第2回 ファッション誌のライバルはスタバのラテ!?【連載】吉田けえなの「見て」「着て」「食べる」マーケティング論

雑誌のライバルは競合雑誌ではありません。限られた可処分所得の中から時間やお金を使う他の嗜好品であり、価格帯の近いスターバックスのラテがその筆頭に挙げられます。既存の枠組みをうまく生かしながら、上手に発想を転換すること。21世紀のビジネスのあり方を考えます。

» 2012年08月28日 07時30分 公開
[吉田けえな,ITmedia]

宝島社のジェルシート

 立秋はとっくに過ぎたのに、まだまだ暑い日が続いています。そんな熱帯夜の寝苦しさにたまりかね、思わずコンビニで購入してしまった商品があります。枕の上に置いて使用する冷たく感じられるジェルシートです。

 この商品パッケージの裏面を何気なく見て、驚きました。というのも、販売元として記載されていたのが、出版社の宝島社だったからです。宝島社といえば、出版不況といわれるなかにあっても、好調をキープしていることで話題の企業。ちなみに、つい最近、米国に続き、英国(「amazon.uk」)でも電子書籍販売数が紙書籍版販売数を上回ったという発表がありました。紙媒体は非常に苦戦しているそうです。そんな状況でも宝島社は、100万部を突破したことでも知られる「sweet」を筆頭に、女性誌シェアNo.1を誇っています。

 出版社がなぜコンビニでジェルシートを販売するのでしょうか? 宝島社の動きは、厳しい市場環境に苦戦している多くの企業にとって、ビジネスの活性化を考える向けたヒントになるのではないでしょうか。

雑誌を読んでいない層の開拓

 宝島社といえば、ライバルは競合誌ではなく、スターバックスのラテであるという考えが有名です。同社のターゲットは「今、雑誌を読んでいる層」ではなく、「今、雑誌を読んでいない層」だからです。というのも、「雑誌を毎月購入している層は少ない」と考えたからだそうです。確かに、インターネットが普及し、スマートフォンやタブレット端末も一般的になり、雑誌や書籍以外からも、欲しい情報を簡単に入手できるようになっています。私の周囲でも、雑誌を毎月購入している友人よりも、購入していない友人の方が圧倒的に多い状況です。

 その現実を踏まえ、同社は、すでにある雑誌を読んでいる読者を奪ったり、自社の雑誌に囲い込んだりするのではなく、まだ雑誌を読んでいない層の開拓をビジネスの命題にしています。確かに、今、雑誌を購入していない層に対しては、雑誌の面白ささえ明確に伝えられれば、彼らが購入する可能性は広がります。既存の購読層を囲い込むよりも、ビジネスとしての可能性は広がります。ということは、必然的にライバルは雑誌ではなく、限られた可処分所得の中から時間やお金を使う他の嗜好品であり、価格帯の近いスターバックスのラテが筆頭に挙げられます。そう考えることで、宝島社だけのことを考えるのではなく、出版業界全体のパイを広げること、未購読層を獲得することも視野に入れているのです。

 出版社であるということは、既存の出版流通を使えるというメリットがあります。これは当然のことですが、出版社にとっては最大の強みであり、財産でもあります。宝島社は既存の枠組みをうまく利用し、書店の店頭で調理器具の実演販売を行うなど、ちょっとびっくりするような商品の販売方法を提案しています。有名ブランドとタッグを組んだムック本では、ファッション小物の衝動買いをする感覚を意識し、書店であってもファッション小物を買う感覚で商品を購入してもらおうという意識が垣間見られます。書店応援キャンペーンと称し、書店の中に「宝島社書店」という簡易書店を作る試みでは、「音楽を流す」「消費を促す」というような演出を試みるのはもちろん、ハンガーラックや姿見など通常の書店には置かれていない「ファッション売場の什器」を導入することにより、雑貨の売場のような演出をして、店頭の雰囲気を盛り上げるといった仕掛けも積極的に行っています。

 書店とは誰でも気軽に入れる売場であり、なんとなく立ち寄りやすい場所であるため、様々な客層に直接アピールできる非常に貴重な場所です。書店側としても、宝島社が売場にアクセントをつけてくれることで、店全体に活気が出るのなら嬉しい変化でしょう。

ECからリアルへ、日本から世界へ

 閉店する書店が多く、出版業界全体に元気がないといわれる中で、既存の枠にとらわれない挑戦をし続け、結果を出す宝島社の動きには、様々な業界で活用できるヒントがあるのではないでしょうか。つまり、嗜好品を扱っている全ての業界に十分あてはまることのように感じます。また、広く考えると、ECサイトとリアル店舗といった一見違うように見えるけれど、広く捉えれば商品を販売するショップといったカテゴリ分けにも当てはまることではないでしょうか。ライバルとは、なにも同じ地域や同国内にあるリアル店舗同士だけではありません。ECサイト(他国のものも含む)なども含まれますし、新規マーケットを開拓する余地はまだまだあると感じられます。

 そんな中、ECがリアルに進出する例としては、日本有数のアパレル通販サイトに成長したZOZOTOWN(ゾゾタウン)を運営するスタートトゥデイが、今秋、一般の顧客向けにリアルな合同展示会を開催することを発表しています。展示会とはいえ、ECがリアルに進出すると話題になっているのです。

 アメリカの最高級百貨店BERGDORF GOODMAN(バーグドルフ・グッドマン)のWebサイトは、日本語で「バーグドルフ」と検索しても表示されるのはもちろん、トップページには、「日本語でのご注文は、0120-×××-×××(フリーダイヤル)へお掛けください」と表示されます。人口1億2000万人強の日本のマーケットを奪い合うだけではなく、世界の70億人をターゲットにした方が、ビジネスの可能性は上がります。既存の枠組みをうまく生かしながら、発想を転換すること。21世紀のビジネスは、両方の要素が求められる時代に突入していることを感じます。

寄稿者プロフィール

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吉田けえな フリーランスのファッションコーディネイター&マーケティングディレクター。大学在学中からアタッシュ・ド・プレスでのアシスタントを経て、PRエージェントで海外ブランドPRを担当。その後、コンサルティング会社でマーケティングを担当し、現在は、百貨店のコーディネーター業務なども行う。年間、数百を超えるショップへ足を運び、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事にしたマーケティングを中心に活動。また、日本マーケティング協会が発行する会員誌「マーケティング ホライズン」の編集委員もつとめる。雑誌「VOGUE」のWebサイト内でブログを更新中。

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