1万2000超のマーケティング素材を内製化 プルデンシャルが挑んだ「クリエイティブ制作の民主化」の全貌世界の革新的マーケティング戦略

コンテンツサプライチェーンを最適化し、大規模なパーソナライゼーションを実現させるために避けて通れないのが「クリエイティブ制作の民主化」。グローバル金融大手プルデンシャルの取り組みを紹介します。

» 2024年11月20日 15時00分 公開
[橋本翔アドビ]

 最高の顧客体験と効果的なマーケティングキャンペーンを実現するためには、コンテンツサプライチェーン(コンテンツの制作から配信まで、エンドツーエンドのビジネスプロセス)の最適化と大規模なパーソナライゼーションを実行する必要があります。

 特に課題となるのがコンテンツサプライチェーンです。社内の各部門、あるいはブランドや地域ごとにワークフローが分断されているケースが多いことから、クリエイティブ部門は膨大な量の仕事を抱え、しばしば機能不全に陥っています。本記事では、50カ国以上で5000万人を超える顧客を抱えるグローバル金融サービス企業のPrudential Financial(以下、プルデンシャル)がこれらの課題を解決するために進めてきた取り組みについて、アドビのコンサルタントが解説します。

1万2000件を超える膨大なマーケティング素材を制作するという難題

 プルデンシャルは、投資、保険、退職後の保障へのアクセスを拡大するグローバルリーダーになるというビジョンを掲げています。企業にはプルデンシャルをパートナーに選びたいと思ってもらえるように、個人には引退後の貯蓄や予期しない事態への備えを支援し、日々の賢い資金管理を通じて安定した財政状況の実現と維持をサポートしています。

 同社がビジョンを実現する方法の一つとして徹底的に注力するのが、最先端テクノロジーによるパーソナライゼーションです。多様な顧客一人一人に対してテクノロジーの力で優れたエクスペリエンスを提供し、金融保障へのアクセスを拡大するのが狙いです。

 大規模なパーソナライゼーションを提供するためには、膨大なクリエイティブの制作および管理の仕組みが欠かせません。

 膨大なクリエイティブの制作が必要になる理由は、4つの全く異なる事業をサポートする必要があるという点に加え、多岐にわたるオーディエンスに対して、それぞれに十分な配慮が必要であるためです。例えば、建設現場で働く人をターゲットにしたキャンペーンを考えてみてください。ニューヨークの現場で働く人の服装や周囲の環境は、コロラドの現場とはずいぶん違うことでしょう。

 ステークホルダーの数の多さとターゲットオーディエンスの多様性を考慮すると、クリエイティブ制作において1万2000を超える膨大なマーケティング素材を制作する必要がありました。同社のマーケティング制作物全般のコンセプトとデザインはクリエイティブ部門が一手に担ってきましたが、ここまでの数になると、これまで通りのやり方では、さすがにこなしきれません。

 この膨大なクリエイティブ制作を実行し、さらにその力を戦略的に利用して、高度かつ圧倒的なスピードをもって適切にパーソナライズされた顧客体験を提供するために、同社はコンテンツ制作プロセスを再構築する必要がありました。そこで必要とされたのが、組織全体の創造性を高め、生産性を飛躍的に向上させるための基盤です。

企業全体でクリエイティブ制作を民主化

 プルデンシャルがクリエイティブ制作業務の効率化とコンテンツベロシティ(デジタルコンテンツを作成、管理し、適切なオーディエンスにできるだけ早く公開する能力)を促進するために最初に取り組んだのは、チームが抱えている難易度が低い業務を減らすことでした。マーケティング部門などから依頼されるクリエイティブ制作の多くは複雑なものではなく、以前の業務の繰り返しです。そこで、そのような作業を自動化し、依頼者自身がクリエイティブを生成できるようにしようと考えたのです。

 クリエイティブ部門は、ブランドごとにテンプレートを作成し、誰でもかんたんに魅力的なコンテンツを作成できるデザインアプリである「Adobe Express」を通じて組織全体で利用できるようにしました。これにより、各部門はソーシャルメディアへの投稿、バナー、チラシ、その他の用途に使うクリエイティブを自身でカスタマイズするようになりました。

 マーケティング部門など、非専門家でもクリエイティブを生成、活用できるという「クリエイティブ制作の民主化」においては、ストックフォトサービスの「Adobe Stock」も活用されています。制作すべき内容を定義した後、Adobe Stockが提供する2億7000万点以上の素材から目的に合ったイメージを迅速に選び出すことで、作業効率向は飛躍的に向上しました。高品質なコンテンツを素早く確実に生み出せるようになり、オーディエンスを的確に捉えながらブランドを効果的に伝えることが可能になりました。

 昨今では、顧客をはじめステークホルダーの行動傾向として、オンライン動画の視聴が増加しています。そこで、プルデンシャルはAdobe StockやAdobe Expressを使って、動画素材を使った制作物をおよそ64%も増やしました。キャンペーンコンテンツに動きを持たせたことで、プレゼンやマイクロサイト、パンフレットなどを見る人の心をつかみ、感情的なつながりを築くためのクリエイティブ制作の取り組みが進んでいます。

 Adobe Expressからは、「Adobe Creative Cloud」の各アプリケーションである「Adobe InDesign」「Adobe Photoshop」「Adobe Illustrator」に組み込まれたライブラリにアクセスできることも大きなメリットです。これにより「1回作ればずっと使える」が実現し、これがチームの合言葉になりました。

 クリエイティブ制作の民主化を目的とした新しいプロセスには、複数の利点があります。

 まず、Adobe Expressの機能により、誰かがテンプレートを使用すると、クリエイティブ部門にアラートが通知され、チームは素早く作業をチェックして最終承認をすることができます。ソーシャルチャネルをまたいでテンプレートが使用されるようになり、その結果、プルデンシャルブランドの一貫性が高まりました。

 また、新しいプロセスによってクリエイティブ部門の負担が軽減されました。新しい動画、大規模なブランドキャンペーン、新製品の発表など、価値や創造性の高いプロジェクトに取り組む時間が増え、高度な専門知識を活用し、クリエイティブな能力を発揮できるようになりました。

クリエイティブ制作フローにカスタマーインサイトを組み込む

 次のステップは、クリエイティブ制作プロジェクトに関する適切なデータを取得することでした。プルデンシャルでは、オーディエンスやプロジェクトの目標に関する詳細なインサイトを含めるようにクリエイティブブリーフのプロセスを再構成し、部門をまたいで標準化しました。

 新しいクリエイティブブリーフが定着すると、各プロジェクトの開始時に、ストラテジストとのディスカバリーコールが継続的に実施されるようになりました。クリエイティブチームはプロジェクトを迅速に進められるようになり、パートナーとのエンゲージメントの向上を実感しています。

 ディスカバリーコールではマーケティングストラテジストと協力して、「ターゲット顧客を動かしている真のインサイトとは何か」「どうすれば彼らをAからBに導くことができるのか」など、他社との差別化につながるものを追求しています。

 プルデンシャルの副社長兼クリエイティブディレクターであるブリジット・エスポージト氏は次のように述べています。

 「影響力の大きい仕事に先行して、クリエイティブリーダーが戦略ディスカッションのテーブルにつくことは、とても効果があると実感しています。プロセスの早い段階でクリエイティブチームを参加させることで、問題解決スキルを活用し、実際のビジネス上の問題に対する革新的なソリューションを生み出すことができます。そんなときに、マジックが起こるのです」

 なお、クリエイティブブリーフの管理には「Adobe Workfront」を活用しています。Adobe Workfrontは、各プロジェクトに関わる全ての要素とメンバーを調整するための唯一の情報源です。

 「大規模なキャンペーンでも小規模なプロジェクトでも、クリエイティブ制作作業が必要になったとき、私たちはまず、『それはAdobe Workfrontにありますか?』と質問します。これはチーム全体の了解事項です」とエスポージト氏は語ります。また、Adobe Workfrontでプロジェクトのリソースを可視化できるので、スタッフの負担が大き過ぎたりプロジェクトが停滞していたりするときに、素早く対処することができます。

 Adobe Workfrontは、Creative Cloudアプリケーションやライブラリなど、その他のアプリケーションとも統合されているため、クリエイターはAdobe PhotoshopやAdobe InDesignの中からAdobe Workfrontのタスクを完了でき、時間を大幅に節約できます。また、統合された校正ツールは、クライアントのフィードバックを効率的に収集し、混乱やミスを防ぐのに役立ちます。

 この新しいプロセスは、チームにとってパワフルなクリエイティブキャンペーンを推進する大きな力となりました。その具体的な事例に、プルデンシャルがPlaybillとのパートナーシップによりスポンサーを務め、タイムズスクエアで3日間にわたって開催された屋外シアター体験「Curtain Up! Broadway Festival」があります。このキャンペーンを開始するに当たり、ディスカバリーコールやオーディエンスインサイト、Adobe Workfrontを通じて全てのアセットを調整する効率性など、複雑なキャンペーン管理を成功させるための準備は全て整っていました。

 Curtain Upのタイトルスポンサーシップは、1.24倍のROIをもたらしました。会場には前年比365%増の5600人が足を運び、参加した消費者はプルデンシャルを検討する可能性が11%高まりました。Curtain Upはソーシャルメディアチャネル全体で3000回以上メンションされ、94%の好意的なネットセンチメントを獲得しました。

コンテンツ制作からパーソナライゼーションまで

 プルデンシャルにおけるコンテンツサプライチェーンの最適化と大規模なパーソナライゼーションは、継続的な取り組みとして今も進化し続けています。マーケティングテクノロジーと連携して進めている現在のプロジェクトの一つが、「Adobe Experience Manager Assets」を組織全体に導入して、クリエイティブな作業に必要な素材を見つけやすく、再利用しやすくすることです。5つのリポジトリから36テラバイトのコンテンツをAdobe Experience Managerに移行し、進行中の作業、ライブラリ、承認済みのマーケティング資料に使用する予定です。また、消費者、アドバイザー、投資家、雇用主向けにAIベースのテクノロジーとパーソナライゼーションを大規模に提供するため、「Adobe Experience Platform」をデータ基盤としたパーソナライゼーションプラットフォームを構築しました。

 このように、クリエイティブ制作の民主化からパーソナライゼーションを含むワークフローの一元化まで、新しいプロセスとツールによって、プルデンシャルはより戦略的かつ生産的に業務を遂行できるようになりました。同社のブランディングとメッセージングは、組織全体の一貫性を高め、従業員の満足度を向上させ、最新のワークフローによってコンテンツのニーズを満たし、収益増に貢献しています。

 保険や投資は一般的には難しくなじみにくいトピックと捉えられがちです。プルデンシャルのクリエイティブはストーリーテリングの力を活用し、人々が金融の課題を理解し、取り組めるように支援しています。

 コンテンツの多様性や充実した動画体験に対するニーズが高まった現在、プルデンシャルが取り組んでいる「全ての人に情報アクセスの手段をもたらすデジタルワークフロー」の構築は、とりわけ大きな意味があります。全てのプロジェクトに合理的なワークフローを導入することで、多大な時間を節約し、プロジェクトの第一歩の検討段階からしっかりとクリエイティブグループを交えて話し合うことが可能になったのです。

 コンテンツサプライチェーンの最適化は、自社のブランドを成長させるだけでなく、収益の成長を促進し、大幅なコスト削減も実現します。ただし、クリエイティブワークフローとチームの文化を変革して活性化させるという課題に挑む際には、マーケティング部門を含む他部門との密接なコラボレーションが必須です。また、プロジェクトを成功させるには、強いリーダーシップが欠かせません。組織全体の課題を自分ごととして捉え、前例のない新しい挑戦にも積極的に取り組み、最適な解決策を見い出して業務を遂行する力が求められます。そのため、それができる人材を育成することも重要なポイントとなるでしょう。

寄稿者紹介

橋本翔

はしもと・しょう アドビ プロフェッショナルサービス事業本部 ビジネスコンサルティング本部 プリンシパルビジネスコンサルタント。国内大手ICTサービス事業会社を経て2019年にアドビシステムズ(当時)に入社。「Adobe Experience Cloud」をフル活用したWeb解析、パーソナライゼーション、AI/MLの活用推進などのコンサルティング業務に従事している。

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