「カスタマーサクセス」はサブスクリプション時代に顧客をつなぎ止めるための唯一の戦略理論と実践から学ぶ(1/2 ページ)

今なぜ「カスタマーサクセス」が注目されているのか。どうすれば顧客の成功と自社の利益を両立できるのか。エキスパートが語り合った。

» 2018年08月27日 09時00分 公開
[水落絵理香ITmedia マーケティング]

 「所有から利用へ」というスローガンが叫ばれるようになって久しい。

 SaaSをはじめサブスクリプション型のビジネスモデルが浸透したことで、顧客は欲しいときに欲しいだけサービスの恩恵を受けることが可能になった。導入後もより良い類似サービスが見つかれば気軽に切り替えることもできる。

 一方で、サービスを提供する側は、従来のようにシステム導入費で一気に稼ぐといったことができなくなった。収益を上げるためには顧客に継続して使われる必要がある。使われるには理由が必要だ。端的にいえば、顧客の成功(カスタマーサクセス)に貢献し、顧客にとって必要な存在であり続けなければならない。これはB2CのビジネスであれB2Bのビジネスであれ同様だ。

 『カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』(英治出版)は、カスタマーサクセスを10の原則でまとめたガイドブックだ。原著の発売は2016年。CSM(Customer Success Management)システムを提供する米国企業Gainsight(ゲインサイト)のCEOらの共著として上梓された。

 日本語版は2018年6月に発売。これを記念し、名刺管理サービスのSansanが2018年7月31日に「理論と実践から学ぶカスタマーサクセスの基本」と題するパネルディスカッションを開催した。パネルディスカッションには、『カスタマーサクセス』の翻訳を担当したバーチャレクス・コンサルティング執行役員の辻 大志氏、同書の編集を担当した英治出版取締役編集長の高野達成氏、Sansanカスタマーサクセス部部長の小川泰正氏が登壇した。本稿では、その内容をダイジェストで紹介する。

なぜ今カスタマーサクセスが重要なのか

辻氏 辻 大志氏

 カスタマーサクセスという言葉を最初に使ったのはSalesforce.comといわれるが、今日においてはITを中心とした多くの企業にとって、カスタマーサクセスは喫緊の課題となっている。カスタマーサクセスが今あらためてフォーカスされている背景について辻氏は「サブスクリプションの台頭」「技術発展によるパワーバランスの変化」を挙げる。

 「テクノロジーの発展により、あらゆる領域で物理的・技術的な制約から解放されつつある。サービスの切り替えコストは下がり、顧客をロックインするためには、技術的なこととは別の理由を探さなければいけなくなった。今日、顧客をつなぎ止めるためには、顧客の事業を成功させる他ない。このような流れで、カスタマーサクセスがあらためて注目されている」(辻氏)

高野氏 高野達成氏

 数々のマーケティング書の編集を手掛けてきた高野氏によれば、カスタマーサクセスの概念はいきなり出てきたものではないという。

 「カスタマーサクセスは、1990年代に登場したワンツーワンマーケティングやCRMなどの概念が進化した結果といわれている。マサチューセッツ工科大学のグレン・アーバン教授の著書『アドボカシー・マーケティング』の考え方にも通じる」(高野氏)

 アドボカシーマーケティングとは、顧客を徹底的に支援し、利益を犠牲にしても信頼関係を築いて長期的な利益につなげることを説いた手法だ。ちなみに2006年に出版された同書の邦訳の編集も高野氏が手掛けている。

 「アーバン教授が参考にしたのが、ダグラス・マクレガーが1960年代に提唱したXY理論。これは組織論の考え方で、社員は怠け者でありアメとムチで動かさないといけないとするX理論に対して、社員は責任を負って喜びを感じる主体的な存在であるとしたY理論を基に組織を構築していくべきだいう主張。さらに掘り下げると、XY理論の下敷きになったのは1943年のマズローの欲求段階説。75年前に既に起きている大きなシフトの中に位置付けられるカスタマーサクセスは、実は非常に普遍的な考え方といえる」(高野氏)

 カスタマーサクセスの概念を日本でいち早く実践する先進企業の1つがSansanだ(関連記事:「Sansanが実践するカスタマーサクセス、『解約率を下げる』よりも大切なこととは?」)。Sansanの小川氏は「新規契約数が増えても解約率が高ければ、バケツに穴が空いている状態であり、ストックが生まれない」と、カスタマーサクセスがコスト面でも重要であることを強調する。サブスクリプション型のビジネスにおいては、新規顧客を獲得しても、すぐにチャーン(解約)されてしまえば新規獲得に費やしたマーケティングコストを回収できないというわけだ。

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