ボストン コンサルティング平井陽一朗氏が語る 日本企業のイノベーションを阻む「5つの壁」事業開発のエキスパートが語る

企業の変革を阻む5つの壁とそれを乗り越える鍵はどこにあるのか。オンラインマーケットプレイスプラットフォームを提供するMiraklが日本で初開催した自社イベント「Platform Pioneer」で、ボストン コンサルティング グループの平井陽一朗氏が語った。

» 2024年12月06日 07時00分 公開
[下玉利尚明ITmedia]

 日本経済はバブル崩壊の1990年代以降、低成長と物価低迷が続き、「失われた30年」とも言われる停滞期を迎えた。その間、日本企業はデジタル分野での競争に遅れを取り、現在も多くの企業がデジタル技術を活用した変革の必要性を感じながら、その一歩を踏み出せずにいる。

 「日本におけるイノベーションの鍵となるのは大企業が作るプラットフォーム」と主張するのが、事業開発のエキスパートとして知られるボストン コンサルティング グループの平井陽一朗氏だ。

 2024年11月13日にMiraklが主催したイベント「Platform Pioneer」(関連記事:「ニトリやサツドラも導入 自社ECで『Amazonのようなビジネス』を実現するサービスの魅力」)に登壇した平井氏によるキーノートスピーチ「萌芽しつつある? 日本大企業のイノベーション」のハイライトを紹介する。

ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター & シニア・パートナー兼BCG X 北東アジア地区リーダーの平井陽一朗氏

CEO報酬は米国の7分の1 「5つの壁」の乗り越え方は?

 冒頭、平井氏は、日本の大企業のイノベーションを阻害する要因として、以下の「5つの壁」を示した。

  • 大企業の変革を阻む5つの壁
    • トップ層の頻繁な人事異動と縦割り組織
    • 意思決定層のデジタルリテラシーの低さ
    • 四半期決算開示に起因する近視眼的な経営
    • 日本型CEOの低報酬、長期インセンティブ比率の低さ
    • 引退を視野に入れた経営層の「逃げ切り」思考

 日本の大企業では社長の平均在職期間が平均4年未満だ。米国は約8年なので大きな差がある。企業におけるデジタル化の取り組みには時間がかかるが、トップが頻繁に交代する日本の大企業では長期的視点に基づく継続的な取り組みの実践がそもそも難しい。

 デジタル技術への理解不足も深刻だ。新しいことを行おうにも、経営層がそのインパクトを理解できないのでは変革を進めようがない。

 長期的な投資や戦略の立案・実施が後回しにされがちな原因の一つが、四半期ごとの業績にとらわれてしまうことだ。実は今から20年以上前、日本のICT(情報通信技術)の総投資額は約20兆円で推移しており、米国とあまり変わらなかった。それが現在は4倍ほどに差が開いてしまっている。

 長期的視点の欠落と密接に関わると考えられるのが経営層の報酬だ。米国のCEOの報酬水準が約20億円なのに対し、日本のCEOの報酬水準は約3億円と著しく低い。金額の多寡以上に問題なのは、長期的な成果に連動するインセンティブが少ないことだ。米国ではCEOの報酬の70%が長期的インセンティブとひも付いているが、日本では30%程度だ。メリットがない挑戦に積極的になれないのは当然と言えば当然だ。

 年功序列人事の結果でもあるが、経営層が高齢だと消極的な姿勢になりがちという問題もある。「引退まで逃げ切れれば」と変革を先送りし、自らの在任中のリスクを最小限にとどめようとするからだ。

 平井氏は「取り組みを始めたトップが最後まで責任を取らなくて、どうやってデジタル化をやり遂げることができるのか。そこを企業はきちんと考えなくてはならない」と述べた。

大企業が作るプラットフォームがイノベーション推進の原動力に

 立ちはだかる壁は高い。それでも平井氏は悲観しているわけではなく、「この2、3年で日本の大企業が変わってきていることを肌で感じている」と、変革への兆しが確実に見えていることを語った。

 大手企業とスタートアップをマッチングして革新的な新事業を創出することを目的にしたイベントであるイノベーションリーダーズサミット実行委員会が選ぶ「イノベーティブ大企業ランキング2024」には、KDDIやソニー、トヨタなど名だたる大企業が名を連ねる。

 その背景にあるのが、生成AIの飛躍的な進化だ。平井氏は「これまで新規事業創出と言いながら、なかなか実のある取り組みをできていなかった大企業が、生成AIには本気で取り組んでいる。既に戦略・企画のフェーズは完全に終わった段階で、昨年末ぐらいから実装に移っている。来年は実サービスとして目にするものが増えるはず」と語った。

 平井氏は「シュンペーターのイノベーション5類型」を引用し、日本企業が現在、多様なイノベーションに挑んでいると述べた。

  • シュンペーターのイノベーション5類型
    • プロダクトイノベーション:新しい製品やサービスの開発
    • プロセスイノベーション:製造や業務プロセスにおける新たな手法
    • ビジネスモデルイノベーション:新しい市場や顧客を創出するビジネスモデルの革新
    • サプライチェーンイノベーション:サプライチェーンの効率化や改善
    • 組織イノベーション:組織運営における新たな手法や構造、仕組みの導入

 生成AIの登場がこれらのイノベーションへの取り組みのハードルを下げたのは間違いない。平井氏によれば、日本の大企業では生成AIによって特にプロセスイノベーションとビジネスモデルイノベーションを加速しているという。

 日本におけるイノベーションの在り方を考えるヒントとして、平井氏はいくつかの事例を紹介した。Indeed買収でセルフディスラプションをやり遂げたリクルート、トップ層のリーダーシップと継続性でスタートアップエコシステムを確立したKDDI、フレキシブルな人材制度で起業しやすい仕組みを作った東レ、トヨタが静岡県で建設中の次世代技術の実験都市「ウーブン・シティ」などを挙げた。

 平井氏は「大企業が新規事業に取り組む際の戦い方は『リーン』じゃない。大企業がやるべきは、大きなプラットフォームを作って、その上に乗るプレーヤーを集めて来ること」と語り、大企業のプラットフォームがそれに関わる多くのスタートアップを含むプレーヤーたちのイノベーションを加速する原動力になることを強調した。

 大きな投資でプラットフォームを作り出すのは「大企業ならではの醍醐味であり責務」だが、もちろん簡単にできることではない。そこで、第三者の力の活用も視野に入れていいと平井氏は言う。例えばニトリは、自社単体でEC事業(D2C)を行うだけでなく、自らがプラットフォームとなって他のセラーを巻き込むことで、品ぞろえを強化して顧客満足度を上げる戦略を取った。外部の力を活用し、プラットフォーム構築に要するコストや時間を短縮するのがポイントと言える。

イノベーション創出に欠かせない3つの要素

 平井氏は講演の最後に、イノベーションに向けた取り組みを実のあるものにするために必須となる以下の3つの要素を示した。

  • 打席に立つことの重要性
  • やり切る&アジャイル
  • カタリストの活用

 当たり前のことだが、打席に立たなければヒットは打てない。「企画はいっぱいあるが、やっていません」では意味がない。アイデアをアイデアのまま終わらせず挑戦し続けなければならない。

 うまく行くか行かないかは結果であり、重要なのはやり切る姿勢だ。小さなステップで進捗を確認しながら素早く改善やピボットを行うアジャイルなアプローチで取り組む。デジタル化の取り組みは時間がかかるので、当事者は2〜3年でやめてしまうのではなく、10年以上はやり続けるつもりで取り組むべきだ。また、それを応援する仕組みづくりも重要だ。

 イノベーションを起こす方法は一つではない。ときにはカタリスト(触媒)やイネーブラー(補助者)を使うことも大切だ。取り組みを継続する、応援する仕組みを構築するに当たっても、全てを自社だけでまかなうのではなく、外部の力やアライアンスなどを活用することを考えたい。平井氏は「第三者の力を借りてイノベーションを成し遂げるという考え方は、これから非常に重要になる」と語り、講演を終えた。

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