ファン(個人)が会社に導入を働きかけるアプローチによってB2B特有の複雑な営業プロセスをパスできるメリットもある。このサービスは大きく告知することもなく開始から5営業日で約50社の導入が決まった。これは、同社がこれまで会員向けイベントを定期開催してファン中心のコミュニティーを育成し、オンラインとオフライン両面で顧客接点を大切にしてきた成果ともいえる。
お金のデザインが提供するロボアドバイザーによる資産活用サービス・THEO(テオ)は、ロボアドバイザー(一部にAIを使ったアルゴリズム)による投資一任運用サービスだ。運用額に応じた年間手数料や積立投資による毎月の手数料が収益となるTHEOはサブスクリプションモデルではないものの、継続して使ってもらうサービスという意味で共通点がある。
THEOの広告戦略を考えるに当たり課題として挙がったのが、そもそも資産運用をしている人が少ないこと、資産運用への心理的な壁、無名の企業への不信感などである。これまでにない新たな、それもお金を扱うビジネスであるが故に、市場創造の難度は高い。おまけに予算が限られているというのも馬場氏には大きな悩みだった。もちろん、テレビCMなど使えるはずもない。
こうした事情から、デジタル広告をメインにPRやSNSを併用した。「ブランドを作る」「コンテンツを作る」「マーケットを作る」をテーマに具体的な施策を実施した結果、2019年10月末時点で約500億円の預かり資産と約77000人の運用者を獲得している。
顧客の数が増える過程で、課題も見えてきた。広告開始当初は「スマホで誰でもできる」というメッセージを出していたが、投資初心者の顧客が多く集まった結果、平均預入額が相対的に低く長期的な関係構築が難しいことが分かった。その結果、毎月の解約者数の多さが看過できない状態となった。LTVが伸びなければ、新たな顧客獲得に向けた投資も難しくなってしまう。
そこで馬場氏は、既存のロイヤル顧客や解約者の分析を行い、カスタマーサクセスの実現による長期的な関係構築のための施策を強化した。具体的には、テクノロジーだけではなく人によるアドバイスも受けられるようFP(ファイナンシャルプランナー)とのマッチングサービスを開始し、資産運用におけるAI活用の研究などを行う「お金のデザイン研究所」を立ち上げ、積極的に情報発信している。
「よく知らないベンチャー企業に大切な資金を預けて大丈夫だろうか」「AIで資産運用をするとはどんなことなのだろう」といった顧客の不安や疑問に回答し、THEOが顧客に寄り添ったサービスであることをいかに実証するかを日々試している。「信頼が一番大事。さまざまな施策を通じて、複合的に信頼を獲得していきたい」と馬場氏は語った。
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