広報の成果を「広告換算」するのが決定的に間違っている理由B2Bマーケターのための広報入門【第3回】

B2Bマーケティング担当者が広報業務も兼務することもありますが、広報とマーケティングは似ているようで異なる職能です。今回は、広報マーケティング兼任者が見誤りやすいポイントの一つである、広報の成果の測定方法についてご紹介しましょう。

» 2023年10月31日 08時00分 公開
[加藤恭子ビーコミ]

 第1回「『せっかく記事になるんだから、いろいろ入れてほしい!』の大きな勘違い」で解説した通り、広報業務とマーケティング業務は似て非なるものです。

 広報とマーケティングはそもそも目指す成果が異なります。しかし、同じ人が両職を兼務することで、定義が混同されてしまいがちです。その最たるものが「広報の成果を広告費で換算する」という過ちです。

広報の成果とは、自社が露出された量で決まるものなのか?

 そもそも広報効果はどう測るのでしょうか。実際にいろいろな企業にヒアリングすると、以下のような答えが返ってきました。

 「昨年の記事掲載数の10%アップを目標に定めています」

 「掲載記事のクリッピング(自社の掲載記事を記録)だけを行っています。何かしなければと思いますが、数を数えるだけで、これ以外のやり方が分かりません」

 「年1回の認知度調査の数字が上がれば効果があったということにしています」

 「競合他社と掲載記事数を比較し、上回ると効果があったと判断」

 「掲載された記事と同じ面積の広告を出すといくらかかるかを算出し、その数字が大きいことを目指しています」(いわゆる広告換算)

 企業ごとに細かい違いはありますが、要するに前年度の結果や他社の掲載記事数など、自社が露出された分量を広報の成果と見ていることが多いようです。

 確かに数字があると施策を比較しやすいとは言えます。しかし、競合他社が超大手で多岐にわたるプロダクトを抱え、広報部門の人数も多くて広報活動に力を入れているのであれば、いかに自社の記事数が毎年増加していても、記事数で負けてしまうことの方が多いでしょう。また、ネット炎上などネガティブ文脈で前年より掲載記事数が増えたものを「成果が出た」と喜んでいいわけもありません。そう考えると、掲載数に頼った測定方法は必ずしも妥当ではありません。

広報担当者やPR会社に好まれやすい広告換算

 それでは、広告換算(AVE:Advertising Value Equivalency)はどうでしょうか。実は広告換算は広報担当者やPR会社に好まれやすい方法です。なぜなら自分たちの頑張りをより大きく、金額に換算して見せられるからです。

 「記事が100件掲載されました」と言うのと、「広告換算値で1億円です。掲載された記事に1億円分の価値があります」と言うのでは、報告を受ける上司や経営層の印象も変わってきます。PR会社にしても「年間1200万円で代行を依頼して1億円の効果です」と言えると「それなら来年も契約を継続しよう」となりやすいのです。

 金額通りの効果が出ているのであればいいでしょう。しかし、広告換算には実際の「効果」からズレてしまう可能性があるところに問題があります。というのも、広告料金が高いメディアに記事が掲載されれば(内容にかかわらず)PR会社やマーケティング担当者が高い評価を得てしまうことになるからです。

 例えば、広告料の高い富裕層向けメディアに、会計ソフトの社長の豪邸に関するインタビュー記事が載ったとします。金額の上では大きな成果が出たことになるかもしれませんが、そのメディアでリーチできる人は限られ、多くの人の目にとまることはないでしょう。豪邸の記事に興味を持った人が社長自身、さらには会計ソフトにまで興味を持つ可能性も低いはずです。つまり、認知獲得にも見込み客の創出にもつながらず、企業側にはほぼメリットがないということになります。

 逆に、業界メディアなどは、規模はさほど大きくなくても多くの見込み客が読んでいます。企業側としても掲載されたいと思っているはずです。広告単価も抑え目であることが多いと思います。それなのに、広告換算すると実際の評価より価値が低く見られてしまいがちです。

頭の片隅に置いておきたいバルセロナ原則3.0

 この連載で繰り返し述べているように、記事と広告は別物です。それを金額で比較すること自体がそもそもズレていると言えるでしょう。では、どうすればいいのでしょうか。

 ここで世界での流れを見ておきましょう。世界のPR業界ではよく知られている「バルセロナ原則(Barcelona Principles)」というものがあります。これは、世界86カ国160組織が加盟するコミュニケーションの測定・評価団体であるAMEC(Association for Measurement and Evaluation of Communication)と米国のIPR(Institute for Public Relations:パブリックリレーションズ協会)が2010年6月に開催した「第2回効果測定に関する欧州サミット」において、AMECが提唱したコミュニケーションの効果測定に関する7原則を指しています。2015年に改訂版であるバルセロナ原則2.0が発表され、2020年には3.0にバージョンアップしています。

 これを見ると、何をどうすればいいのか方向性が見えてきます。以下は筆者が日本PR協会のWebサイトに掲載された和訳(外部リンク)とAMECのサイトに掲載された電通による和訳(外部リンク)を参照してまとめたものです。

  1. 目標設定は、コミュニケーションの計画、測定、評価のために必須です。コミュニケーションプランニングの基礎となるSMARTの原則(※)が求められます。
  2. 測定と評価はアウトプット(施策の成果)、アウトカム(目標に対する成果)に加え、潜在的なインパクトを明らかにする必要があります。実施した施策の数を数えるだけでなく、それがどの程度目標に成果をもたらしたのかを測定することが必要で、なおかつ実施した施策によってどんな変化が起きているかを考える必要があります。
  3. ステークホルダー、社会、組織にとっての、アウトカム(成果)とインパクトを明らかにすべきです。単に企業の売り上げや収益向上に貢献することに焦点を当てるのではなく、もっと広範にステークホルダーや社会を考えることが求められます。
  4. コミュニケーションの測定と評価には、質(定性的分析)と量(定量的分析)の両方を含む必要があります。単にメディアに報じられた数量を測定するだけでなく、その中身の質も検討する必要があります。
  5. 広告換算(AVE)はコミュニケーションの価値を測定するものではありません。コミュニケーションの測定と評価は、広告換算ではなく、多面的なアプローチを採用することが重要です。
  6. 包括的なコミュニケーションの測定と評価には、オンラインとオフラインの両チャネルを含む必要があります。従来メディアだけでなく、ソーシャルメディア等も測定して評価していく必要があります。
  7. コミュニケーションの測定と評価は、誠実さと透明性に根ざしたものであり、学習とインサイトを促進するものにするべきです。効果測定するためのデータ収集はデータのプライバシーを考慮したものとし、単にデータを集めるだけでなく、その方法論や解釈にはバイアスがある可能性を認識した上で、その評価から学び、得られたインサイトを次のコミュニケーション・プランニングに生かしていくことが重要です。

※SMARTはSpecific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(実行可能)、Relevant(適切に経営課題と合っている)、Time-bound(時間的期限が決まっている)の略。

 より分かりやすく、最低限押さえておきたいポイントをまとめると以下のようになります。

  • 先にゴールを設定
  • 必ずしも企業の売り上げに直結しない活動もある
  • 記事数だけでなくその「内容」も評価
  • 広告換算は推奨していない
  • 施策にはメディアでの記事化だけでなく、SNSやオウンドメディア、記事広告なども入ってくる
  • 測定するためのデータは倫理的に問題なく誠実に収集

 AMECでは、無料で利用できる統合評価フレームワーク(外部リンク/英語)を提供しています。日本語版はありませんが、質問に答える形式で活動内容や結果などを入力し、Submitボタンを押せば、フレームワークが表示されます。このフレームワークは、評価だけでなく、活動計画にも有効に使えます。実際にこのフレームワークを使った事例のPDF(外部リンク/英語)もあります。翻訳ソフトなどを使えば大体内容はつかめるので、ぜひ参考にしてください。

 AMECのサイトには他にもM3(The Measurement Maturity Mapper)というPRの効果測定の成熟度を診断する無料のツール(外部リンク/英語)もあるので、ぜひ参考にしてみてください。

 次回はこれらを基に筆者のおすすめする測定方法について説明します。

執筆者紹介

加藤恭子

加藤恭子氏

かとう・きょうこ ビーコミ代表取締役。アスキー、ソフトバンクで編集記者を経験後、米国ナスダック上場の外資系IT企業でのマーケティング/PRマネージャーを経て独立。企業向けセミナーやビジネススクール/大学などのゲスト講師を務める他、主に国内外のテクノロジー企業が適切な相手に情報を届ける仕組み作りと実務支援を行っている。青山学院大学大学院修士(国際コミュニケーション)、日本パブリックリレーションズ協会認定PRプランナー、日本マーケティング学会常任理事(PR担当)、サイバー大学客員講師(コミュニケーション論)。著書に「話題にしてもらう技術〜90.5%の会社が知らないPRのコツ」(技術評論社)、「デジタルで変わる広報コミュニケーション基礎」(宣伝会議、15章を担当)などがある。PR/広報について、「広報会議」「PR Week」などの専門メディアに寄稿している。


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