琉球泡盛「残波」「海乃邦」の海外展開を例に考える日本のブランドが持つべき視点I&CO APAC高宮範有氏に聞く

日本のブランドが海外展開で持つべき視点とはどのようなものか。2024年4月にI&CO APAC代表に就任した高宮範有氏に聞いた。

» 2024年06月17日 08時00分 公開
[松下沙彩ITmedia]

 NikeやAudi、Googleなどのデジタル戦略とクリエイティブを手掛けた世界的なクリエイティブディレクターのレイ・イナモト氏が2016年に創業した「グローバル・イノベーション・ファーム」のI&CO。2019年7月に東京オフィス(I&CO Tokyo)を開設したのに続き、2024年4月にはアジアで2拠点目となるシンガポールオフィス(I&CO APAC)を立ち上げた。同社が今、アジアに目を向ける理由と支援先となる企業・ブランドへのアドバイスを、I&CO APAC代表の高宮範有氏に話を聞いた。

高宮範有氏
たかみや・のりくに I&CO APAC代表。Delphys Inc.、PARTYを経て、2019年7月にI&CO Tokyoを立ち上げる。新規事業開発とそのブランディング、体験設計を得意とする。これまでに「UNIQLO IQ」「StyleHint」のコンセプト開発・UXデザインをはじめ、「Mercari Inc. 上場時のコーポレートブランディング」「P&G PANTENE #この髪どうしてダメですか」などを手掛ける。併せて、スタートアップの事業拡大を数多く担当し、広報戦略立案にも携わる。クリエイティブ集団PARTYの社外パートナー、TambellirのCDO(Chief Design Officer)を兼任。

日本のブランドが海外展開で持つべき視点とは?

――新設したシンガポールオフィスの役割について教えてください。

高宮氏(以下、高宮) I&COは、東京オフィス設立当初からグローバル視点の戦略策定やデザイン開発を数多く手がけてきました。近年世界中から投資家や企業が集まるAPAC、中でもシンガポールを起点としたビジネス展開のニーズが高まっている中で、日本企業とアジアの架け橋になれればと考えています。また、現地のスタートアップとの協業を通じて、日本企業のアジア展開だけでなく、日本市場でビジネスを拡大したい海外企業の支援もスタートしています。

――グローバルな施策を手がけてきたI&COから見て、日本のブランドが海外で勝負する際に難しいのはどのような点でしょうか。

高宮 日本市場は共通のコンテクスト(背景や文脈、認識)が、かなり深いところで成立しています。それを前提に、かゆいところに手が届く丁寧な配慮がされたプロダクトやサービスが求められる傾向があります。一方で、海外に目を移したときに、そのきめ細やかさが複雑さと捉えられ、ユーザーからの理解や賛同を得るのが難しくなる可能性があります。

――日本独自の複雑化したサービスは、海外展開の難易度が高いということでしょうか。

高宮 そうですね。他社とのちょっとした差分を埋める仕様や機能は、日本という特殊なエリアでユーザーの満足度を上げるものではあるけれど、グローバルに汎用性のあるニーズではないという場合が多いです。にもかかわらず、国内での成功体験にとらわれて、そのままの状態で海外展開してしまっているケースが多いと感じています。サービスやブランドの訴求点はシンプルなほどパワフルになりますし、「ノンバーバル」で理解できるものであれば、伝わるスピードも速くなります。そういった、自然と国境を越えていくような状態を作り出せるかが、海外展開において重要なポイントになると思います。

――プロダクト開発当初の視点が重要になりそうですね。

高宮 はい、シンガポール発のスタートアップは、グローバルに出るにはどうしたらいいかを最初から考えて開発しているケースがほとんどです。「これってある特定のエリアだけのニーズだったんだ」と後から分かっても遅い。ある程度、見切りを付けて、より大きな課題を解決する方向にシフトして開発を進めている印象です。プロダクト開発からその視点に立っていると、その後のコミュニケーションやブランディングもシンプルになり、結果的に効率良い展開が可能になります。

――I&COの場合はどうですか。

高宮 プロダクト開発からサポートする場合も、ブランディングやコミュニケーションをお任せいただく場合も、そもそも「日本/グローバル」という視点の線引きをしていないかもしれません。もちろん、該当するエリアやターゲットを研究してデザインしていくのですが、基本的にI&COが手掛けるものはグローバルに届くことを前提としています。「海外展開できるようにしてください」とクライアントから依頼があるかないかは関係なく、僕らの基準が「グローバルで通用する」になっているんですね。一つ事例をお話しすると、UNIQLOの「Time Tells a Story」というコミュニケーション施策があります。分かりやすいワンメッセージで設計された事例です。

伝えるメッセージは一つ 説明不要のシンプルさを意識する

高宮 日本ではUNIQLOの品質の良さは認知されていますが、米国などのUNIQLOになじみのない国ではまだまだ単なるファストファッションブランドに見られてしまう課題がありました。このイメージをひっくり返すのがプロジェクトの狙いで、アパレル業界の大量廃棄が大きく取り上げられていたのもこの頃です。そこで、品質や機能をあれこれ提示してプロダクトの良さを訴求するのではなく、「Time Tells a Story」というワンメッセージでコミュニケーションを展開しました。日本語だと「時間が語ってくれる」ということなのですが、このメッセージに「UNIQLOの服はタイムレス=長く着られるスタンダード=品質も良い」ということを込め、バレエダンサーやシェフの普段の練習や暮らしをドキュメンタリー的に追いかけながら、彼らが身に着けているユニクロのアイテムの良さを印象付けるムービーを制作しました。結果として、オンラインや店頭でこのムービーが活用され、ユニクロに対する印象を変えることにつながっています。

UNIQLOの「Time Tells a Story」ではタイムレスに愛用が可能なエッセンシャルアイテムを、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が着こなす様子を紹介するミニドキュメンタリーシリーズを制作

――なるほど、メッセージを絞ることで訴求力が高まるということですね、プロダクト開発の領域でも、2023年10月から沖縄県と協業した海外進出支援が始まっています。どういったことを意識されてきましたか。

高宮 沖縄県のアジアにおけるパートナーとして、I&COは琉球泡盛の販路拡大と高付加価値化のためのブランディングをお手伝いしています。その際も心がけたことは同じです。国内でも人気のあった「海乃邦(うみのくに)」「残波(ざんぱ)」の2銘柄について、海外市場向けに販売を開始するための専用ボトルのデザインと販売戦略を担当したのですが、これまでの泡盛の日本での売り方や位置付けは踏襲せずに、今回の海外展開用に新たな戦略を立てています。泡盛は国内では高い認知を取れているのですが、海外では泡盛の認知は全くと言っていいほどないのが現状です。その状況下で、どういったプロダクトや販売戦略が必要かということから考えていきました。

沖縄県にある比嘉酒造「残波」蒸溜所

――海外展開するためにゼロから考え直したというわけですね。

高宮 はい。泡盛について何も知らない方々にフラットに泡盛の楽しみ方を伝えるにはどうしたら良いかをシンプルに突き詰めました。伝えるべくは「ウイスキーのようなハードリカーであること」「熟成年によって価値が高まっていくお酒であること」。今回の泡盛は、そのメッセージが一目で伝わるようなデザインがされています。ローンチから数カ月ですが、ミシュランの星付きレストランやバーに置いていただいていて、これまでにはない販路を拡大できています。

海外専用の統一感のあるボトルデザイン。重要なファクトとなる熟成年数が明記されている。泡盛を日本酒やジャパニーズウイスキーに続く世界的なお酒として位置付けることを目指す

自分たちの強みと進出先のオーディエンスニーズの重なりを探る

――たくさんの伝えたい要素の中から何をどう削ぎ落としていくのか、コツはありますか。

高宮 まずは「なぜ海外展開するのか?」という理由からしっかりと検討することがスタートになります。自分たちの商品なりプロダクトの強みや売りになる点(USP)が届く顧客はどこにいるのか。日本以外にもそういった方々が居そうなら海外に目を向けるべきですし、そうでないなら無理に海外行く意味はないわけです。進出したいエリアのオーディエンスの興味関心と自分たちの強みが重なるところがありそうかを探り、それに向けて戦略を立てる。そのためにも、現地にリサーチに出かけて、自分たちが行こうとしている場所やそこに住む人々を目で見て確かめるのは必須だと思います。

――ネットの情報や調査結果だけでは見えないものがあると。

高宮 検討するエリアがあるなら必ず行くべきですし、数日の滞在ではなく、できるだけ長期で日程を組むことをお勧めします。グローバルで汎用性の高いものを作った上で、最後は進出したいエリアに合わせたチューニングが必要になります。それがグローバルブランドのやっている各国向けのローカライゼーションだと思うのですが、その最後のチューニングの判断は現地を分かっているかどうかに左右されます。例えば逆の立場で海外ブランドが日本に入ってこようとしたときに、韓国のコスメのパッケージはハングル文字で書いてあるから良いわけで、日本向けだからといって全て日本語に直されていたら今の時代だと売れないと思います。その辺のさじ加減は実際に現地を知らないとなかなかつかみづらい気がしますね。先ほどお話ししたように、I&COもシンガポール進出に当たって、2年前からシンガポールを中心にマレーシア、タイ、インドネシアなどに出向き、スタートアップのファウンダーと会ってきました。彼らと課題や視点を共有することで、やっと理解できるようになったことも多いです。また、現地で食事をし、買い物をし、そういった時間の中で各国にチューニングしていく感覚を養うことも大切なポイントです。

――最後にアジアから日本市場に進出しようとしている企業についてもお聞かせください。

高宮 日本は他国から見たときに言語ハードルが高い国なので、日本市場進出をためらう企業も多いように見受けられます。一方で、これまで面談してきた企業から日本進出に向けた相談を受けることもあります。いきなり日本でサービス展開する前に、まずは日本企業との協業や、日本の投資家からの支援を受けるということも選択肢になり得るのではないかと伝えています。要は、彼らにとっての道先案内人というか、日本を理解している相談相手が必要だと。また、現地企業と伴走し始めた例として、ヘルスケアツーリズムを手掛けるマレーシア発のTrambellir社と提携しました。成長を続ける医療ツーリズムという領域で注目度も高く、今後が楽しみな企業です。I&COは、UXの面でTrambellirのプロダクト改善を支援しています。彼らのようなアジアのスタートアップが日本市場に進出する際の架け橋にもなれたらと思っています。

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