顧客の声を効率的に分析するための“ある技術”とは?
この記事は、『顧客価値を劇的に高める生成AIマーケティング』(大広WEDOテクノロジーチーム著、日本能率協会マネジメントセンター)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
対話データが加わることで、マーケティングが変わることが分かりました。ただ、この方法にも課題があります。それは、対話データが自然言語であるという点です。
例えば「商品を気に入った理由」を3人の顧客から対話で聞き出したとします。
顧客Aとの対話:あー、なんか使ってみた次の日に、自分の肌触りがしっとりしていたから
顧客Bとの対話:翌朝の仕上がりです。肌に触れてみてしっとりしているのが気に入りました
顧客Cとの対話:これ一本で保湿もUVケアもできること、それに尽きますね
この3人の対話データを見比べてみると、顧客AとBは「翌日のしっとりした肌触り」を評価しており、顧客Cは「保湿とUVケアの両方できること」を評価していることは一目瞭然です。
ただしこれが何百人、何千人の対話データになったらどうでしょうか? 一目瞭然というわけにはいきません。
自然言語である対話データは、一つ一つの情報は深いのですが、全体を把握して分析するうえでは取り扱いが困難なのです。
大量の対話データを分析するのは、人間にとっても難しいだけでなく、コンピュータにとっても困難です。コンピュータはテキストの情報をそのままでは理解することができないためです。こうした課題を解決する方法が「ベクトル化」技術です。
あらかじめ数学やAIになじみがないと、「ベクトル化」というキーワードが頭に入ってこないかもしれません。専門的な言葉ですから、無理もありません。
そこでまずは、「ベクトル化」の大前提となる知識である、「AIはどのように言語を認識して、適切な回答を生成しているか」からお話ししていきます。
最初に、人間がAIに「犬は何を食べますか?」と質問するとします。この質問は、コンピュータにとってはただの文字列です。そのままでは意味を理解できません。そこで、質問を「数値の列」に変換する作業が必要になります。この数値の列が「ベクトル」と呼ばれるるものです。
具体的には、質問を「犬」「食べる」と単語ごとに分解し、それぞれをベクトルに変換します。
次に、AIは「犬は何を食べますか?」の全体的な意味を理解するために、単語ごとのベクトルから、文全体を一つの文脈としてベクトルに変換します。
質問のベクトルが出来上がると、AIはそのベクトルをもとに答えを予測します。具体的には、膨大な過去の学習結果から、入力された質問に対して、次に続く確率の高い単語や記号を予測し、これを繰り返して文章をつくります。その結果、質問に対する答えが生成されます。
ベクトル化は、AIが「言葉の意味」を数値で表現するための基盤です。この仕組みのおかげで、質問に対する回答が正確で文脈に沿ったものになります。
この技術は、以前は専門的な知識や大規模な計算資源が必要で、主に研究者や大企業の専売特許のようなものでした。しかし、現在ではOpenAIをはじめとする企業がこの技術を一般向けに提供しており、誰でも簡単に活用できる時代になっています。
大量の対話データを分析するのは、人間にとっても難しいだけでなく、コンピュータにとっても困難です。「ベクトル化」することで、対話データをコンピュータが処理できるかたちに変換し、分析させることができるのです。
対話データをベクトル化することが、どのように顧客分析にとって有益か、別の例で表してみましょう。
例えば、「洋服の好み」を分析することは、アパレルのEC事業などで求められると思います。従来の方法であれば、Webサイトでクリックした洋服をカウントするなど、行動結果をもとに推察していました。
あるいは、アンケートなどを行うこともありました。その場合は「洋服の好み」を分解して、生地の色味、肌触り、形など大量の項目で質問を行います。さらに、例えば色味であれば「1:赤、2:青、3:白、4:……」など、一つ一つの質問に対して大量の選択肢を用意することで数値化し、結果をもとに傾向を分析していました。
これが対話データになると、大量のアンケートに答えることは不要です。日常的なAIとの対話の中から自然に好みを聞き出すだけでなく、複雑な回答であったとしても、ベクトル化により類似した回答グループをまとめるなどの分析も可能となります。
対話によってたまっていった対話データをベクトル化するとともに、他に自社が持っている顧客の購買データやWebの回遊データ、位置情報などとも掛け合わせることによって、顧客に対して新たな理解ができるようになっていきます。
そのイメージが、以下の図です。私たちはこれを「ベクトルデータマーケティング」と呼んでいます。
とにもかくにも、対話データをベクトル化する技術は、今や誰もが使えるようになりました。
「自社の知識だけで使うのはなかなか難しい……」という企業も、専門知識を持った外部企業と組むことで、対話データをベクトル化することができるようになります。
ベクトル化された対話データがたまっていくと、Aさんの趣味嗜好が分かるだけでなく、例えば「AさんとBさんの好みって似ているね」いったようなことも見えてくるようになります。
するとどうなるか。分かりやすくするために、話を広げてみましょう。
1万人のアパレルECの顧客のデータがあるとします。
これだけのデータがたまっていると、例えば「長く継続して自社の商品を購入してくれている優良顧客には、何か似た傾向があるぞ」といったことも見えてくるようになります。
アパレルECとして、端的な例を挙げれば、「滑らかな肌触りを好む人が多いな」とか、「体の大きな人が多いな」とか、「赤色が好きな人が多いな」といったようなことです。
これらの傾向がつかめてくると、「じゃあ、赤色が好きな人はウチの新しい顧客になりうるな」「体の大きな人に訴求すれば、ウチを気に入ってくれるんじゃないか」といったように、まだ出会っていない潜在顧客にアプローチするときに「どこを狙えばいいか」も見えてくるようになり、マーケティングの無駄が省けるのです。
これらの「傾向が似ている人の群れ」を、マーケティング用語では「トライブ」といいます。ここでは、「対話データのベクトル化により、たくさんの優良顧客の傾向がつかめると、マーケティングの効率化が図れる」ということを頭に入れておいてください。