真に「顧客の未来」を描く――事業創造、事業転換、急成長、それぞれの局面におけるマーケターの役割とは「BigbeatLIVE 2019」レポート(1/2 ページ)

空の松村大貴氏、IKEUCHI ORGANIC牟田口 武志氏、Sansanの松尾佳亮氏、そしてパラレルマーケター小島英揮氏が語るこれからのマーケター像。

» 2019年08月15日 07時00分 公開
[水落絵理香ITmedia マーケティング]

 2019年8月2日、B2Bマーケターの夏の祭典「BigbeatLIVE 2019」が開催された。

 「マーケティングで経営を変える」をテーマにしたこのイベントも今回が3回目。3部構成で業界の著名人が各パートのホストを務め、さまざまな企業で活躍するマーケターと、施策の考え方からキャリアの在り方まで熱く語り合った。

 今回はその中から第1部「真に『顧客の未来』を描く」のハイライトをお届けする。登壇者はホテル・旅館をターゲットにレベニューマネジメントの効率化支援サービス「MagicPrice」を運営する空(そら)代表取締役の松村大貴氏、今治タオルの製造・販売を営むIKEUCHI ORGANIC営業部 部長の牟田口 武志氏、名刺管理サービスSansanマーケティング部 SIP統括責任者の松尾佳亮氏。以上の3人がそれぞれプレゼンテーションを行った後、元Amazon Web Services(以下、AWS)マーケティング本部長で現在はパラレルマーケターとして活躍する小島英揮氏がホストとなってパネルディスカッションを実施した。

 なお、ITmedia マーケティングでは、今回のイベントに先立って行われた各登壇者へのインタビューを既に掲載しているので、こちらも参考にしてほしい。

「Who」「What」「How」を明確にするということ

 マーケティングだけが顧客の未来を描くことができる――オープニングで小島氏は、マーケティングの持つ可能性を力強く説いた。

 顧客像を明確にするためにまず定義すべきは「Who」「What」「How」の3つだ。「誰が顧客なのか、ベネフィットは何なのか、どのような施策を実施するのかが決まれば、マーケティングはスムーズに進められる」と小島氏は語る。

 第1部に登壇した3人はいずれもマーケティングに深く関わるエキスパートだが、それぞれが描く「Who」「What」「How」は異なる。自社が置かれている状況によって目指す戦略は変わってくるからだ。

パラレルマーケター小島英揮氏

市場創造期における「Who」「What」「How」

 最初に登壇した松村氏の空は、AIを活用して最適な価格設定を支援する「PriceTech(プライステック)」という市場そのものを新たに作り出そうとしている。新規事業立ち上げの局面で松村氏が考える「Who」「What」「How」は以下のようなものだ。

  • Who:全ての成熟企業のマーケティング・経営企画部門
  • What:価格戦略を実践するクラウドサービス
  • How:意義・必要な理由(Why)を伝える=カテゴリー作り

 価格はマーケティングの4P(Product:製品、Price:価格、Place:流通、 Promotion:販売促進)にも挙げられる重要な要素であり、経営へのインパクトは大きい。にもかかわらず、価格戦略は未成熟な分野のままだ。これまで収益と顧客満足度を最大化するプライシングを実現するテクノロジーには十分な投資が行われてこなかった。そこで空ではPriceTechというカテゴリーを作ることで顧客自身がまだ気付いていないニーズを掘り起し、新しい市場を創造しようとしている。

 松村氏は「マーケターには『Why』を示すことが求められる」と語る。顧客にヒアリングしても新しい市場は作れない。なぜそれが必要なのかをマーケター自身が妄想し、モノの裏側にある『Why』を定義し、社内に浸透させて顧客に訴える。これはまさに「顧客の未来を描く」ことに他ならない。

空の松村大貴氏

事業転換期における「Who」「What」「How」

 高品質タオルとして知られる今治タオルの中でも高い人気を誇るIKEUCHI ORGANIC。実は同社は2003年、大口取引先であるタオル問屋の倒産に見舞われ、自身も民事再生法を適用している。このタイミングで同社は「Who」つまり今後誰を顧客としていくのか選択を迫られた。

 出した結論は、自社ブランドによる再生だ。当時の売り上げ構成の99%は他社のOEMであり、自社ブランドは全体の1%程度にすぎなかった。しかし、オーガニックコットンを使用した同社のブランド「オーガニック120」は、モノ自体の良さもさることながら環境や安全へのこだわりが共感を生み、熱心なファンを抱えていた。倒産が報じられると心配するファンから電話やFAXが殺到した。「あと何枚タオルを買えば会社は復活するのか」という声が届き、インターネット上には池内タオル(当時の社名)応援サイトができた。

 数字だけを見れば1%の事業にかけるのは無謀な判断だが、顔の見える多数の顧客の生の声に触れたことで、彼らが支持する環境と安全への配慮というバリュープロポジションにかじを切ったのだ。

 誰に何を得るのかは決まった。では、それをどうやって届けるのか。同社が重視したのが顧客とのコミュニケーションだ。展示会や小売店に出向いて商品の魅力を伝えたり勉強会を開いたりする一方で、直営店舗を開店し、顧客と直接会話する機会を増やした。工場見学も積極的に受け入れ、インターネットでのコミュニケーションにも力を入れた。こうした努力で2018年には初めてB2Cの売り上げがB2Bを逆転した。

 ファンの熱量を形にするというやり方はB2Bにも応用されている。牟田口氏は「今治タオルならどこでも良い企業でなくIKEUCHI ORGANICに共感する熱量の高い企業を増やそう」と考え、まずそうした企業を可視化する手段として2019年2月にオウンドメディア「イケウチな人たち。」を立ち上げた。実際、記事を読んだ人たちの間で共感が広がり、口コミ数は前年比5倍になった。自社にIKEUCHI ORGANICの製品を導入したいという問い合わせも順調に増えている。

 以上を「Who」「What」「How」で整理すると以下のようになる。

  • Who:熱量のある人、企業
  • What:タオルから生まれるコミュニケーション
  • How:オンラインとオフラインの組み合わせ
IKEUCHI ORGANICの牟田口 武志氏

急成長加速期における「Who」「What」「How」

 Sansanの松尾氏は「Who」「What」「How」の考え方について「WhatとWhoは表裏一体の関係にある」という考えを示した。

 Sansanのビジネスでいえば、物理的な「What」はクラウド名刺管理サービスでしかない。Whoは名刺交換をする全ての人であれば全てが対象になり得る。事業フェーズに応じて名刺管理の何を価値として届けるかを都度定義し、それに応じてWhoが決まってくるというのだ。

 2013年、同社がテレビCMを通じて認知を高めつつあったフェーズでの「What」は「営業を強くする名刺管理」であった。「Who」は営業部門。当時デジタル広告での獲得が頭打ちになりつつある中で全国にいる無数の営業職に認知を拡大する手段、つまり「How」としてテレビCMが浮上した。最初のテレビCM後、問い合わせ数は約5倍になった。

 2016年、導入企業が4000社を越えた頃に次の「What」が決まった。それが「名刺を企業の資産に変える」だ。当時、世間で働き方改革の機運が伴ってきたため、これを推進する部署の人々を「Who」として名刺の資産化を訴えた。「How」となったのが、松尾氏が中心となって取り組んできた大型イベント「Sansan Innovation Project」だ。イベントに自ら率先して参加する人は、新しい取り組みに感度が高く自ら行動する人でもある。企業内でイノベーターとなり得る彼らは働き方改革の推進者として見込み度が高い。イベントを実施した結果、リード獲得数が2万件を超えるなど狙い通りの成果を出せた。

 2018年、導入企業が6000社を越えて新たに定義した「What」が「名刺管理からビジネスが始まる」だ。「Who」は既存ユーザー。ここでは既にSansanを使ってくれている人たちに新しい価値を届けることを重視した。「How」はコミュニティーマーケティング。コミュニティーが企業活動に及ぼす効果として松尾氏は「サポートとオンボーディングの工数削減」「継続率上昇」「新規顧客へのリファラル効果」の3つを挙げている。

 以上、変化する「What」とそれに合った「Who」と「How」を柔軟に選択することで成長を続けてのがSansan流だ。松尾氏は各要素を設定するためのポイントを以下のようにまとめた。

  • What:届けたい世界観、シンプルなメッセージ
  • Who:目的によって粒度は変わるものの、爆発的な成長を意識したときのマーケ施策においては細か過ぎると機会損失を生む
  • How:どんどんまねをすれば良い。「なせぞの方法なのか」にオリジナリティーを持たせることが必要

 自社のプロダクトが届けられるものを分かりやすく、個々の施策を立てる際にペルソナは意識しつつもあまり細かく考えず、新しいやり方でなくても効果のありそうなものは積極的に取り入れる。ただし「なぜウチがこれをやるのか」は絶えず考える必要があるというのだ。

Sansanの松尾佳亮氏
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