次世代の成長エンジンとして期待されながら失敗に終わることが多いのがレガシー企業の新規事業。どうすれば成功確率を上げることができるのか。自動ドア大手ナブテスコの取り組みを軸に、そのヒントを探る。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の本質とは、単なるデジタル化にとどまらず、デジタル技術を通じてビジネスモデルや組織全体を根本的に変革することにある。従って、DXを目指す多くの企業は、その中核にデータを生かした新規事業の創出を据えて、持続的成長のドライバーに育てようとしている。
しかし、新規事業を立ち上げ、軌道に乗せるのは言うほど簡単なことではない。昨今はユーザー中心の問題解決アプローチであるデザイン思考やBuild-Measure-Learn(構築、計測、学習)のフィードバックループで事業を効率的に立ち上げるリーンスタートアップが注目されているが、これらは熱量とスピード感あふれる若い会社の武器にはなり得ても、組織の確立した大企業にはフィットしないこともある。
では、レガシー企業はどうすれば新規事業の成功確率を上げることができるのか。本稿では、グローバルに展開する機械部品メーカーのナブテスコの取り組みを軸に、そのヒントを探る。
ナブテスコは、産業用ロボットに使用される精密減速機や鉄道車両用のブレーキシステムなど、さまざまな製品において世界または国内でトップクラスのシェアを獲得している。売上高は連結で3000億円以上、従業員は8000人を擁するB2Bの大企業だが、日本に住む人に特になじみのあるところでは、国内シェア55%を誇る自動ドア・ホームドア事業が挙げられる。ナブテスコの自動ドアは、病院や銀行、公共機関、店舗、ビルなど、さまざまな建物に設置されている。青い矢印に囲まれた「自動」のステッカーを目にしたことのない人はほとんどいないのではないだろうか。
そのナブテスコが2024年3月に新規事業としてスタートしたのが、自動ドアを活用した広告配信サービスだ(関連記事:「デジタルサイネージ一体型自動ドアによる広告配信サービス ナブテスコが提供」)。
これは自社が提供する自動ドアにデジタルサイネージディスプレイを付け、それを広告メディアとして運用するという試みだ。まずは、ディスプレイの設置場所を大学に絞り、大学生をターゲットにした広告配信を希望する広告主に向けたDOOHサービスとして展開している。
建物の入口にある自動ドアは、その建物の中でも一番目につくところであり、訪れた人が必ず通る場所だ。そこにディスプレイを設置すれば、自ずと通行人の目を止めることができる。
ナブテスコ 住環境カンパニー 新規事業推進部長の黒須昭仁氏は「建物に入ろうとする人は、自動ドアに向かって歩いていく時間が数秒あり、さらに動いているものは目を引くので、視認率が極めて高いのだと考えています」と語る。
設置場所を大学に絞ったのは、広告のターゲティングが極めて容易であることが理由だ。昨今は人材不足に悩んでいる企業が多いことから、採用広告のニーズも高いと考えられる。サービスのリリースに当たって、早稲田大学の大学生協の入口にて実際の企業広告を用いて実証実験を行ったところ、広告の視認率は約6割。そのうち約7割が、広告の内容まで明確に認知していたという。
DOOHは動画や静止画などデジタル広告同様のクリエイティブが掲出できるとはいえ、視聴者とオンラインでつながっているわけではない。故に、一般的にはデジタル広告のような効果測定は難しい。しかし、自動ドアには人が近づいたことを検知するための人感センサーが備わっている。ナブテスコは自動ドア周辺の人流データをネットワークで収集するプラットフォーム「AD-LINK」を提供しており、これを使って通行人数などの人流データが取得できる。つまり、効果測定可能なオフラインメディアという、もう一つの価値を提供できることになる。
現時点での導入先は早稲田大学と神戸市外国語大学の2校だ。大学という組織の特性上、前例のない取り組みにあまり前向きでないこと、施設の商業利用に関心がないことなど、懸念材料はある。一方で文部科学省が大学に授業料や補助金以外の収入源確保を推奨する流れもあり、問い合わせは増えている。導入する大学の数が増えればメディア力も上がり、広告主の関心も高まることが期待できる。
現在はまだ新規事業そのものの認知度を上げる期間と捉え、ナブテスコは広告を出稿する企業とサイネージ一体型自動ドアを設置する大学生協の双方とコミュニケーションを重ねている。ナブテスコ 住環境カンパニー 新規事業推進部 事業企画課長のM窪倫弘氏は「勝負は来年。今年11月頃から採用の広告メディアプランづくりや予算取りが始まるので、そこからが本番かなと思っています」と語る。
ナブテスコが新規事業に乗り出した背景には、自動ドア市場の成熟化という課題がある。各社のシェアには大きな変動がなく、安定して収益を生み出しているともいえるが、逆に言えば今後大きな事業成長が期待しにくい。人口減社会を見据え、他の多くの企業と同様に、新たなビジネス機会を創造する必要に迫られていたのだ。
「いろいろな事業を考えましたが、従来の事業と何の関連性もない“飛び地”に行くのはビジネス上のリスクが大きい。それよりも自動ドアで培ったノウハウやデータを生かして何かできないかと考えました」(黒須氏)
伝統ある企業が持つこのようなアセットの蓄積は、スタートアップにはない大きなアドバンテージだ。NTTデータ系列のコンサルティング会社のクニエでは、既存のアセットを起点に全く新しいビジネスを発想する考え方を「アセットベース思考」と呼んでいる。同社で企業の経営やマーケティング支援に従事する柳澤孝洋氏(「柳」は旧字体)は「大企業の新規事業は、自社ならではのアセットを生かしたビジネスをうまく考えている企業がロールモデルになる。既存のアセットを起点とした新しいビジネス展開を大企業はどんどんやっていくべきだと思います」と語る。
ナブテスコの新規事業は、自動ドアやセンサーデータといった既存のアセットを活用して立ち上げたものだ。しかし、広告ビジネスは既存事業とは商材も商流も全く異なる。そこで、この領域にも知見を持つクニエのコンサルタントが戦略の立案から実行まで、伴走型で支援している。
ナブテスコはセンサーデータを活用した事業をさらに増やしていきたい考えだ。しかし、自社だけではアイデアが断片的なものにとどまってしまう。そこで、クニエが提供する「データマネタイゼーション・アイデア抽出サービス」の支援も受けている。ここで言うデータマネタイゼーションとは、単に自社で収集したデータをそのまま販売することではなく、データというアセットに何らかの付加価値を持たせて販売することを指す。
「クニエの体系的なフレームワークで検討することで、幅広いアイデアを見つけることができました。その中からテーマを選定し、事業化に向けて推進していきたい」(黒須氏)
大企業の新規事業創造はアセットベース思考が鍵になるというのはうなずけるところだ。しかし、そもそも何が自社のアセットであるかを認識できていない企業も多い。「まずは一度、客観的な視点で棚卸しをすべき」と柳澤氏はアドバイスする。
「その際、ヒト、モノ、カネという面だけでなく、ケイパビリティー(能力)まで洗い出すことがとても重要です。例えば自動ドアで言えば『お客さんの目を奪える』というのも一つのケイパビリティー。単なるモノとして捉えるのではなく、どのような価値に置き換えられるのかを考えるのです」(柳澤氏)
自社の既存のアセットにどのようなケイパビリティーがあるのかを見つけ、そこから提供価値を広げていくことで、新規事業の成功の可能性を高めることができる。全く初めての業界に飛び込む場合は、その業界を知る企業と共に進めることも、成功への近道となるだろう。
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