第6回 幸せの創造こそ、ビジネスの使命BE ソーシャル! 第1章「そして世界は透明になった」

会社は何のために存在するのでしょうか。私の考えはシンプルです。人間のすべての営みは、幸せになるためのものです――。2012年11月発売予定の斉藤徹氏の新著「BE ソーシャル!」から、「はじめに」および、第1章「そして世界は透明になった」を6回に分けてお送りする。

» 2012年11月08日 08時03分 公開
[斉藤徹,ループス・コミュニケーションズ]
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 長野県伊那市に、寒天という地味な商材で国内シェア約80%を誇る企業がある。伊那食品工業だ。寒天製造という成熟産業にありながら、利益の10%研究開発にあてて新技術を常に開発するとともに、原料調達の安定化を図り、新しい市場を開拓し続けた。縮小する寒天市場の中で、48年にわたり増収増益を続けた奇跡に近いエクセレントカンパニーだ。

 「会社は何のために存在するのでしょうか。私の考えはシンプルです。人間のすべての営みは、幸せになるためのものです。企業をはじめとする組織は、つきつめれば人が幸せになるためにできたもの。幸せの創造こそ、ビジネスの使命だと考えています」。伊那食品工業の塚越寛会長はこう語る。この会社の社是は「いい会社をつくりましょう。たくましく、そして、やさしく」。人々に「いい会社」と言ってもらえる企業。社員、取引先、顧客、地域社会など、関与するすべての生活者に愛される企業。企業はたくましくなければ存続できない。しかし同時にすべての人にやさしく、相手を思いやる心が大切だ。経営理念は「社員の幸せを通して社会に貢献すること」。社員の幸せと会社の永続性、そのためにあえて持続的な低成長を志向する。そして社員を信じる性善説の経営により管理コストを下げる。管理より社員教育。表面的な知識より、物事のあるべき姿を問う教育だ。会社はどうあるべきか。社員はどうあるべきか。市民はどうあるべきか。

 「世界一売る小売りが米国にありますが、社員の8%は生活保護を受けているといいます。『エブリデイ・ロープライス』、顧客にだけいい顔をして、社員を苦しめている。いったい何のための事業なのか、私には理解できません」。塚越会長の言葉は明快だ。伊那食品工業ではリストラは断じて行わない。それは人件費をコストと考えておらず、目的である「社員の幸せ」を実現するための大切な成果と見なしているからだ。伊那食品工業の社員数は約480人。一般職に加えて、レストランのシェフ、蕎麦屋の店員、直売所の店員などもそこに含まれる。そのほとんどは正社員で、しかも終身雇用、年功賃金だ。社員個人の能力はもちろん大切だが、組織が大きな力を発揮するのは社員が結束した時だ。成果主義はこの組織の力を削ぐから導入しない。また社員の人生を考えれば、教育費や住宅ローンなどで最もお金が必要になるのは40〜50代。その時に給料が増えることは社員の幸せに大きく寄与するはずだ。それだけではない。格安の社員寮、オフィス環境の改善、食堂の充実、さらには結婚や出産の手当、生命保険、がん保険、スタッドレスタイヤ費まで。社員の生活を支える数多くの手厚い福利厚生制度を用意した。経常利益は必ず何らかの形で社員に還元する。社員の幸せのために、塚越会長は文字通り心血を注いでいる。

 「当社では2年に一度、社員が4泊の海外旅行に行きます。行きたいところを募り、世界各地へ部門を超えた仲間と旅する制度です。帰ってくると幸せそうな顔をして、こんなことがあった、こんな人と知り合いになった、明日からまたがんばりますと話してくれる。経営者は社員を守る義務を持っています。例えば災害や病気で苦しむ社員がいれば、制度を超えて全面的に支援する。社員は家族だと思って経営しています」。社員だけではない。取引先に対しても値切らないし、多少問題があっても関係を切ることはしない。「お取引様とのご縁を大切にしています。なぜなら彼らにも生活があり、家族があるから。無理な拡大もしない。当社が業態を拡大するということは、その裏でどこかの企業が仕事を失っているということだからです。その方々にも生活がある。まわりへの思いやりの心を社員全員で共有することを大切にしています」。

 同社は約3万坪の敷地を持ち、レストランやホール、健康パビリオンなどがある「かんてんぱぱガーデン」も運営する。社員の手作りガーデンだ。憩いの場として開放し、多くの訪問者で賑わいを見せる。これも地域社会への貢献であり、また雇用を増やすための施策でもある。そんな同社にはなんと年間1万通ものファンレターが届き、新卒の就職希望者は毎年2000名を超えるまでになった。すべての人々を慮り、感謝される企業を目指す伊那食品工業には、企業見学から観光客にいたるまで、絶え間なく人々が訪れている。

 創業10年で売上高1000億円を超えた米国のオンライン通販会社、ザッポスの企業使命は「Delivering Happiness」。顧客にも社員にも取引先にも「幸せ」を届けることにひたすら情熱を傾けている稀有な会社だ。2011年の米国小売業協会(National Retail Federation)調査では、顧客サービス分野でアマゾンやノードストロームを抑えてトップになり、フォーチュン誌の働きたい企業ベスト100で15位に選ばれている。

 同社は、全社員に「ザッポス・カルチャーのあなたにとっての意味は?」という質問を投げかけ、その回答をそのまま「カルチャー・ブック」という書籍にまとめている。現在では社員だけでなく取引先や顧客にも対象を広げており、米国内ではあれば希望者全員に無料でお届けしているという。そこには社員、取引先、顧客からの愛にあふれたザッポスへのメッセージが書き連ねられている。「ザッポスの文化はものすごいと思う。この会社がただ商品を売るだけでなく、サービスも売っていることは、実はそれほど知られていない。もっと知られていないのは、顧客だけでなく、社員にもワオ!な体験を提供することだ。昼食は無料、医療費もタダというのは、なかなかできることじゃない。この会社に入ってからというもの、私自身がマネージャーやリードの対応に何度ワオ! と感動したことか。そんなこと、これまでの会社ではなかった。私はザッポスの文化が大好きだ」(ザッポス体験)。コンタクトセンターに所属するダーリーン・J氏の寄せ書きだ。

 世界でも稀な「企業文化第一主義」。それを実践するトニー・シェイCEOは語る。「結局のところ、会社は人が集まってできています。そして、人は誰でも幸せになりたいと望んでいるのです。ザッポスの長期的なビジョンは「至上の顧客サービスと体験を提供する」ということです。ザッポスでは「どんな企業文化やコア・バリューを創るか」を重視することで、このビジョンを達成できると信じています。また、それが顧客、社員、取引先、そして最終的には株主に幸せをとどけることにつながると信じています」(ザッポスの奇跡)。

 顧客は自分を幸せにしてくれる商品やサービスに対価を支払う。そして社員は自分を幸せにしてくれる会社に所属したいと熱望する。ビジネスの究極の目標は、その企業を取り巻く人々を永続的に幸せにすることだ。マザー・テレサの名言がある。「大切なことは、遠くにある人や大きなことではなく、目の前にある人に対し、愛を持って接することなのです」。企業にはさまざまなステークホルダー、企業を取り巻く利害関係者が存在しているが、圧倒的に関係性が深いのは人生に深く関与することになる社員だ。社員とその家族、彼ら彼女らを幸せにすることは企業にとって最大の責務と言ってよいだろう。そして価値創造をともにするビジネスパートナー。創造した価値を提供するお客様。会社が存在する地域の住民。長期的に株式を保有する株主。今、あなたの会社は、関係する人々に幸せを届ける存在になっているだろうか。

 世界はソーシャルメディアによって透明になっていく。マーク・ザッカーバーグの信念である「アイデンティティはひとつだけ」。企業こそ、この言葉の大切さに耳を傾けるべきだろう。ブランドイメージをお金で買える時代はまもなく終焉する。新しい時代に生き残るのは、社員にも顧客にも、あらゆる生活者に共感と信頼を持たれる企業、ソーシャルメディアに愛される企業のみだろう。今一度、我々は商いの原点に戻って、誰のための会社か、そして何のために会社は存在しているのかを見つめ直す大切なタイミングに来ているのではないだろうか。企業の使命は、関係する人々の幸せを永続的に創造にすること。それを口先だけでなく、行動で示すこと。持続可能な社会を創り上げる一員となり、力をあわせて世界をより良くしていくこと。綺麗事ではない。人々はそんな企業でいたい、そんな企業のために働きたい、そんな企業を応援したいと、きっと心の底から思っているはずだ。

寄稿者プロフィール

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斉藤徹 株式会社ループス・コミュニケーションズ代表。1985年4月慶應義塾大学理工学部卒業後、日本IBM株式会社入社。1991年2月株式会社フレックスファームを創業、2004年4月全株式を売却。2005年7月株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。現在、ループスはソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開している。「ソーシャルシフト」「新ソーシャルメディア完全読本」「ソーシャルメディア・ダイナミクス」「Twitterマーケティング」「Webコミュニティで一番大切なこと」「SNSビジネスガイド」など著書多数。講演も年間100回ほどこなしている。

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