パーソナライズというと個人情報の取得とセットで考えられがちですが、もっとハードルの低く、それでいて効果の高いやり方はあるものです。そんな「すぐできるパーソナライズ」の第3弾。
企業のWebサイトには日々、多くの訪問者が何かしらの目的をもって、何度も訪問しています。しかし、多くの場合、表示されるコンテンツはいつも同じなので、訪問者に関連性が低く琴線に触れないコンテンツを表示してしまうことになります。これでは訪問者の興味を喚起することができません。訪問者はサイトから離脱するでしょう。結果的に企業は、ビジネスへとコンバージョンするチャンスを逸してしまうことになります。このことをわれわれはデジタル機会損失=デジ損と呼んでいます。
今回は、パーソナライズTIPSの3回目として「企業や団体のIPアドレスに応じたパーソナライズ」についての施策を紹介します。
最近、多くの企業では、人材採用を強化するためにWebサイト上での学生や中途採用希望者向けのメッセージを充実させたいというニーズがあります。今回紹介するTIPSは、そういったニーズに効果を発揮します。例えば、ある学校のユーザーからアクセスがあったとき、その学校の卒業生を前面に押し出したコンテンツを最初に表示する、あるいは社内で活躍しているその学校出身の社員インタビュー記事へと誘導することによって親近感を醸成し、エンゲージメントを高めることが可能です。
「パーソナライズ」というと、その個人を特定する氏名やメールアドレスなどが必要だと思われがちですが、ここまでご紹介してきた「回数に応じたパーソナライズ」や「GeoIP(地域情報)に基づくパーソナライズ」、そして今回ご紹介する「企業や団体のIPアドレスに応じたパーソナライズ」は、全て匿名(アノニマス)の状態でのパーソナライズ施策です。ごく簡単に始められて効果が非常に高いにもかかわらず、なかなか着手されていないのが実情かと考えています。
さて今回も、前々回および前回の記事で取り上げたカナダのビジネススクールが実践している施策を紹介します。
同スクールではアクセスしたユーザーの訪問回数や地域(GeoIP)を基にWebサイトで掲出する情報を変えるパーソナライズを行っています。その次の取り組みとして、Webサイトへの来訪者の所属している企業・団体をIPアドレスから特定できた場合に、最近同スクールでMBAを取得したその企業の社員をトップバナーに写真付きで紹介しています。
アクセスしてきた人は、その卒業生と顔見知りや同僚であるかもしれません。たとえそうでなくとも同じ企業の出身者がいるという事実は、それだけで親近感の演出につながり、ここに通ってみたいという気持ちを後押しすることができます。
さらにページの閲覧を進めてMBAプログラムの詳細をクリックする際には、同企業の経営・マネジメント層にも卒業生がいることを顔写真入りで表示しています。これにより、「このスクールに入学すれば、自分も確実に成長して、彼らの後に続いてキャリア上のステップアップを図ることができるかもしれない」という期待感を抱かせることができるのです。
同スクールでは研究機関を数カ所持っており、そのほとんどが公共政策に影響を与える研究を実施しています。研究に基づく各種調査資料なども作成し、Webサイトで公開しています。そのため、各研究機関がある市の市役所のIPアドレスからアクセスがあれば、関連性の高い調査資料を表示させています。また、カナダ政府機関からアクセスがあれば、公共問題に関する、あるいは公共問題を考える上で影響を持つような調査資料を表示させているのです。
もちろん、パーソナライズを行ったからといって、全てのコンテンツが効果を発揮するわけではありません。そこで同スクールでは、同じような内容のコンテンツでも、少しずつ文言を変えたり使う写真を変えたりしながら交互に表示させ、A/Bテストを高頻度に実施しています。その結果、よりエンゲージメントの高いコンテンツを継続して掲出できるようにしているのです。
このように、Webサイト訪問者のコンテクスト(文脈、背景、興味)を踏まえたさまざまな情報提供を実施した結果、同スクールのWebサイトでは直帰率が大幅に低下しました。逆に滞在時間や訪問ごとの閲覧ページ数は増加し、入学希望者が大きく増加するという成果を得ています。
昨今、良い人材を採用することに苦労している企業は多いかと思います。そのため、Webサイトを管理する広報部やマーケティング部に対して、優秀な学生や転職を考えている人たちにも訴求できるサイト作りを目指すよう要求してくる経営層がいるほどです。
また「採用サイト」のくくりで特集を組むメディアも登場していますので、企業のコーポレートサイトがどれだけ学生や転職者の事前情報収集に活用されているかは、今さら申し上げる必要もないでしょう。大半の消費者が購入前にWebサイトで事前調査をしているのと同様に、学生や転職者もまた、採用担当者に会う前にWebサイトで情報収集をしているのです。
学生や転職希望者がWebサイトに訪れている際に顧客向けのコンテンツを掲出していては(初回訪問であればまだ自社に対する理解を深めてもらう役割を果たすかもしれませんが)、採用ブランディングで重要となる「そこで自分が働く意義」や「共感(エンパシー)」を得るのは難しいでしょう。ここでも優秀な人材を逃しているという点で「デジ損」が発生しているのです。
この連載ではこれまで、「PIEモデル」について何度も紹介してきました。潜在価値(Potential)と重要度(Impotance)、アクセスしやすさ(Ease)という3つの観点から各セグメントを評価しようという考え方です。
私の所属するサイトコアが提供する「Sitecore Experience Platform」では、メールの振り分け機能と同じように「〇〇大学のIPアドレスから来た場合、このコンテンツを掲出する」というルール設定が簡単にできます。
採用を強化したいと考えている企業もPIEモデルで考え、将来活躍する可能性があり、応募意向が明確で、経営層のバックアップもある採用候補に効率よくリーチすることが重要です。採用サイトのパーソナライズは、今すぐにでも始めるべきことなのではないでしょうか。
次回は、過去や現在(リアルタイム)の行動履歴を踏まえた、Webサイト上でのパーソナライズTIPSをご紹介します。
安部知雄
サイトコア マーケティング グループ アジア地域担当本部長。国内大手鉄鋼メーカーで世界各国への機械販売に従事。世界市場におけるマーケティング力やコミュニケーション力の重要性を再認識し、マーケティングコミュニケーションエージェンシーへと転職。外資系企業の日本参入を多数支援し、クリックテック・ジャパン立ち上げにも携わる。2016年5月より現職。
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