30年にわたりIT系B2B企業のマーケティング支援に携わってきたエキスパートが、マーケティング中心の経営を実践するB2B企業を訪ね、そのチャレンジについて聞く。
ノーリツ鋼機の社内ベンチャーとして2009年に設立されたNKアグリは、いま農業界やベンチャー界で最も注目されているスタートアップの1社だ。同社では、リコピン豊富で甘みの強い人参「こいくれない」や、苦味が少なくて葉が柔らかく食べやすいレタス「アメ玉レタス」など、ユニークな野菜を出荷し続けている。
実はNKアグリの社内では「マーケティング」や「マーケター」という用語はほとんど使われていないという。その理由は何か。NKアグリ 代表取締役社長 三原洋一氏に聞いた。
写真現像機の開発・製造を営むノーリツ鋼機の社内ベンチャーとして設立されたNKアグリ。その設立経緯について、三原氏は「デジタルカメラ全盛になり、事業転換を迫られる中、『これまでの事業の延長線上で考えるのではなく、社会が必要とする分野から逆算して事業を考えよう』ということで、食・環境・医療の3テーマが立ち上がりました。その1つである食分野の社内ベンチャーとしてスタートを切ったのです」と説明する。
もともとはノーリツ鋼機でLED照明の新規事業立ち上げに参画した三原氏だが、アウトドアが好きで農業にも関心があったため、「面白そう」と社内公募に応募し、農場を視察するようになったという。
植物工場が軌道に乗るまで、3年の月日がかかった。最初は軌道に乗ったらすぐに引き継ぐ予定だったが、いつまでたっても軌道に乗らない。2012年には、自身がノーリツ鋼機の前代表からNKアグリを引き継ぎ、本腰を入れて展開することになった。
公募で集まった、三原氏を含む7人の社員は誰も農業経験がなかった。
植物工場を始めてしばらくしたころ、バイヤーから作物を市場に出すことを勧められた。喜び勇んで袋詰めをしたが、あえなく出荷停止になった。その理由は、作物を入れる袋が大き過ぎたからだ。購入者は、鮮度感や重量感などを自分の目で見て判断する。袋がスカスカだと選んでもらえないということを学んだ。
紆余(うよ)曲折はあったものの、「素人だったからこそ、従来の農業にない発想の転換ができ、結果的に新しいことに挑戦できた」と三原氏は強調する。
同社は野菜の価値を再定義し、「工場産」のメリットについても考え直した。植物工場の野菜といえば、無農薬と安定供給が特徴だが、三原氏は「それ以外の価値を新たに定義し、その分野でオンリーワンを目指そう」と考えたのだ。その結果生まれたのが、食感にこだわったレタス「AQUA LEAF」だった。工場産野菜の新たな価値として「味と機能」を打ち出したこのレタスは、通常のレタスの4分の1の重量ながら価格は2倍。「単純計算すれば、通常品の8倍の価値がある作物を作っていることになる」(三原氏)。
これまでの農業の慣習や業界で定められた規格からいえば、常識外れである。にもかかわらず同社の野菜には大勢の購入者がいる。
常識にとらわれず市場が求めているものを作るのは、まさにマーケティング発想だが、先述したようにNKアグリではマーケティングという言葉は使わないし「マーケター」という決まった職種もない。その理由について、三原氏は「マーケティングやその考え方は、“べき論”に寄り過ぎてしまう感じがするから」と説明する。
「マーケティングとは、まずターゲティングだと思います。つまり、誰の方向を向いて事業をするかということですが、当社の場合、購入者はもちろんのこと、種屋さんや提携している生産者など、いろいろな方と事業を進めているので、購入者も生産者も、関わる方全てがマーケティング対象になります」(三原氏)
苦労しながら新たな作物を作り、市場に価値を認められて事業が存続している。結果的にそれが実現できているのならば、マーケティングという概念にこだわる必要はないというわけだ。
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