あらゆる企業が顧客中心のマーケティングを叫ぶが、現実的にはマス向け商材を扱う大手メーカーは必ずしもCRMと相性が良いとは言えないようだ。マーケターの本音に耳を傾けてみよう。
テクノロジーの進化により顧客一人一人の解像度が限りなく高まっている今、多くの企業がCRM(顧客関係管理)に挑み、ワンツーワンのコミュニケーションを取ろうと奮闘している。日本を代表するメーカーである花王とパナソニックも例外ではない。
2019年8月1日、セールスフォース・ドットコムが開催したイベント「Connections to You」のパネルディスカッションに両社のキーパーソンが登壇。B2C企業における「顧客起点のマーケティング」の現状について、本音で語った。モデレーターはセールスフォース・ドットコムの石戸 亮氏(リージョナルセールスディレクター)が務めた。
花王でCRM推進に取り組む鈴木直樹氏(コンシュマーリレーション開発部 部長)は冒頭、「当社のような低価格消耗品のメーカーはCRMを実行しづらい」と切り出した。
マスマーケティングを主軸にしている企業の場合、CRMに基づいて顧客一人一人に向けて実施する施策はスケールしにくく、どうしてもインパクトが小さいと感じてしまうというのだ。
また、ゴールは当然売り上げということになるが、打った施策と成果の相関関係が計測しにくいという問題もある。
「自分自身、質を追うか量を追うかに悩み、挫折寸前に追い込まれたこともある」と話す鈴木氏。そのような状況でもCRMに取り組み続ける理由は企業理念「花王ウェイ」にある。そこで示されているビジョンは「消費者・顧客を最もよく知る企業」というものだ。花王としてビジネスを行う以上、顧客を知ろうとするのは当然のことだというのだ。
具体的に取り組んでいる施策が、2018年3月に開設した会員向けメディア「Kao PLAZA」だ。Kao PLAZAはコンテンツ配信とキャンペーン情報の告知、ユーザー投稿プラットフォームという3つの機能を持ち、各カテゴリーでユーザーの行動データを蓄積している。
Kao PLAZAがKPIとしているのはNPS(ネットプロモータースコア)だ。数年前からNPSを運用している花王では、NPSが上がると売り上げも上がるという相関関係を既に確認している。オウンドメディアであるKao PLAZAの売り上げ貢献度を具体的に数値化するのは難しいが、NPSならば計測できる。
鈴木氏のチームではKao PLAZAを通じて1人の顧客を深掘りし、NPSの上下と行動の因果を定量・定性両面で知ろうとしている。特に定性の部分が重要だと鈴木氏は語る。
「推奨者は、対象サービス・製品について冗舌に語ってくれる傾向にある。トライアルやリピーターの声と比べて、推奨者のレビューは圧倒的に長い。機能だけでなく、ストーリーとして情緒的に語ってくれる。ここにこそ顧客を知るヒントが眠っている」(鈴木氏)
例えば食器用洗剤の「キュキュット」の場合、ユーザーレビューで「泡切れの良さ」が特に評価されていた。そこで顧客が感じている価値はそのまま商品価値であると信じ、広告コピーを「泡切れの良さ」をアピールする内容に変更した。
一般的にCRMは顧客を育成するものと理解されているが、花王のアプローチは全く逆だ。ロイヤル顧客の足跡をたどって商品価値を探る、考古学者のようなイメージだと鈴木氏は語る。
「今私たちが取り組んでいるのは、愛用者との価値共創。CRMが顧客の囲い込みであるという考え方はもう古い。消費者、事業パートナーとブランドを共創し、一緒に新たな価値を作っていくのがこれからのCRMだ」(鈴木氏)
パナソニックの家電部門であるパナソニック アプライアンス社の増田健二氏(データマネジメント部部長)は、モノ消費からコト消費へ転換するため、顧客接点の改革を推進している。
少子高齢化で購買人口が減少する一方、EC利用者が増えたために家電量販店からの販売ルートが縮小傾向にあるなど、流通形態も劇的に変化した。このような環境変化に対応するため、CRM施策によりユーザーのエンゲージメントを高めて「家電を買うならパナソニック」と想起してくれるパナソニックファンを増やすことが狙いだ。
ただ、花王の鈴木氏同様、増田氏もまたマスプロダクト市場におけるCRMの難しさを感じている。効果のはっきりしない施策に投資を続けていれば社内の反発もある。そこで増田氏は、CRMの重要性を証明しようとパナソニックの会員コミュニティー「CLUB Panasonic」ユーザーに向けてNPS調査を実施した。1年以内にCLUB Panasonicの相談接点(電話、メール、FAQサイト)を利用したユーザーと利用していないユーザーのNPSを比較した結果、利用者のNPSは非利用者の3〜4倍の数値を記録した。
「デジタルでの顧客体験は顧客満足度に深く関わることが分かったので、デジタルをより活用してエンゲージメントを醸成していくべきだと判断した」と増田氏は語る。
エンゲージメントを醸成するためには、購入前のプロモーションから購入後のアフターフォローまで、全ての顧客接点を一元管理してそれぞれにおけるコミュニケーションを最適化する必要がある。そう考えた増田氏は、まず各部署に分散していたデータをとりまとめて顧客データの統合プラットフォームを構築した。一元化した顧客情報は会員・非会員データに分類し、素性の分からないユーザーデータであっても、サードパーティーデータとひも付けて属性情報を付与している。
データ基盤を整備してからはマーケティングオートメーションを活用し、個々のユーザーに最適化した情報を発信するなどの施策を実施。結果はBIで可視化し、結果を見て次のアクションを決めている。
「まずは商品を認知していただくためのマスプロモーションを実施する。興味を持ったお客さまがWebサイトを訪れたら、オンラインでワンツーワンマーケティングを行う。購入後は愛用者登録していただいたお客さまに『オーナーズサービス』を提供し、リピーターになっていただく。そこから推奨者になっていただき、別の新規顧客獲得につなげる。そのようなサイクルを目指す」(増田氏)
オーナーズサービスとは、CLUB Panasonicに、パナソニック製品を1件以上登録したユーザーが利用できるロイヤルティーサービスだ。CLUB Panasonicの会員900万人のうち愛用者登録しているのは200万人。割合としては少ないが、その少数の愛用ユーザーのロイヤルティーを上げるため、スポーツ観戦やビューティーサロンへの招待などインセンティブを付与している。2018年は1万人を招待し、参加者の90%が肯定的な感想を寄せた。NPSも高まってきているという。
顧客の課題を解決するためのサービスも提供している。例えば、カスタマーサポート部門に蓄積された過去の相談データを基に「製品購入直後にはこのような相談が来る」「7日後はこのような相談が来る」などの問い合わせ傾向を分析し、先回りして情報配信している。これにより問い合わせを減らして顧客のストレス軽減につながっている。
パナソニックがこれほど顧客に寄り添うの背景には、やはり花王と同様、会社としての思想がある。
「創業者である松下幸之助は、『お客様大事の心に徹する』と説いている。要するにファンを大事にしようということ。もともとパナソニックは町の電気屋さんを通じてお客さまにサービスを提供していた。流通経路が変化した今は、デジタル上で同じことを行っていきたい」(増田氏)
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