CNN幹部が語る、メディアビジネスにとってのAIのリスクと機会キーワードは「テクノロジー」と「信頼」

生成AIがコンテンツを量産し、真偽の明らかでない情報があふれかえる中、メディアの価値が問われている。来日したCNNの幹部に話を聞いた。

» 2024年04月23日 15時00分 公開

 AIが生成したフェイク画像があっという間に拡散するようになった昨今、情報の信頼性が根本から問われている。メディアの品質は広告の出稿に携わるマーケターにとっても大きな関心事だ。フェイクニュースをはじめ価値の低い記事に自社の広告が配信され続ければ、貴重な広告予算を無駄にするばかりか、ブランド毀損にもつながりかねない。

 AIが当たり前に存在するこの時代をメディアビジネスのリーダー企業はどう捉えているのか。CNN Internationalが2024年2月に開催した広告主および広告代理店向けの年次イベント「CNN Experience Japan 2024」のために来日したCNN International Commercialデジタルビジネスオペレーション担当バイスプレジデントのファイサル・カルマリ氏と同グローバル顧客ソリューション担当シニアバイスプレジデントのジェームズ・ハント氏に話を聞いた。

ブランド適合性という視点

――「CNN Experience Japan 2024」では、「テクノロジー」と「信頼」という2つのキーワードが連呼されました。これらに関連して、CNNが今日メディアビジネスにおいてどのようなことに取り組んでいるのか、あらためて教えてください。

カルマリ氏 テクノロジーの観点では、私たちはブランド適合性を念頭に視聴者プロファイルを構築するために機械学習を取り入れています。信頼の観点では、私たちのビジネスはジャーナリズムに根ざしています。信頼されているが故にデータを収集し、活用できる立場にあるわけです。私たちは視聴者向けのコンテンツもブランデッドコンテンツも、同じデータポイントに基づいて配信します。データを扱う環境は、私たちの仕事の最前線なのです。

ファイサル・カルマリ氏(写真提供:CNN International、以下同)

――ブランド適合性や安全性は広告主にとって大きなテーマです。CNNは事件や事故のニュースも扱うわけですが、内容によって自社の広告を掲載されたくない広告主も当然出てきますよね。そこに難しさがあるのではないでしょうか。

カルマリ氏 コンテンツがブランドにとって適したものであるべきということは認識しています。しかし、ブランドには合わないコンテンツでも消費者にとっては価値があるものです。また、別のブランドには合うかもしれません。大事なのはコンテクストです。私たちはNLP(自然言語処理)を使ったエンジンでコンテクストを最適化させています。このエンジンはコマーシャルとエディトリアルの両方で使われています。

ハント氏 CNNにはハードニュース以外のコンテンツもあります。具体的には、スポーツ、スタイル、トラベル、ビジネスなどです。ラグジュアリーブランドやB2Bなどの広告セグメントはこれらのコンテンツに広告を載せています。私たちが制作するブランデッドコンテンツもこれらの周辺に掲載されます。

データで作る人間の感情を動かすブランデッドコンテンツ

――ブランデッドコンテンツについてお聞きします。CNNはブランデッドコンテンツの制作に関わることで企業にどのような価値を提供しているのでしょうか。

ハント氏 私たちがクライアントと共に仕事をするための戦略は、人間らしいストーリーを伝えることを基本としています。特にクライアントが伝えたいであろうブランドメッセージに関して、視聴者に関心がありそうなトピックを選ぶようにしています。人間らしいストーリーを伝えることで視聴者の感情が喚起され、共感を持ってもらい、それによってブランドの想起率を高めることができるからです。ブランデッドコンテンツはCNNのビジネスでも重要性を増していて、2023年のグローバル広告収入の75%がブランデッドコンテンツに由来するものでした。

ジェームズ・ハント氏

――日本でもCNNを通じて自社のストーリーを世界に発信したいというニーズはあるのでしょうか。「CNN Experience Japan 2024」では富士通のブランデッドコンテンツ事例が紹介されていました。

ハント氏 はい。お付き合いの長いクライアントでは、より人間らしいコミュニケーションを追求するようになっています。例えば富士通のキャンペーンではデジタルトランスフォーメーションやサステナビリティーといったテーマを語るのに、画家や建築家など4人の匠に登場してもらいました。

――企業が伝えたいメッセージであっても、あまり固い話だと消費者に興味を持ってもらえないですからね。視聴者の感情を動かすようにメッセージを翻訳するのが御社の強みということでしょうか。

ハント氏 まさにそうです。

――視聴者に興味を持ってもらえるようなストーリーを作る上では、プロのクリエイターの経験と、蓄積されたデータから得られるインサイトとどちらが重要なのでしょうか。

ハント氏 両方ですね。ファイサルのチームと一緒に、視聴者の関心をデータで理解するようにしていますし、クリエイティブ制作プロセスにデータから得たインサイトを活用するようにしています。それに加えて、クリエイティブ制作プロセスでの経験やノウハウも生かすようにしています。社内にはライター、プロデューサー、ストラテジストのチームがあり、そのチームと一緒にストーリーを伝える方法を考えるのです。

コンテンツ制作の現場に浸透した生成AI

――コンテンツ制作の領域では生成AIへの関心が急速に高まっています。ニュースメディアとして、生成AIの可能性について、どう考えますか。

ハント氏 私たちのブランデッドコンテンツスタジオでも既に生成AIを使っています(※)。目的は主に制作プロセスのスピードアップです。AIツールを活用することでプロセスが効率的なものとなり、クリエイターはより多くの時間をコンテンツ制作に費やせるようになります。

※CNNのブランデッドコンテンツスタジオ「Create」でのAI活用事例としては、撮影したインタビューの書き起こし、翻訳、オンライン記事の音声読み上げ、ハッシュタグの生成、コピーの最適化、自動色補正、撮影した映像内のオブジェクト除去がある。

――生成AIのリスクについてはどうでしょう。

ハント氏 コンテンツ制作にAIツールを使用する場合、いかなる形でもストーリーに改変や変更が行われることはあってはなりません。コンテンツ中に提示している事象や事実に関して誤った印象を与えることも同様に考えています。ハルシネーションやディープフェイクのような懸念もあります。生成AIにはもちろん多くの可能性を秘めていますが、コンテンツ制作に使うことに関して用心もしています。視聴者が見聞きするものは全て、完全に信頼できると確信できるようなものでなくてはならないと考えるからです。

――生成AIによって膨大なコンテンツを低コストで生み出せるようになったため、MFA(Made For Advertising:広告費を稼ぐことだけが目的の低品質なコンテンツ)の問題がさらに深刻化する懸念もあります。逆にそれは、相対的にCNNの信頼性をより高めることにもなるとも思うのですが。

カルマリ氏 MFAはどの広告主にとっても良くないものです。また、おっしゃるようにCNNは信頼できる独自のプラットフォームを持っていますので、仮に他社が信頼性を損ねるようなことに見舞われたとしても、私たちは切り抜けることができると信じています。

――AIによって粗製乱造されたコンテンツに価値はないし、そんなものはCNNにとって脅威でも何でもないと。

ハント氏 テクノロジーは急速に進歩していると思いますが、信頼と安全の2つを重視し、私たちが使うAIが100%正確であることを確認する必要があると思います。やはり人間らしいストーリーを作ることが重要です。

――デジタル広告の世界では「枠から人へ」が偏重され過ぎてきた気がします。配信面のクオリティーがあらためて見直される時期に来ているのでしょうか。

カルマリ氏 そもそもどこの面に配信されるか分からないというのは、プログラマティック広告の大きな問題です。広告が表示される環境は、時にメッセージそのものと同じぐらい重要だと思います。だからこそ私たちも、冒頭のブランド適合性について、ジェームズのチームと緊密に協力しているのです。

(聞き手はITmedia マーケティング編集部 織茂洋介)

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