どんなに優れたビジネスの仕組みを整えようとしても、デジタルの世界ではお客さまが求めるスピードで対応できなければ、成功機会は失われてしまいます。コマースサイトにおいて優れた顧客体験を提供するには、どんな改善が必要になるのか。ヘインズブランズの取り組みを例に、アドビのコンサルタントが解説します。
サクサク動くアプリやサイト――実は、画面描画や画面遷移の速度は快適な顧客体験の一部なのですが、現実には多くのブランドにおいて、Webサイトやアプリの表示速度はデザインや商品の見せ方や価格設定、クーポン訴求などのキャンペーンの実施よりも優先順位が低い課題となっています。
しかし、Webサイトやアプリの表示速度は、顧客が「こんな商品が欲しかった!」と思える商品にいち早くたどり着くための必須条件です。Webサイトのパフォーマンス改善を実施することで、キャンペーン情報のオファーや商品レコメンドの表示も速くなるため、パーソナライゼーション施策も実行しやすくなります。
「えっ、それってマーケターの仕事なの?」と思ったかもしれません。実は、パフォーマンスの改善は、サイトへのアクセス数やコンバージョン率に大きく影響するのです。ファネルマーケティングは「認知」「興味・関心」「比較・検討」「購入」と進んでいきます。このとき、サイトのパフォーマンスが悪ければ、新規のアクセスが伸びないことで会員登録率が低下するだけでなく、回遊性も低いことからコンバージョン率も上がらず、結果として売り上げが伸び悩む結果となります。当然、ファネルの先の商品を購入してもらい、価値を実感してもらうことも難しくなるでしょう。
なお、2017年のGoogle調査によると、ページの読み込み時間が1秒から3秒になると直帰率が32%増加し、かつページの表示に3秒以上かかるモバイルページからは53%のユーザーが離脱しているという報告があります。
どうしてそうなるのか。アパレルのコマースサイトを例に説明しましょう。コマースサイトを展開する業種業態の中でも、アパレルは非常に競争が激しい分野です。単純に競争相手のブランドが多いこともさることながら、Amazon.comのような総合ECサイトやファッション特化型モールとの競争にもさらされています。
アパレルは季節ごとの新作提供や商品入れ替えを行いながら、コマースサイトを快適な環境に整えなくてはいけません。デジタルネイティブの若い世代に向けて、モバイルアプリを強化する必要もあります。店舗で商品を販売しているブランドであれば、オンラインでもオフラインでも一貫性のある顧客体験を提供しなくてはなりません。国内外を問わず、アパレルコマースサイト運営のハードルは、以前よりもかなり高くなっているのです。
このような難しいビジネス環境でサイトの改善に取り組んでいるのが、米カジュアルファッションブランドのヘインズブランズ(HanesBrands)です。
同社は、本拠地を米ノースカロライナ州ウィンストンセーラムに置き、着心地の良さと品質の高さで、世界29カ国の市場に愛される日常着を提供しているグローバル企業です。日本でもTシャツのHanesやスポーツブランドのChampion(2024年6月にAuthentic Brands Groupへ事業売却)でよく知られていますが、他にもカジュアルウェアのBonds、インナーウェアのMaidenformやBaliなど、10以上のブランドのビジネスを展開しています。
まず、ヘインズブランズがストアフロントのパフォーマンス改善の取り組みの方向性を探るため参考にしたのが「Lighthouse」スコアでした。
Lighthouseとは、Webページの品質改善に役立つオープンソースの監査ツールで、任意のWebページを「Performance」「Accessibility」「Best Practices」「SEO」「Progressive Web App」の5つの項目、それぞれ100点満点で評価します。0〜49点は「Low」、50〜89点は「Medium」、90〜100点が「Good」です。優れたユーザー エクスペリエンスを提供するためには、WebサイトはGoodの90〜100点を獲得するよう努める必要があります。
ヘインズブランズでコンシューマーテクノロジー担当バイスプレジデント兼グローバル責任を務めるレオ・グリフィン氏は、5項目のうち特にPerformanceを重視し、主要ブランドの1つMaidenformのサイトからパフォーマンス改善に着手しました。
グリフィン氏がこの課題に取り組む前、MaidenformのLighthouseスコアの各項目は20点台で推移していました。このスコアはコマースサイトでは標準的なものですが、改善ポイントが多々ある状況です。何より、一般的なWebサイトと比べ、コマースサイトでは、データのやり取り頻度、種類、量の多さという特性を考慮する必要もありました。
どういうことか。まず、お客さまが購入後にマイページを訪問したとき、ストアフロントはバックエンドとお客さま固有の情報のやり取りを行います。続いて、お客さまがサイト内で商品の検索を始めれば、一覧のページから関心を持った商品のページへ遷移し、そこからおすすめに従って別の商品ページへの遷移、元の一覧のページへの遷移など、行ったり来たりが頻繁に発生します。表示する商品情報が20件と50件の場合は、当然スピードも変わります。このような一つ一つの操作に伴うデータのやり取りが積み重なり、Webサイトの動作が重くなる傾向があるのです。
これでは、広告費をかけて流入量を増やすことに成功したとしても、購入に至るまでの体験の質が損なわれてしまいます。抜本的な解決手段を探していたグリフィン氏のチームが、たどり着いたのが「Adobe Experience Manager Sites」の「Edge Delivery Services」でした。Edge Delivery Servicesはエッジアーキテクチャーを採用しており、コマースサイトのように複雑でバックエンドシステムとのやりとりが頻繁に発生するサイトの高速化に適しています。
Edge Delivery Services導入後、グリフィン氏のチームはMaidenformの新サイトを2023年9月に立ち上げ、Lighthouseスコアの目覚ましい改善に成功しました。全ての項目が改善する中、特に顕著な成果を挙げたのがPerformance項目です。測定結果は100点満点を記録し、現在も95から100点の水準を維持しています。
ヘインズブランドではカスタマージャーニーを「Find It」「Buy It」「Get It」「Know Me」と定義しており、パフォーマンス改善はそのうちの「Buy It」「Get It」の段階をターゲットとしたものでしたが、「Find It」にも画期的な効果を得ることできました。消費者がブランド以外の検索キーワードでヘインズブランズを見つけることができるようになり、検索エンジンからのMaidenformサイトへのトラフィック流入量は従来比で10倍に増加したのです。
さらに、他のアドビ製品を導入してパーソナライゼーションの仕組みも強化し、カスタマージャーニー全体で快適な体験を提供するストアフロントを整えました。その成果は、カスタマージャーニーの最後のフェーズ「Know me」で、マーケティングチームがデータで顧客を理解する力につながっています。
ヘインズブランズはこの仕組みを他のブランドにも展開しています。ヘインズブランズ グローバルビジネスインテリジェンス&データアナリティクス担当シニアマネージャーのエミリー・ジョーダン氏は、顧客体験が向上した結果として「Bondsのサイトで41%、Championのサイトで11.6%のコンバージョン(商品購入)率向上を実現できた」と話していました。
ヘインズブランズの事例は、カスタマージャーニーを進めるリアルタイムパーソナライゼーションを展開するWebサイトの高速化に注力したことが大きな特徴で、現在もさらなる顧客体験の向上に取り組んでいます。この事例からマーケターの皆さんには、以下の3つの観点から自社の施策が効果的か、カスタマージャーニーに沿って見直してみることをお勧めします。
ヘインズブランズの場合、個々のブランドでの取り組みの成果が出始めたばかりですが、全てのブランドが同じようにパフォーマンス改善とリアルタイムパーソナライゼーションに取り組めば、さらに効果が増大する可能性があります。Webサイトやアプリを運営するマーケティング部門の現場では、ともすればパフォーマンスよりもパーソナライゼーションの実装が優先されがちです。店舗での買い物で、自分の番が来るまで待たされた場合、その店にまた来ようと思うでしょうか。ヘインズブランズの事例は、パフォーマンスとパーソナライゼーションがどちらも大事であることを教えてくれます。
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