導入や初期設計の難しさから挫折してしまう企業も少なくないMAツールを中小企業に使いこなすことができるのか。MAツール提供ベンダー4社が集結し、議論した。
マーケティングオートメーション(以下、MA)ツールとは、マーケティングメールの開封率やWebサイトへの訪問、資料ダウンロードなどの行動データを活用して見込み客の検討度を分析し、それに基づいたアプローチを自動化するためのソフトウェアだ。
MAツールは企業のマーケティング活動を効率化し、商談の獲得を最大化するための強力な武器となる。一方で、これを大企業向けのツールとみなし、中小企業では使いどころがないと先入観を持つ人もいるかもしれない。
実際にMAツールを提供する側はどう考えているのか。クラウドサーカスが2024年9月25日に開催したオンラインイベント「中小企業DX道場 BtoBマーケティング基礎と成功事例」において、国内のMAツール提供ベンダー4社の専門家が本音を語った。
MAツールは「温度計」に例えられる。製品やサービスに対する見込み客の検討度、すなわち熱量を測定するものという意味だ。見込み客の熱量を測ることで、購買意欲の高い見込み客に絞ったアプローチが可能になる点がMAツールの価値と言える。
また、熱を測るだけでなく、熱を上げることもMAツールの重要な機能だ。B2Bの購買においては、検討が長期化することが多く、初回提案だけでは受注に至らないことも多い。継続的なフォローを怠れば、いずれ見込み客を競合に奪われる可能性がある。故に、製品・サービスへの検討度合を高めるナーチャリング(育成)のプロセスが欠かせない。そこで有効になるのが、MAツールということになる。
今回のイベントに登壇した4社は、それぞれ独自の強みを備えたMAツールを提供している。
「List Finder」を提供するInnovation X Solutionsの村田充氏(マーケティングテクノロジーユニット マーケティンググループ マネージャー)はMAツールを、継続的なコミュニケーションを通じて「隠れ検討者」を発見し、商談につなげるためのものと捉えている。Innovation X Solutionsは、MAツールで見つけたリードに対して資料の閲覧タイミングを基にアポイント獲得やフォローの適切なタイミングを見極めるセールスイネーブルメントツール「Salesdoc」も提供しており、これらを使って商談獲得の効率化を支援している。
「Kairos3 Marketing」を提供するカイロスマーケティングの盛満陽介氏(アカウントチーム コンサルタント)は、「営業とマーケティングの部門間の溝を埋めるためにMAツールと同時に営業管理(SFA)ツールも必要」と語る。この考え方に基づきカイロスマーケティングは「Kairos3」のブランドの下でMAに加えSFAツールの「Kairos Sales」も提供している。
イベントの主催社でありMAツール「BowNow」を提供するクラウドサーカスの水谷信晴氏(MA事業部 マネージャー)は、MAとコンテンツの関係を車とガソリンになぞらえて「車があってもガソリンがなければ動かない。集客からスタートして見込み客を作り、検討を促進して商談を生んでいく中で、それぞれに対して必要なコンテンツが出てくる」と、ツール以上にコンテンツの重要性を主張する。クラウドサーカスはもともとWeb制作やSEOなどを長く手掛けてきた会社であり、その強みを生かしてツールの提供だけではなく、運用やコンテンツも含めて提案することが多いという。
マツリカの唐津拓己氏(Field Sales Division Sales Evangelist)は、自社のMAツール「Mazrica Marketing」の特徴を「誰でも使えて、誰でも成果を出せること」と説明した。直感的な操作性と成果を直結させるために必要な機能をオールインワンで提供することで、営業の状況を捉えて緻密なペルソナ設定をするなど、施策の循環を支えることにつながるというのだ。
どんなに優れたツールであれ、導入さえすれば成果が出るというものではない。MAツールを導入したはいいが自社のマーケティングや営業スタイルに合わずに使いこなせないということはよくあるものだ。
まず「短期視点で考えている会社には合わない」と明言したのが盛満氏だ。MAは「見込み客の管理をするツール」「顧客の育成をするツール」である。見込み客ということはまだ顧客ではないし、育成をするということはまだ育ちきってないということを意味する。MAを使って「来月までに受注を増やす」「商談を一気に増やす」といった短期的な成果を期待するのは、そもそもMAの本来の目的にそぐわない。
逆に言えばMAツールが合う会社の条件は水谷氏が挙げたように「検討期間が長い製品・サービスを提供している」ということになる。盛満氏も同じ趣旨で「1年後、2年後、3年後に今より売り上げを何パーセント上げたい、そのための仕込み、関係性を今から作るっていう考え方で使っていただくといいツールかなと思っています」と語った。
唐津氏が挙げた基準は「追客の必要の有無」だ。例えば店舗や訪問販売で直接会って買ってもらう商材などはその場でビジネスが完結してしまうので、MAを使って追客する必要がないかもしれない。水谷氏も「接点を持ち続けることでお客さまの検討レベルが上がるタイミングが来ないもの、一度導入したらリプレースすることがない製品はMAツールには合わないなっていう印象があります」と語る。
一方で、すぐに受注できなくても継続的に追っていくことで検討度合いが高まる製品であれば、当然顧客と接点を維持し、追う必要がある。そして、中小企業には営業リソースが不足しがちという事情もある。「人の手ではできないからシステムが補う。少数精鋭でやっている中小企業こそMAが必要だと考えています」と唐津氏は述べた。
中小企業の視点でいうと、そもそも管理が必要な見込み客がどれだけいるのかというところに立ち返って考える必要がある。村田氏は、見込み客が500件の場合のシミュレーションを紹介した。メール開封率は40%、開封されたメールからのCTRは30%という想定だとWebサイトに訪れる人はたった60人ということになる。この60人の中で、事例ページ閲覧で1点、価格ページ閲覧で1点、Webサイト滞在時間10分間で1点、合計3点でアポイント打診というシナリオを設定しても、恐らくほとんど商談には結び付かない。「むしろ、この会社はMAツールを使うより、500件の見込み客に営業がアプローチをする方がいい。ちゃんとやっていきたいんだったら、MAは後にして、まずはメールを送れる先を作りましょうってご提案をさせていただきます」(村田氏)
商材やWebサイトの流入状況などにもよるが、MAが機能するために必要な見込み客の数として村田氏と水谷氏は「800〜1000件以上が目安」とした。「顧客リストがある程度以上の規模になると、マンパワーによる個別対応が難しくなる。これ以上の規模であれば、MAツールが効果を発揮すると思います」(水谷氏)
MAツールの導入が効果的と考えられる企業の条件をまとめると以下のようなものになる。
一方、以下のような企業では、MAツールの導入は慎重に検討すべきだろう。
MAは導入した後で運用が回らず挫折しがちなツールの一つであり、そのことは提供している側である4社も実感している。中小企業が挫折を回避し、きちんと成果を出すために重要なこととは何か。
村田氏はMAツールの提供価値として、自社のキャッチコピーにも掲げた「最短で商談につなげる」を特に重視しており、この価値をマーケティング部門だけでなく営業部門にも理解してもらう必要があるとして「営業部門との協働」の重要性を強調する。「MAツールで見込み客を見つけ出し、そのリードを営業部門に渡したら営業が確実にアプローチするという約束を営業部門と交わせるかどうかが大事なポイントだ思います」(村田氏)
その約束を確かなものにするため、ベンダーとしてMAツールの商談に臨む際は、先方のマーケティング部門だけでなく営業部門の上層部に同席してもらうこともあるという。
唐津氏は「MA立ち上げ段階で十分なリソースを確保することが重要」と指摘する。中小企業の多くは営業リソースが不足している中で見込み客を追いかけていかなくてはならない。MAは忙しい営業担当者に変わってその役割を担ってくれるのだから、徹底的に活用する必要がある。「MAの立ち上げ時に中途半端な考え方で臨んでもらうともったいないので、まずは立ち上げにパワーを割いて、MAにしっかりと働いてもらえるようにしなくてはいけません。そこはわれわれも支援しますし、それぞれのお客さまでも重要な考え方になってくると思います」(唐津氏)
水谷氏はMA活用の成否を分けるポイントとして「タテヨコ奥行きの共通認識が取れているか」を上げる。タテとは、経営層につながるラインであり、ヨコとは営業部門やインサイドセールス部門など、マーケティング部門以外の部門を指す。奥行きとは、実際に施策を行う期間やどれぐらい使っていくかというイメージだ。決済をするタテのラインと連携が取れていなければ、そもそも施策を継続できないし、ヨコのラインが施策を理解していなければ、いくら見込み客を増やしても無駄になってしまう。かける工数や時間、コストに見合う成果について、社内全体できちんと理解できなければ、成果は出ないということだ。
盛満氏は「覚悟」が重要だと述べた。逆になぜユーザーは解約するのかという理由を突き詰めた結果、この一語に行き着いたという。
MAを導入したものの担当者の異動や退職で使われなくなったとか、何となく片手間でやっていたが成果につながらなかったという話はよくある。「担当者がいなくなって放置されるということは、MA活用は組織としての優先度が低いということ。ぶっちゃけ、MAなんて後ろ指を指そうと思えばいくらでもさせる。今月それが受注にいくつつながったのって意地悪な言い方で間単に叩き潰されてしまいます。そうならないように、マーケティング部門と営業部門が協力してMAで成果出そうという合意形成が大事だと思っています」(盛満氏)
その合意形成に基づく取り組みは、ここで議論されてきた通り、長期間にわたる。それを踏まえると、結局のところMAツール活用がうまく回るためには強い覚悟が求められるというわけだ。
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