――DXを全社の取り組みとするため、社内外のステークホルダーをつなぐことも求められそうです。社内に限って言えば、部門間のコラボレーションは必須になるでしょう。マーケティング部門が営業部門やIT部門と不仲というのはよく聞く話ですが、ユーザーの存在を無視した部門間対立は不毛でしかなさそうですね。
峯 その通りです。しかし、実際には現場のプロ意識が高ければ高いほど確執が生まれやすい。「俺の仕事はここまで」と壁を作ってしまいがちです。「皆でやろう」と旗を振ってくれる人がいないとなかなか難しいですね。
江端 コミュニケーションだけならマーケターだけで完結しますが、製品化や新機能が絡むのであれば企画・開発部門との連携が必要になるし、その時々で要員は変わります。ただし、Processをデジタルに置き換えるという場合には、専任の役割が必要です。米国の企業にはCDOのポストがあり人材も増えてきていますが、日本ではまだそれができる人が本当に少ない。経営とマーケティングとITの3つの視点を組み合わせて取り組むことはDX成功の鍵となります。
――DXに取り組む経営者や現場の担当者に向けてアドバイスはありますか。
江端 経営者にはDXのチームを作ってほしいですね。マーケティング、技術、ビジネス、製品開発を含め社内のリソースをフルに使える組織を使って、実験に使える予算を渡す。そして遠い未来ではなく近未来のあるべき姿に向けてやっていくことが大事です。実現性から大きく離れてしまってはやる意味がないですから。
現場の人には、組織の壁を取り払って「マーケティング視点」に向き合ってほしいと思います。一方でマーケターは世の中の需要と市場をきちんと捉え、専門的な知見で案件に取り組むべきです。自社が提供するものの価値を発見し定義するのは、マーケターが得意な領域です。
ユーザーの立場で仮説を立てて、それをきちんと調査で裏付けし、社内に落とし込むというのは当然のことですが、問題解決方法がコミュニケーションによるべきか製品・サービスによるべきか深く考える力も必要ですね。この点、仮説検証のPDCAサイクルが体に染み付いているマーケターは、DX推進企業にとって有用な人材になり得ると思うのです。
――最後に書籍の話に戻ります。『マーケティング視点のDX』は誰に読んでほしいですか。
江端 効果を出すという意味では、誰よりもまず経営者に読んで理解してもらいたいです。また、時間軸は違ってくるでしょうけれど現場のマーケターの頑張りによっても会社は変われると思いますので、DXに関わる人全員に読んでほしい。あとは新設されるデジタル庁の方にも是非(笑)
峯 エンジニアにもお薦めしたい本です。エンジニアの中にはユーザーの前に出たがらない人も多いと思いますが、マーケティング視点を持ってユーザーを理解することは重要です。ユーザーはエンジニアが気付かないことをたくさん教えてくれます。マーケティング視点とデジタルでの解決力を持つエンジニアになれたら最強じゃないですか。
――同じ理由で製品企画担当者にも必読と言えそうですね。
峯 そう思います。モノを作る上で、ユーザーが何を体験したいか知ることは重要ですから。
――マーケティング視点を鍛えるために、何か有効なトレーニングのようなものはあるのでしょうか。
江端 世の中の流行をきちんと見るということですね。例えば今なら「鬼滅の刃」が大ヒットしているわけですが、なぜ流行っているのか、そしてなぜ今なのかということを分析してみるのです。今、コロナ禍で自由が制限され、不幸な思いをしている人が大勢います。家族を殺され妹を鬼にされた不幸な主人公、鬼にされ箱に閉じ込められた不幸な妹に、読者・視聴者は自分のつらい境遇を重ね合わせているのかもしれない――。それが正しいかどうかはともかく、まず仮説を立てて考える習慣をつけるのです。
ただ流行を消費するのではなくて、流行の底流にあるものが何かを見る。皆が困っていることを意識することで作るべきものが明確になり、皆に受け入れられるコミュニケーションの提案ができるようになります。
(聞き手はITmedia マーケティング編集部 織茂洋介)
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