IoT(モノのインターネット)は今後、マーケティングという仕事にどのように関わってくるのか。『IoTビジネスモデル革命』の著者が解説する。
本稿を執筆した小林啓倫氏の著書『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)が好評発売中。
自動車から家電、電球に至るまで、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」。大きな注目を集める一方で、いかにIoTをビジネスに組み込んでいくのかについては、多くの業界で試行錯誤が続いている。本書はB2CからB2Bまで、内外企業のIoTを活用したさまざまなビジネスモデルを紹介しつつ、今後企業がIoTとどう向かい合うべきかについて展望を語っている。
モノがインターネットにつながり、インターネットを介してさまざまな制御やデータの処理が可能になる――それがIoT(Internet of Things)、すなわち「モノのインターネット」の概念だ。非常にシンプルだが、それだけにビジネスをどう変えるのかイメージしづらく、「結局、会社から自宅のエアコンを切れるようになるだけの話」などと、やゆされることもある。
しかし、IoTは、さまざまな製品やサービスの在り方を一変させる可能性を秘めている。2015年末に刊行した著書『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)において、私はIoTが実現する価値を「人がいなくてもいい世界」という言葉で表した。IoTのテクノロジーを活用することで、人に頼らず自律的で高度な制御が可能になる。「人がいなくてもいい」は「人の限界を超えることができる」と言い換えてもいい。
人がいなくてもいい世界がマーケティングとどう関わってくるのか。2回に分けて考えてみよう。
2015年7月、ロンドンのとある街角に広告代理店の英M&C SAATCHIが新たなデジタルサイネージ端末を設置した。これは屋外広告大手の英Clear Channelなどと共同開発したもので、外見上は何の変哲もない普通のサイネージだ。表示されるコンテンツ(コーヒーの広告)にも、これといって変わったところはない。ただ、数日後に同じ場所を通り掛かると、表示されている広告のクリエイティブが変化していることに気付くだろう。そして、それは恐らく以前よりも好ましく、魅力的に感じられるはずだ。
実は、クリエイティブに修正を加えたのは人間ではない。デジタルサイネージが自ら判断して、より通行人の関心を集めやすい内容に変えていたのである。
仕組みはこうだ。まずは人間が、サイネージに表示する初期状態のコンテンツを作成する。するとソフトウェアがコンテンツに含まれるさまざまな要素(キャッチコピーの文章や文字のフォント、画像、レイアウトなど)に手を加え、オリジナルから若干変化したバージョンを複数作成する。この修正されたバージョンが画面に表示されるのだが、その際サイネージに組み込まれたカメラが通行人の様子を撮影し、インターネットを介してその映像をクラウド側に送る。クラウド上では映像解析が行われ、通行人がどのような反応を示したのかがデータとして蓄積される。そして、最も良い反応が得られたバージョンを基にして、再び新たなバージョンを複数生成し、それを画面に表示して通行人の反応を探るというPDCAサイクルが繰り返されるのである。そうしているうちにコンテンツが「進化」し、サイネージの前を通り掛かる人々の好みに最適化された広告へと、自動的に変化していくというわけだ。
実際にロンドンに設置されたサイネージでは、数回の改善を経た後で、「キャッチコピーが短くなる」「ハートの画像が頻繁に表示される」といった結果が得られたそうだ。今回サイネージが設置されたのは1カ所だけだったが、これが複数の場所に設置されていれば、それぞれの場所によって異なる傾向が生まれていたことだろう。つまり人間のクリエーターがいなくても、優秀なクリエーターを何人も雇ったのと同じ結果を得られる可能性があるのだ。
先ほど「進化」という表現を使ったが、今回のサイネージで使われたのは「遺伝的アルゴリズム」という手法で、これはまさに人工的な進化を起こすアプローチなのである。遺伝的アルゴリズム自体は既にさまざまな分野で活用されており、目新しいものではない。しかしIoT技術が登場したことで、M&C SAATCHIのデジタルサイネージが示しているように、あらゆる場所で応用できるようになった。IoTを使えば、周囲の環境から得られたフィードバックをクラウドに送り、そこに用意されたコンピューティング資源で詳しく分析できるのである。
端末はデータを集めるだけのセンサー、あるいはクラウド側で判断された結果を実行するだけのエージェントでよいのだ。
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