Salesforceが進めるAI(人工知能)研究はどのようなものか。同社チーフサイエンティストのリチャード・ソーチャー氏が語った。
AI(人工知能)研究のエキスパートとしてかつてスタンフォード大学で教壇に立ち、現在はSalesforceのチーフサイエンティストとして同社の研究開発をリードするのがリチャード・ソーチャー氏だ。
本稿では2019年9月25日に行われた「Salesforce World Tour Tokyo 2019」における同氏の講演から、SalesforceのAI研究における最近の知見を、主に基礎研究と応用研究の部分にフォーカスして紹介する。
AIは医療分野における画像診断や自動運転車の実証実験、農業の効率化など、あらゆる産業の変革をけん引する力を持つ。
のみならず、私たちの身近な場面にもAIは深く浸透している。オフィスで働く人がメールを書くときに返信例の定型文をサジェストしてもらったり、ECサイトで買い物をしている人がその人だけのお薦め商品の情報を得たりするのは今や少しも珍しいことではない。
このような仕組みを自社で一から作り上げ、自社の顧客のために提供することができるのは、一部の大企業に限られる。そこでソーチャー氏が率いるSalesforceの研究開発部門は、中小企業を含むあらゆる規模の企業がAIの恩恵を得られるようにするため、CRMに特化したAIプラットフォーム「Salesforce Einstein」の開発を進めている。
ソーチャー氏のチームは基礎研究、応用研究、新製品の開発、AIプラットフォームの4つに注力している。一般に基礎研究は応用研究の基盤となる新しい技術の開発、応用研究は特定の問題解決に絞った開発を目指すという違いがある。Salesforceの場合も同じで、特に応用研究の成果は、今後数カ月でリリースされる新機能への実装を目指している。
まず、基礎研究の内容から見てみよう。ソーチャー氏は画像認識、音声認識、自然言語処理の研究内容を紹介した。
画像認識はパワフルであり、さまざまな領域で取り入れられている。保険会社が事故を起こした自動車の写真から損害の大きさや補償金額について瞬時かつ正確に算定したり、消費財メーカーが小売店舗の棚の状況を把握したりするなど、Salesforceのさまざまな製品でも既に画像認識が取り入れられている。
Salesforceが音声認識に取り組む理由は、業界あるいは企業に固有の専門用語や業務によって異なる音声品質に対応する必要があると考えるからだ。また、音声であってもユーザーデータは慎重な取り扱いが求められる。信頼できる環境で業務プロセスを向上させるためだけに使える技術をSalesforceが提供しようというのだ。
ソーチャー氏が「最もエキサイティングな領域」と語るのが自然言語処理だ。自然言語処理といえば機械翻訳やソーシャルメディアのセンチメント分析が身近なところだが、この他にもさまざまなサブカテゴリーがある。2018年6月、Salesforceは機械翻訳なら機械翻訳、センチメント分析ならセンチメント分析といった個別のタスクに最適化されたモデルではなく、汎用的な一つのモデルでさまざまなタスクを処理できる「decaNLPモデル」を公開した。
「deca」とは「10の」という意味だ。このモデルは、以下の10のタスクを処理する。
decaNLPの10個のタスクは全て質問応答方式で構成され、単一の汎用的なモデルとしてトレーニングできる。このモデルをさらに発展させたものが、2019年9月に公開された「CTRL(Conditional Transformer Language)言語モデル」だ。
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