新規獲得は長らくマーケティングの最優先事項とされてきました。しかし、市場環境は変化しています。CMOは今こそ考え方をアップデートさせる必要があります。
コロナ禍を背景に、モバイルアプリやWebサイトなどのデジタルプロダクトの利用が急増しました。日本ではこの機に企業がデジタルトランスフォーメーションの推進を迫られたこともあり、デジタルプロダクトの品質や体験への期待値が一層高まりました。
しかし、コロナ禍が収束してリアル回帰が進み、グローバルではインフレに伴う経済の不確実性が増したこともあって、デジタルプロダクトの需要は落ち着きを見せました。プロダクトを提供する側の視点からすれば、新規顧客が伸びづらくなった一方で既存顧客からの収益がリスクにさらされるようになったとも言えます。
こうした中でも成長をけん引するため、マーケターである私たちは、考え方をアップデートさせる必要があります。
以前、LinkedInのネットワーク上でマーケティングリーダーの優先事項とは何かを問うアンケート(外部リンク/英語)を実施した際、「アクイジション:新規顧客の獲得」と回答した人は49%と、約半数を占めました。「マネタイズ:収益化」が30%、「リテンション:既存顧客の維持」が21%だったことから、多くのマーケターが新規ユーザーの獲得を最優先事項の一つとして捉えていることが分かります。
このように、アクイジションは長らくマーケティングで中心的なテーマとされてきました。新規顧客を獲得し続けることが、長期的な利益と成長につながると信じられてきたのです。
しかし、新規獲得はずっと右肩上がりでいられるとは限りません。また、顧客の購買行動も変化しています。豊富な選択肢がある中で、オンラインユーザーは簡単にプロダクトを乗り換えることができるのです。
故に、純収益を算出する上で、既存顧客からの収益を維持することは重要な要素となっています。これはすなわち、企業がアクイジションファーストからリテンションファーストへ、戦略の転換を検討する必要性があることを意味しています。
リテンションは歴史的にプロダクトチームの指標と見なされており、マーケターは新規顧客を獲得した後のことには関心が高くありませんでした。しかし、いまやマーケティングファネルの先にあるプロダクト内の体験は、CMOとマーケティングチームにとっても無視できないものになっています。
マーケティングチームはこれまで、セールスチームと密接に連携してきました。しかし、デジタルプロダクトの台頭に伴い、状況は変化しています。
デモやトライアル、基本無料サービスを通じ、可能な限り早期の段階で見込み客とプロダクトを結びつけることが、既に多くの企業の間で重要視されています。こうしたPLG(プロダクトレッドグロース)の展開により、マーケティングチームとプロダクトチームは、リテンションファースト戦略の成功に求められる要件として、より緊密に連携する必要があります。
しかし、現実的には多くの企業ではチームごとに役割がサイロ化してしまっています。マーケティングチームとプロダクトチームのサイロ化は一刻も早く解消すべきです。
私が前職であるSAP Aribaに入社したとき、マーケティングチームとプロダクトチームは分断されていました。しかしながら、同社は2カ月後のイベントで12のプロダクトイノベーションの発表・発売を計画していました。このプロジェクトを成功させるには目標と成果を連動させて、両チームが垣根を越えて密接に連携する必要があると確信しました。
サイロ化を解消して成功のための共通の基盤を確立するには、ポジティブな意思と努力が必要です。そこで私はプロダクトチームのオフィスに移動し、ともに課題解決に向けて連携することを促しました。
複数の部門で議論を進めるためには、共通の言語が必要になります。つまり、チームを超えて共有できる適切なデータセットです。これまで多くの場合、主要なマーケティング指標はアクイジションを対象としていました。そして、大半のマーケティング分析ツールは、最初のサインアップ以降に統合型のインサイトを提供できません。その一方で、プロダクトチームは、アクティベーションとエンゲージメントに重点を置いているものの、必ずしもマーケティングキャンペーンに基づいて自社の業務の順序を決定し、業務をシームレスに連携させているわけではありませんでした。
リテンションには、最初のサインアップから更新までのカスタマージャーニー全体に対して、共通の指標と可視性が不可欠です。両チームは「リピート購入を活性化するには?」「エンゲージメントの向上につながるユーザージャーニーは?」などのLTV(顧客生涯価値)に関連する疑問に回答する責任を共同で負っています。こうした疑問に答えるためには、顧客の再訪問や再購入を最も促すと考えられる機能や体験を示す、ユーザー行動に関するデータを共有・活用する必要があります。
顧客は価値を期待していることを忘れてはいけません。無価値のサービスは切り捨てられます。彼らは、必要なものを必要なときに提供してくれる、パーソナライズされた体験を求めています。プロダクトチームとマーケティングチームは、適切なユーザー行動に関するデータを活用することで、顧客がやって来たその瞬間に、全てのタッチポイントでこうした体験を創造できます。
従来型のマーケティングファネルは認知に始まり、その後に正式な発見、検討、意図、評価、購入へと進みます。マーケターの目的は各段階を通じ、顧客の関心を高めることです。見込み客を顧客へと変えるパイプラインの推進こそがマーケターの仕事とされてきたので、リテンションは「販売後」の業務として隅に追いやられてしまっていたのです。これまでのマーケティングチームにとってリテンションは優先項目ではなく、複数のチームで統合されることもありませんでした(先ほどの21%という数字を思い出してください)。
しかし、逆方向から眺めた場合、このファネルは全体的な収益を改善すると同時に予算を最適化する戦略を立てる上での強力な情報源となります。マーケティングチームは顧客行動の推進要因を把握しているため、プロダクトやセールスチームを通じて直接、キャンペーンのアップセルとクロスセルを実行できます。インサイトを活用し、パーソナライズに基づく正確なキャンペーンの活性化に役立てることで、結果的にアクイジションにもつながるのです。
現在の顧客基盤に訴求するには、魅力的なログイン(プロダクト内)体験のみならず、補完的なログアウト(プロダクト外)体験を創造するための取り組みが必要です。ログイン体験とログアウト体験は連動する必要があります。顧客に届く外部のメール、ソーシャルメディア、広告は、プロダクト内のジャーニーと同様にパーソナライズが必要です。音楽配信サービスのSpotifyは過去の聴取傾向に基づき、アプリ内でユーザーに合わせたレコメンデーションを提供しますが、それだけでなく、ユーザーのお気に入りバンドのツアー開始やニューアルバムのリリースに際し、アラートを提供します。デジタルプロダクトが目指すべきは、こうした高水準の体験の提供であり、マーケティング部門には、プロダクト内外の体験で、より大きな役割が求められます。
リテンション戦略で成功実績のある企業といえば、Canva、Zoom、Dropboxなど、デジタルファーストの時代に誕生した企業が真っ先に挙げられます。PLGを採用したこれらの企業の目覚ましい成果は、今さら説明するまでもないでしょう。
一方、成長を促進する新たな手段を見出しているのは、こうしたデジタルネイティブ企業だけではありません。今後数年間で、従来型の企業もリテンションを優先するようになると予想されます。こうした変化は始まったばかりですが、現在まさに進行中のトレンドなのです。
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