還元率1%か、1.5%か──。一般カードの世界では、わずかな差が激しい競争を生む。だが、プレミアムカードの競争軸はまったく異なる場所にある。
ネットで何でも調べられ、予約サイトで比較検討も容易になった。自分でできることは増えた。だからこそ逆に、自分では手に入れられない価値への欲求が高まっている。予約困難な店の席、一般には公開されないイベント、専門家による手配……そうした体験を求める声は、コロナ禍を経てさらに強まったと堤氏は指摘する。
業界各社は、この「体験シフト」への対応を急いでいる。
旅行特典が人気の「Marriott Bonvoyアメリカン・エキスプレスプレミアム」は、8月に年会費4万9500円を8万2500円に大幅値上げし、既存ユーザーの間で物議を醸した。また、三井住友カードは9月、Visa最上位グレード「Infinite」を冠した新カードを年会費9万9000円で投入している。「抜群の経済価値」と「異次元の体験価値」の両立を掲げ、プライベートコンサートや特別ダイニングイベントを前面に打ち出す。
さらに象徴的なのが、8月に登場したJAL Luxury Cardだろう。年会費は最上位カードで59万9500円と、国内史上最高額である。航空会社までもが、富裕層の「体験消費」に本腰を入れ始めた。
こうした高価格路線に対し、JCBは異なる道を選ぶ。最上位のザ・クラスは年会費5万5000円のまま据え置いている。価格ではなく、独自のパートナーシップで差別化を図る構えだ。その具体策が、2025年に投入した4つの新サービスである。
4つの新サービスに共通するのは、「お得」から「特別」への軸足の移動だ。
第一弾となる「JCB スター・ダイニング by OMAKASE」は、ミシュランガイド公式パートナーである「OMAKASE」と提携し、国内1000店舗以上の予約困難店にアクセスできるグルメサービスだ。対象はゴールド以上の会員だ。
JCBには従来「グルメ・ベネフィット」という2人予約で1人無料になるサービスがあった。アメックス(アメリカン・エキスプレス)の「招待日和」やダイナースの「エグゼクティブ ダイニング」も同様の「1人無料」特典を提供している。割引率は高いが、対象店舗は約200店に限られ、2人以上での利用が条件となる。予約確定まで数日かかることも珍しくない。
新サービスは設計思想が異なる。割引は通常5%、キャンペーン時でも最大20%と控えめだが、1人から利用可能で、空席があればその場で予約が確定する。ザ・クラス会員には月額4980円相当の「プレミアムグリーン会員」機能が無料で付与され、数年先まで満席の人気店でも優先的な空席通知や特別枠を利用できるようになる。「1人無料」の派手さより、「行きたい店に行ける」という希少性を重視した設計だ。
JCBはユニバーサル・スタジオ・ジャパンのオフィシャル・マーケティング・パートナーとして、複数の特典を用意している。プラチナ以上の会員は「ザ・フライング・ダイナソー」施設内のJCBラウンジを年1回利用でき、さらに年間利用額500万円以上の会員には別枠で「パートナーラウンジ」への招待がある。加えて、一般客が帰った後のパークを会員だけで楽しめる貸切イベントも不定期で開催される。
JCBはディズニーランドにも会員専用ラウンジを持っている。1990年代から続くこのサービスは、当時「お金では買えない体験」の象徴としてザ・クラスの最大の訴求ポイントとなった。ただし現在は存在自体を非公開としている。USJは対照的にオープンに告知し、「目指したくなるブランド」として訴求する狙いがある。
抽選制ではあるが、「希少性のあるイベントはどうしてもキャパの問題がある」と堤氏は説明する。当選しなくても「いつか届くかもしれない」という期待感が、カード利用のモチベーションになるというわけだ。
第三弾となる「THE GINZA LOUNGE」は、銀座松屋に隣接して開設した専用ラウンジで、前年利用500万円以上のプラチナ会員やザ・クラスのユーザーが利用できる。空港ラウンジの混雑が問題になるなか、「行ったら入れない」というストレスを避けるため、スマホでリアルタイムの混雑状況を確認できる仕組みを導入した。予約は不要だが、混雑時は番号札で対応する。
単なる休憩スペースにとどまらない点も特徴だ。メタルカード(ザ・クラスの金属製カード、発行手数料3万3000円)保有者向けには、現代アートの鑑賞・購入イベントも開催された。「メタルカード保有者は通常のザ・クラス会員とも利用傾向が違う。それぞれの志向に合ったものを提供したい」と担当者は話す。カードの「素材」によって体験を差別化する試みである。
第四弾の「JCB Premium Stay Powered by HoteLux」は、世界4000以上のホテルで特別優待が受けられるサービスで、ゴールド以上が対象となる。ただし券種によって特典内容は大きく異なっている。
ゴールド会員には通常年会費349ドル(約5万円)相当のElite会員資格が無料で付与され、年間1万円分のホテルクーポンがつく。ザ・クラス会員には499ドル(約7万5000円)相当のElite Plus会員資格と、年間4万円分のクーポンが提供される。2人分の朝食無料、客室アップグレード、アーリーチェックイン、レイトチェックアウトといった特典も含まれる。
競合となるアメックスの「Fine Hotels&Resorts」(FHR)との違いは、ホテルチェーンのポイントとHoteLuxポイントの「二重取り」ができる点だ。一方、FHRはレイトチェックアウトが「午後4時まで確約」されるのに対し、HoteLuxは「空室状況による」。確実性を取るか、ポイント還元を取るかという選択になる。
担当者は「登録者数は想定以上。HoteLux側の担当者も『ここまで伸びるとは』と驚いていた」と手応えを語った。リリース記念キャンペーンでは、福岡のリッツ・カールトンのクラブアクセス無料特典が1週間で完売するなど、反応は上々だという。
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