マツモトキヨシのデジタル戦略、オムニチャネルを加速し広告の世界をも変える「Matsukiyo Ads」もスタート

マツモトキヨシが生み出すデータが同社のビジネスのみならず、取引先であるメーカーのブランディング施策にまで貢献し始めている。同社が実践する最先端の取り組みについて幹部が語った。

» 2019年10月28日 07時00分 公開
[織茂洋介ITmedia マーケティング]

 小売業の中でもコンビニエンスストアやGMS(総合スーパー)と肩を並べるまでに成長しつつあるドラッグストア。中でもマツモトキヨシは特別な存在感を放つ。業界内の合従連衡が相次ぐ中で近年の同社は売上高での序列を下げていたが、2019年8月にココカラファインとの経営統合に向けた協議開始を発表。実現すれば再びトップの座に返り咲くことになるとみられる。

 そんなマツモトキヨシにとって、今後の成長エンジンとなりそうなのが、国内外およびオンライン/オフラインをも横断した大規模なデジタル基盤だ。マツモトキヨシが持つさまざまなチャネルが生み出すデータは今日、同社のビジネスのみならずメーカーのブランディング支援においても活用され始めているのだ。

 本稿では、2019年9月4日に開催された「インテージフォーラム 2019」におけるマツモトキヨシホールディングス執行役員の松田 崇氏の講演から、同社のデジタル領域における最新の取り組みについて紹介する。

マツモトキヨシホールディングスの松田 崇氏(執行役員 営業統括本部営業企画部長 兼 オンラインビジネスユニット シニアユニットマネージャー)

マツモトキヨシのデジタル化の歩み

 マツモトキヨシは1932年に現在の千葉県松戸市に「松本薬舗」として創業し、社名を変え扱う商材を増やしながらドラッグストアとして着々と地歩を固めてきた。1995年に売上高1017億円で業界1位になった頃からさらに成長を加速し、2018年の売上高は5589億円になっている。

 もっとも、成長しているのはマツモトキヨシだけではない。2013年から2018年までにドラッグストア市場は約121%に拡大している。そうした中、2016年にはマツモトキヨシは猛追するライバル企業に業界トップの座を明け渡し、現在に至っている。競争環境は厳しい。さらにその内実はといえば、店舗当たりの売上高が105%成長にとどまっていることから、店舗数の増大で成長を支えられているという側面もある。

 また、マツモトキヨシホールディングスとココカラファインの経営統合をはじめ業界再編の動きも活発だが、これは寡占化が進んでいるということでもある。2018年度の市場全体の売上高は上位10社で65%を占める。これらの傾向はしばらく続くとみられる。ライバルに取り残されないためには新たな市場を開拓する必要になる。そこで鍵になるのが「デジタル化」と「グローバル化」だ。

 マツモトキヨシでは国内外のあらゆるチャネルを横断する統合的なデジタル基盤への投資に注力している。2012〜2013年にかけてWebサイトの大規模リニューアルやLINE公式アカウントの開設を実現したのを皮切りに、2014年には公式モバイルアプリをリリースしてオムニチャネル化を本格化させた。

 このタイミングで免税対応も開始している。2015年にはタイへの初出店やアリババグループが運営する中国最大手ECモールのTmall(天猫国際)への出店、WeChatアカウント開設など、海外進出を強化した。

 デジタル化の取り組みで得た知見を、社内のみならず社外に提供する動きも生まれている。2016年には後ほど触れるようにメーカーの販促支援事業を開始した。2017年には新たなデータマイニングシステムを導入し、データ分析を高度化した。2019年現在では自社と外部データを組み合わせたマーケティングも始めている。

 マツモトキヨシでは従来、顧客管理の手段として会員カードを使ってきた。現在ではアプリ会員の獲得を進める一方でこの従来の会員情報をデジタル基盤に一元化することも進めている。オフラインとオンラインのデータベースを一つにすることで、チャネルを横断した深い顧客理解を進める狙いがある。

 今回、松田氏はその先で進む新たな試みとして、3つのことを紹介した。1つ目がワンツーワンマーケティングの実現、2つ目が自社商品の開発、3つ目がB2B事業、具体的にはメーカーのマーケティング支援だ。

マツモトキヨシの新たな価値創出を担うデジタル基盤の力

 従来の小売業ではもっぱら購買につながる店頭施策の最適化が求められてきた。しかし得られる情報が膨大になった今日においては、多くの顧客は来店前に何を買うかほぼ決めている。もしくはECで買い物を済ませて店に来ることさえないケースもあるだろう。

 そうであるならば、もっと積極的なコミュニケーションが必要になる。顧客が家や仕事場にいるとき、もしくは移動中にも顧客とつながり、一人の行動を認知から購買までチャネル横断で把握する必要がある。

 しかし、ここでチャネルごとにデータが分断していると、必要なタイミングで必要な情報を届けられなかったり、何度も重複した情報を届けてしまったりすることになる。

 マツモトキヨシでは現在、店舗とECを統合したデジタル会員情報を約380万も保有する。これにより、さまざまなチャネルにおける顧客の行動を統合的に把握し、必要に応じて最適なアプローチを取ることができる。さらに、データマイニングツールとインテージが提供する顧客DNA(同社のSCI:全国個人消費者パネル調査を基に導かれた顧客の価値観に関する情報)を活用して顧客を11のクラスタに分類し、より深い顧客理解を可能にしている。

 顧客ニーズが多様化する中、性別や年代などの属性で切った従来の分類は意味が薄れつつある。むしろ重要なのは、価値観に基づくマーケティングの実践だ。

 販促媒体の費用を抑える意味でもデジタル化は奏功する。マツモトキヨシでは紙のDMの一部をアプリのプッシュ通知などに置き換えたことで、2014年から2018年の間にコストを13%下げ、逆に売り上げを13%高めた。また、同社では2007年から2017年の10年間にチラシのコストを約3分の1まで削減しているが、売り上げは3倍に増えた。配布数を減らしてもターゲティングの精度が高まっているため、獲得効率が上がっているのだ。

自社商品開発

 購買データからはKBF(購買決定要因)を導き出すこともできる。これは商品開発に活用されている。マツモトキヨシは2017年12月にプライベートブランド「matsukiyo」でエナジードリンク「EXSTRONG ENERGY DRINK」を発売した。過去の購買データからエナジードリンクのKBFは活力系成分の含有量にあると分かっていた。そこで「EXSTRONG ENERGY DRINK」は、低価格でありながらカフェイン65mgという、売れ筋のエナジードリンクの約2倍に相当するストロング処方を打ち出した。結果、インスタ映えする鮮やかな液体の色味もあいまってSNSで「魔剤」として大きな話題となり、飛躍的に売り上げを伸ばしている。

ブランドマーケティング支援

 ドラッグストアで扱う消費財のマーケティングは従来、認知拡大の段階においてはメーカー主導で、購買促進の段階においては店舗主導で行われるのが普通だった。しかし、本来的には認知から購買促進まで一気通貫でコントロールできるのが理想だ。広告一つを取っても単に反応率の高い広告より購買につながる広告の方が望ましいのは言うまでもない。

 そこでマツモトキヨシでは、先述したようにデジタル基盤を活用して従来のマス広告を補完する新たな広告サービスを提供している。マツモトキヨシのデジタル基盤を活用して最適な広告を配信し、施策の目的と検証事項に応じて成果と課題を明らかにすることができるようになったのだ。

 同サービスは2016年の開始以来、年2倍のペースで受注を拡大させている。獲得効率やターゲティング精度、さらには購買寄与度まで可視化できる点が大きな特徴だ。松田氏によれば、これまでの実績では新規購入率で最大2倍、リピート率で再代役1.4倍という成果を挙げているという。

Matsukiyo Adsの挑戦

 松田氏が次なる挑戦として今回紹介したのが、Googleと共に2019年4月に開始した「Matsukiyo Ads」にだ。これはマツモトキヨシがメーカーと共同でGoogle広告(YouTube 動画広告、ディスプレイ広告、検索広告)に広告を出稿するサービスで、配信に際してマツモトキヨシのデジタル基盤を連携させることで、広告に接触した人が実際に来店したか、商品の購買につながったかといったことが検証できるようにしたものだ。

 男性化粧品を手掛けるマンダムが「ギャツビーボディペーパー」においてMatsukiyo Adsを活用した事例では、マツモトキヨシで対象商品を買った実績のある人の特徴をデータから抽出し、類似した特徴を持つGoogleユーザーに対して動画広告を配信した。ここで商品を訴求し、同時にそれを購買してもらうためにマツモトキヨシへの来店を促すのだ。

 この施策では、マツモトキヨシとのコラボ感を強調したクリエイティブでアクションを喚起し、視聴完了率、来店率、単価において他のYouTube広告施策と比較してこれまでにない良好な結果を得た。広告接触から購買に至ったアプリ会員は、アプリ会員数の4%と高い購買率を記録している。

 購買インパクトまで踏み込んだクリエイティブ評価ができるのも、Matsukiyo Adsの大きな強みだ。この施策では複数パターンのクリエイティブを用意し、それぞれの効果を計測した。

 今後は店内のデジタルサイネージを活用して店頭での想起を促すなどの応用も検討している。また、Googleが保有するID情報との連携でさらにターゲティングの精度を高めることも模索している。松田氏はさらに、同様のサービスをGoogle以外のプラットフォームとも実現させたい考えを示し、講演を終えた。

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