事業の多角化などに伴うデータのサイロ化を防ぐためには統合的なデータ基盤が不可欠だ。この基盤を迅速に構築し、ビジネスに生かしたまでの取り組みについて、クリーニングサービス「Lenet」を運営するホワイトプラスのCTOに話を聞いた。
日常生活におけるクリーニング店への往来は、必要だが面倒くさいタスクの一つだ。営業時間内に店に行かなければ受け付けてもらえないし、仕上がりを受け取れない。残業で帰りが遅くなって閉店時間を過ぎてしまい、翌日着るものがなくて困った経験のある人も少なくないだろう。
そのような悩みを持つ人に便利なのが、ネット完結型の宅配クリーニングサービスだ。ホワイトプラスが運営する「Lenet(リネット)」は、洗濯物の受け取りから仕上がり品の宅配までをWebやアプリで24時間受け付けてくれる。
2009年開始のLenetは共働きや単身世帯を中心に支持され、2020年5月時点において会員数は40万人を突破している。
デジタル起点のサービスはデータに基づき顧客のインサイトを理解し、新たなサービスを迅速に立ち上げられる強みがある。実際、ホワイトプラスは創業当時からの衣類のクリーニングだけではなく、布団のクリーニング「ふとんリネット」、靴のクリーニング「くつリネット」、クリーニング付きの保管サービス「リネット PREMIUM CLOAK」と、サービスの多角化を進めてきた。
事業の数が増える過程で課題となったのが、データのサイロ化だ。事業単位では引き続きデータの活用が進んでいたが、全社的な統一指針を欠くようになってしまっていたのだ。抱えていた課題は大きく分けて3つあった。ホワイトプラス取締役CTO創造開発室長兼共同創業者の森谷光雄氏が語る。
「第1に、社内のどこにどんな種類のデータがあるか、各事業部門がどのようなデータ活用をしているか、十分に可視化されていなかった。社内のあちこちで同じような分析作業をしているという非効率な状態もまん延していた。第2に、データマネジメントの視点が欠けていた。データを使うというマインドは醸成されていたものの、せっかく作った分析モデルが作りっぱなしになっていた。第3に、組織全体で同じデータを見るという原則が徹底されていなかった。売り上げ一つを例に取っても、抽出条件が部門ごとに違っており、データの正確性が失われていた」
3つの課題を克服したことで何ができるようになったのか。
3つの課題を解決するため、データを一元的に管理する基盤整備が求められるようになった。
まずは社内に散在した膨大な量のデータを収集した上で、統合可能な形に加工しないことには何も始まらない。しかし、言うは易く行うは難し。一般的にデータの変換・統合、転送といった準備作業は分析関連工数全体の8割を占めるといわれる。これらのプロセスは確かに重要ではあるものの、すぐにビジネス価値を創造する類のものではない。故に、可能な限り自動化できる仕組みを整え、人的・金銭的なリソースをあまり費やさないようにしたいところだ。継続的な改善を実現するためには導入だけでなく運用のコストも考慮する必要がある。
そこでホワイトプラスが選んだのが、primeNumber(プライムナンバー)が提供する「trocco(トロッコ)」だ。troccoは、さまざまなデータソースを収集・編集し、企業のデータ基盤への統合を支援する機能をSaaSとして提供している。
データ収集自動化のため、troccoでは各種データソースへの接続用にコネクターを用意している。経営層向けのダッシュボードを構築するのであれば、売り上げやコストのデータを収集するために、それが格納されたバックエンドの基幹システムへのコネクターを使う。フロントエンドのCRMアプリケーションや広告プラットフォームへの接続用コネクターも用意している。troccoの導入企業はエンタープライズからスタートアップまで多岐にわたるが、「全体としては既存のコネクターでニーズの8割をカバーできている」と語るのはprimeNumber 取締役執行役員CPOの小林寛和氏だ。残りの2割の要望については、個別に専用のコネクターを開発することにも対応する。
データの収集、蓄積、分析という一連のプロセスの中でtroccoが担うのは収集の部分だ。ホワイトプラスはデータ蓄積には「Google BigQuery」、分析には「Tableau」などのツールを使っている。troccoを導入したことで各種データソースへの接続が自動化し、より全社的な視点からビジネス課題解決につなげる施策を展開しやすい環境が整ったことになる。また、迅速な意思決定にはデータ収集のスピード感が肝になるが、その点でもtroccoの導入メリットは大きい。具体的には、これまで最大半日程度かかっていた10年分のデータ収集を3分程度で集計可能になった。
基盤構築から1カ月程度で早速成果も得られた。手応えを得たのはLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の向上につながる変数の発見である。LTV向上においては計算式の構成要素に着目する必要がある。複数の考え方がある中で、ホワイトプラスは以下の計算式を採用している。
LTV=ARPU×利益率×継続率
ARPUとはAnnual Revenue Per Userの略で、UU(Unique User)一人当たりの年間取引金額の合計を指す。LTVの最大化を目指すには、「ARPU」「利益率」「継続率」という3つの構成要素のいずれか、あるいは全てを増やす施策を実施すればいい。さらにこの式の「利益率」を「1-原価率」「継続率」を「1-解約率」と捉えれば、もっと多くの要素を検討できるようになる。
まず、ARPUを増やすのであれば、価格設定の見直しやクロスセルやアップセルを増やすことが考えられる。2つ目の収益率では、売り上げ原価の圧縮に関する施策を実施することだ。3つ目の継続率は定期購入型のサブスクリプションモデルでは特に重要な要素だ。この要素に着目する際は、解約につながる問題を一つ一つ解決する必要がある。
ユーザーのLTVを効率よく集計できるようになり、LTVの向上要素分析、可視化まて゛可能になった。具体的には、troccoを活用してデータ分析基盤に10年分のデータを入れてLTVの分析をしてみたところ、継続率に影響する変数として「初回利用の割引率」が重要であることが分かってきた。具体的には、初回利用の割引率を下げた方が2回目の利用率が高くなる傾向が分析から明らかになった。要するに、安売りをし過ぎるとかえって離脱を招くということになる。因果関係はまだ明確にはなっていないものの、確かに相関はあるので、手を打つには十分な発見といえる。
結果、初回利用時の割引率を変えることで、初回利用から2回目の利用への転換率を20%も改善することに成功した。
今後のデータ分析基盤活用に向けてもホワイトプラスは意欲的だ。「2回目以降の利用率を高めるための変数の探索には伸び代がありそう。分析はいくらでもできる。今後はなるべくビジネス課題とリンクさせながら進めていきたい」と森谷氏語る。以前であれば、自分たちでBigQueryへのデータを取り込まなくてはならないところだが、troccoにより大幅な効率化ができたことで、分析により多くの時間を割けるようになった。
また、データ分析基盤で使えるデータの種類が増えたことで、サービス体験の向上につながる施策も具体化した。新たな取り組みとして、モバイルアプリのログデータを収集し、アプリの使い勝手を改善することを既に検討している。
この他、ユーザーの行動履歴のような膨大なログデータを自動的に収集し、例えば「初回利用時にどんな衣類をクリーニングに出したか」といったことでクラスタリング分析を行い、ユーザーセグメントを抽出することも実施している。セグメントごとにどんな施策が効果的かが分かれば、さらなるLTV向上が期待できそうだ。
「今後も経営が重視するLTV向上につながる変数を探索するために基盤を活用し、さまざまな施策を実施していきたい」と森谷氏は語る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.