「THE MODEL」は一日にして成らず 形だけマネするより先に中小企業がやるべきことは?中小企業にこそB2Bマーケティングを【後編】

オンラインとオフラインの各接点から得られた情報を顧客データベースに蓄積し、一元管理するのが、真のハイブリッドなマーケティングモデルへの第一歩。では、そのデータベースをどう構築し、活用すればいいのでしょうか。

» 2023年09月15日 06時00分 公開
[早川友樹Sansan]

 前編「B2Bマーケティングにおける『ハイブリッド施策』の意味を誤解していませんか?」では、これからのB2Bマーケティングに必要なのはオンラインとオフラインを横断するハイブリッドなモデルであり、それを実現するためには全ての接点のデータを集約し、一元管理するための顧客データベースが必要だとお伝えしました。

 しかし、中小企業ではいまだに顧客データを「Microsoft Excel」や「Google スプレッドシート」に手入力するなどアナログな管理をしていたり、そもそも個々の担当者が名刺を持ったままで顧客情報が社内で共有されていなかったりするケースが多いのが現実です。

B2Bマーケティングを始めたい中小企業の現実

 Sansanが900人のビジネスパーソンを対象に実施した「B2Bマーケティングに関する実態調査」の結果を見ても、顧客データベースの整備ができている企業は全体のわずか24.3%にすぎませんでした。中小企業だけに絞ってみればこの比率はさらに低くなるはずです。

顧客データベースの整備状況(出典:Sansan「B2Bマーケティングに関する実態調査」)

 顧客情報をデータベースで一元管理していないということは、営業担当者が訪問先で誰といつ会って何を話したか、誰にどんなメールを送ったか、主催したセミナーに誰が参加したか、担当した本人以外は誰も把握していない状態が放置されているということに他なりません。そこで、これからB2Bマーケティングを始めようとする企業はまず、名刺情報をはじめとする顧客情報を社内で共有し、リードの獲得から育成(ナーチャリング)、クロージングに至るまでの進捗を可視化することから着手しなければいけません。

 では、顧客データベースに求められる条件とは何でしょうか。先述の調査で「顧客データベースがどのような状態であることが望ましいか」をたずねたところ、第1位が「データの内容が正確」(35.7%)でした。以下、第2位が「全てのデータが一元管理できる」(35.1%)、第3位が「必要なデータを簡単に抽出できる」(32.9%)、第4位が「データが常に最新に更新されている」(32.8%)、第5位が「部署横断・全社で共有できる」(31.2%)という結果でした。

顧客データベースの望ましい状態

 手入力によるExcelファイルなどの寄せ集めで統一の取れた正確な顧客データベースを構築するのは、まず不可能です。そこでお薦めしたいのがツールの活用です。例えば当社の営業DXサービス「Sansan」を導入した場合、顧客情報は名刺のスキャンやメールの署名、問い合わせフォームなどによって半自動的に取り込まれ、データベース化されます。また、外部サービスとの連携により取り込まれたデータを当社独自の名寄せ技術で統合・整理してくれます。Sansanでは、さらに、そのデータにコンタクト履歴を記入したり、データを基にメール配信を行ったりすることも可能です。

「THE MODEL」の構築を目指すべきだが、順番を間違えてはいけない

 導入した顧客データベースを社内でしっかりと活用していくための組織作りも重要です。前編で述べたように、マーケティングの必要性は企業規模にかかわらず多くのB2B企業で認められるようになりつつあります。社内にマーケティング組織を立ち上げ、他部門と連携する仕組みを作りたい企業は多いでしょう。

 いわゆる「THE MODEL」型の組織作りは、一つの目指すべきゴールと言えます。マーケティング部門がリードを獲得し、インサイドセールス部門がそのリードをフォローして取れたアポイントを営業部門に託し、営業が受注した案件はカスタマーサクセス部門がフォローするというスタイルです。

 組織間連携を進め、マーケティング・営業の生産性を向上するためにはデジタルツールへの投資も欠かせません。商談の進捗をダッシュボードに入れて可視化しようとすればSFA/CRMシステムが必要になりますし、本格的にリードスコアリングを実践しようとすればMA(マーケティングオートメーション)も導入しなくてはいけません。

 ただし、順番を間違えてはいけません。B2Bマーケティングの立ち上げで一番やってはいけないのが、顧客データベースが整っていないのにいきなりSFAやMAを導入してしまうパターンです。SFA/CRMシステムを入れたはいいけれど、そこに入力するべき情報は一から手打ちというのでは、高確率で失敗します。そもそも大勢の営業担当者に入力を習慣化させるのは至難の業ですし、人力に頼る以上誤入力も不可避です。せっかくシステムがあっても、重複している情報や最新化されていない情報が蓄積されていっては役に立ちませんし、後からデータベースをきれいに整理するのは大変な労力を必要とすることになります。無理なく効率的にデータを蓄積できるような工夫が重要です。

 B2Bマーケティングを推進する組織作りはもちろん大事なことですが、まずは各部門が連携するための土台となる顧客データベースをしっかり整えましょう。その上で必要に応じて各種ツールへの投資を検討するといいと思います。

 中小企業であれば、顧客データベースが整っているだけでもできることはたくさんあります。以下で、顧客データベースを整えて成果を出している2つのB2B中小企業の事例を紹介します。

動き始めた中小企業の事例

 B2Bマーケティングを売り上げにつなげるためにはアプローチの量と質の両立が鍵となります。つまり、十分なリード数を確保し、適切なターゲットに適切なコンテンツを届けることが重要だということです。

 産業機器向けコネクタ、ケーブル類の製造、販売を手がけるレモジャパン(2020年2月時点の従業員数は61人)は、顧客情報が属人的に管理されており、それぞれが持つ人脈を共有することができず、受動的な営業活動になっている課題がありました。そこで、顧客情報をSansan上で一元化し、社内の人脈を可視化。その結果、顧客セグメント別のマーケティングや能動的な営業活動ができるようになり、働き方が変わったということです。適切なターゲットを選定して適切なアプローチを行うという「質の向上」を実現した事例と言えます。

 これに対し、「量の向上」で成果を出したのが、住宅建材の開発から製造、販売までを手がける城東テクノ(2021年3月31日時点での従業員数は427人)です。全国に営業所を持つ同社は、もともと顧客情報を営業担当者が個人で管理していましたが、Sansanを使って全社で顧客情報を集約してデータベース化したことによって、異なる営業所が持つ人脈も頼れるようになりました。顧客データベースは3万件から13万件に増加。これを基にデータベースからターゲットをセグメントして、メールマガジン、個別営業メール、ウェビナー集客に活用しています。

 複数拠点を持つ会社が顧客データベースを一元化することにはそれ自体メリットがあります。大阪支店で新規にアタックしたい企業の当たり先が分からなくて困っていたのに、実は東京では付き合いがあったというようなケースはよくあるものです。まさにSansanのテレビCMでやっている「それ、早く言ってよ〜」の世界です。

 さらに、顧客データベースを作って終わりではなく、可視化された人脈に対して積極的にアクションを起こすことが重要です。特に中小企業に不足しているのが、このナーチャリングの部分です。展示会やセミナー、問い合わせなどで獲得したリードの多くが、一度電話して「今じゃない」と言われたらお蔵入りになってしまいがちです。しかし、もともと自社に何らかの興味を持ってもらえたからこそ名刺交換やセミナー参加、資料請求をしてもらったわけですから、商談化に至らなかったリードを放置するのはあまりにももったいないことです。机の中で名刺を眠らせてしてしまうのではなく、メール配信やオウンドメディアなどによって接点を持ち続け、タイミングが整ったときにいち早く話ができるように、関係を維持し続けることが大切です。

中小企業だからこそ素早く、大きく変われる

 人口の減少によって将来的な需要の先細りが予測され、さらにはデジタル化が進み競争環境も変化する中で、中小企業にも従来のやり方に変革が求められています。先述の調査で「B2B事業でもマーケティングは重要」と答えた818人に理由をたずねたところ、「売上目標・予算の達成」(40.6%)、「商圏を広げる」(34.4%)、「プッシュ型の営業活動だけでは限界がある」(31.1%)など、生き残りをかけた市場開拓に意欲を見せる企業が少なくありません。

B2Bマーケティングが必要な理由

 しかし、問題意識があっても、それが経営層から現場の一人一人まで腹落ちしていなければ、組織作りはもとよりツールの導入一つとってもうまくいきません。顧客データベースを作って社内の人脈を可視化することに「自分のお客さまに手を出してほしくない」と拒絶反応を示す営業担当者もいるでしょう。そうした場合に、「バッティングを避けたいのであれば、なおさら社内で情報をオープンにしてほしい」と、きちんとポジティブな話ができる必要があります。

 これはボトムアップではなかなか難しいと思います。やはり経営層かそれに準ずる強いリーダーシップが必要不可欠です。当社のユーザーである中小企業では、営業部員がSansanに記入したコンタクトを社長が全てチェックしているようなケースがあります。それぐらいの取り組みを社内で習慣化する意気込みがあった方がいいでしょう。

 中小企業が大企業のようなマーケティングをするのは無理だと思われがちですが、トップが本気になれば全体に浸透するのは大企業よりも早いと思います。変化を恐れず強い意志を持って一歩を踏み出せば、むしろ中小企業の方が素早く、大きく変われるチャンスがあると私は思います。

寄稿者紹介

早川友樹

早川友樹さん

はやかわ・ゆうき Sansanビジネス統括本部SMB営業部部長。大学卒業後、大手専門商社に入社。生産財部門にて営業を担当。その後、B2Bデータベースサイトを運営する事業会社に入社し、営業を7年担当。営業部長、海外事業部長、人材採用部長などに従事し、事業の成長に大きく貢献。前職のフリマアプリを運営する事業会社にて営業マネージャーを経て、2020年にSansanに入社。現在に至る


構成:三ツ井香菜

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