育つマーケターには何が必要で、周囲はどのように育成をサポートしていけばいいのか。アダストリア執行役員の久保田 夏彦氏とインサイトフォースの山口義宏氏が語り合った。
大手アパレルのアダストリアでマーケティング部門の責任者を務める久保田 夏彦氏は、エンジニアからマーケターへ転身した異色のキャリアの持ち主だ。
「グローバルワーク」「ニコアンド」など多数のブランドを擁するアダストリアは、巨大なシングルブランドである前職のナイキジャパンとはマーケティングの手法が異なる。組織におけるマーケターの立ち位置も違う。しかし、人材の成長と育成という観点でいえば、これが非常に可能性のある環境だと久保田氏は見ている。
育つマーケターには何が必要で、周囲はどのように育成をサポートしていけばいいのか。インサイトフォースの山口義宏氏と久保田氏が語り合った。
山口 この連載では、デジタル時代のマーケターの成長と育成について、それぞれ専門分野を極めたゲストの方にお聞きするという裏テーマを持っています。単刀直入に言って、育つマーケターと育たないマーケターを分けるものとは何で、育てるためにはどういう仕組みが必要か。久保田さんのお考えを教えていただけますか。
久保田 アパレルのマーケターについて言えば、まずスタート地点としてファッション知識は必要です。それにプラスして求められるのは、やはりデジタルの知識ですね。ソーシャルメディアをはじめとしたデジタルの知識がないと、今は戦えないと思います。これは、テレビCMを打てるような予算が大きいブランドでも、立ち上げたばかりの予算がないブランドでも同じです。移りゆくデジタルトレンドをちゃんとキャッチアップする必要がある。とはいえ、デジタルの世界は、プラットフォームの機能も、流行も、広告モデルも、展開するスピードがすごく速い世界です。現場に個別にキャッチさせるのは無理なので、僕の下にブランドデジタルチームを作りました。「何かあったらここに聞いて」という形で運用しています。
山口 社内コンサルのような形ですね。
久保田 また、大きなブランドについては、テスト的に事業部の中にもデジタルマーケティングの担当を置いています。広告費のうち8割がデジタルというブランドもありますから、そこのパフォーマンスを上げ、直営Webストアの[.st](ドットエスティ)でどうコンバージョンさせるか。一方で、デジタルでどうブランドを築くかという視点も必要です。また、下着ブランドの「ビジュリィ」のように、ほとんどECで売っている場合にはEC専売用のマーケティング戦略も必要になります。
山口 ブランドコミュニケーションと販促コミュニケーション両方の機能を持たないといけない。
久保田 それぞれを別の人が担当しているわけではないので、1人で2つ考える必要があります。ブランドによって最適なバランスは違いますが、マーケターとしては今日、例えばまずWebサイトの方のコンバージョンを上げて、外部からの流入を無理に引っ張ってこないといったステップを、自分で組めるようにならないといけない。
山口 集客を増やす前に受け皿となるWebサイトのコンバージョンを高めるチューニングが必要だというように、やるべきことの手順を分かっていないといけないですね。
久保田 穴の開いたバケツに水を入れてもしょうがないですからね。最低限、今やるべきことの定義とその手順、タイミングを、プランを見せたときに判断できるようになっていてほしいですよね。
山口 今の話はマーケティング投資の判断手順における基礎の1つと思いますが、こういう基本原則を知らないままリソースの無駄遣いをしてしまう人も少なくありません。基礎さえ知っていればヒットを打てるというわけではないですが、三振は減らせる。それができるマーケターを組織的にどう育てるかですね。直接的な教育施策はあるのでしょうか。
久保田 それを作りたいとは思っているのですが、まずは月に1回、マーケティングの現場の人を集めてプログラムを組んで、広告代理店の担当者も呼んで勉強会を始めました。また、「社内留学制度」を設けています。アダストリアでは事業部ごとにマーケティング担当がいるということは話しましたが、新しく入ってきた人には3カ月くらい、僕の下にあるブランドデジタルチームに席を置いてもらって、われわれの仕事を知ってもらいます。こちらの仕事をさせるわけではなく、ミーティングなどもブランド側で普通に出席してもらうのですが、顔を覚えてもらうことが重要なので。
山口 それは面白い取り組みですね。各事業部のマーケターが、久保田さんの下の専任チームの誰に何を相談すればいいのかを理解してもらうのですね。
久保田 レポーティングラインの壁をいかに越えるかというのは1つのテーマです。事業部の中にマーケターがいるのは、良い点と悪い点があります。まず良い点から言うと、事業のことをよく理解できることです。ブランドをとがったものにするにはどうしたらいいかというテーマに集中できる。一方で悪い点は、相談できる人がいないこと。
山口 周囲は皆、事業推進の当事者だからこそ、他ブランドのマーケティング施策の細部は見えにくいですからね。
久保田 自分のブランドに集中しつつ、チャネルを越えてマーケティングについて相談できる相手がいることは重要だし、それがないと新しい知見も得られません。ブランドの成長にはステージがあるという話をしましたが、人も一緒です。人それぞれのステージによって、必要な刺激や環境は違います。異動や転職でやってきて、いきなりどこかのブランドに置かれても、困りますよね。事業部が独自プログラムを持っていればいいのですが、なかなかそうはいきません。だから、勉強する仕組みが必要です。
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