ファイザーのコンテンツサプライチェーン変革 “コロナ禍で世界を救った”経験はどう生かされたのか?世界の革新的マーケティング戦略

新型コロナウイルスワクチンをいち早く完成させた製薬会社は、コンテンツサプライチェーンの最適化にどのように取り組んだのか。アドビのコンサルタントが解説します。

» 2024年10月09日 07時00分 公開
[橋本翔アドビ]

 ファイザー(Pfizer)は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンと治療薬を迅速に提供したことで得た教訓を基に、研究から製造、製品化に至るまで、組織全体のビジネスプロセスを再構築し、リスクと運用コストを削減しながら市場投入までの時間を短縮してきました。

 中でもビジネス上の重要課題の一つが、医薬品やワクチンに関する情報を必要とする患者や医師に届けるためのコンテンツサプライチェーンの最適化でした。

ファイザーのコンテンツサプライチェーン変革

 「今はファイザーの歴史の中でも刺激的な時期です。パンデミックの期間中、私たちは10億人以上の命に影響を与えました。今こそ、顧客、患者、医師、病院との関わり方を強化するときです。コンテンツはその変革の中心です」とデジタル担当シニアバイスプレジデントのジェーン・フォン・キルシュバッハ氏は述べています。

 製薬業界では、デジタルを駆使したコンテンツの提供およびエンゲージメントの向上を図る対象は実際に患者に対して薬の処方を判断する「医師」が中心であり、古くから多くの企業において医療関係者向けの会員サイトを運営してきました。この会員サイトの運営だけでも非常に多くのコンテンツが必要であり、自社の製品に関する最新の情報を適切な医療関係者へ届けることが重要です。さらに海外では、製薬会社から患者に対する情報発信を行うことで、患者自身の健康に関するリテラシーを向上させ、病気の予防や健康管理を推進することが重要とされています。これまで以上にコンテンツサプライチェーンの最適化とパーソナライゼーションの精度の向上が求められているのです。

 なお、今回のテーマであるコンテンツサプライチェーンとは、コンテンツの立案、制作、配信、分析を効率的に行うために、人材、ツール、ワークストリームをつなぎ合わせたものです。あらゆる企業がコンテンツサプライチェーンを有していますが、その多くは非効率的で資材やデータ、ワークフローが統合されていません。そのため、年々加速し続けるコンテンツの需要に対応することが困難になっています。コンテンツの需要は、ブランドや地域ごとのクリエイティブの制作や、よりパーソナライズされたコンテンツの生成が進むことで、今後1年間で5倍に増加すると予想されています。

 ファイザーは、アドビのコンテンツサプライチェーンソリューションを利用して全社規模の取り組みを展開しています。これにより、2024年に予定されている新しいワクチンや医薬品をサポートするブランドサイトを10以上も用意し、オンラインとオフラインのメディアを横断したマーケティングキャンペーンを展開するなど、コンテンツサプライチェーンの最適化を推進しています。

 ファイザーのデジタルおよびテクノロジー最高責任者のリディア・フォンセカは「クリエイティブなサプライチェーンをエンドツーエンドで一元化して最適化することで、リスクと運用コストを削減しながら市場投入までの時間を短縮します。目標は、世界中で当社の治療法とワクチンに対する認識をより迅速に高め、アクセスできるようにすることです。これは、がん患者がより良く長生きできるよう、次世代のがん治療の進歩を加速するという私たちの取り組みを裏付けています」と述べています。

コンテンツの作成時間を50%削減

 ファイザーは、国や製品部門全体でサイロ化されたツールとプロセスを、「Adobe Workfront」を用いて統合管理した上で、「Adobe Experience Manager」のスケーラブルなデジタルアセット管理(DAM)とコンテンツ管理システム(CMS)で統合された標準的なワークフローを構築しています。この統合により、ファイザーと代理店、MR、法務部門、管理部門など、あらゆるコンテンツ制作者や関係者が単一のコンテンツワークストリームを包括的に把握できるようになりました。こうすることで、クリエイティブアセットへのアクセスが向上し、アセットの再利用が促進され、コンテンツ制作の時間と投資が削減されます。また各アプリケーション間の緊密な統合により、ファイザーはコンテンツのガバナンス機能を強化しながら、コンテンツの作成、レビュー、配信のワークフローを効率化することができます。

 例えば、ファイザーの新製品が規制当局の承認を受けると、マーケティングチームはその発売をサポートするために必要なさまざまな情報資料を作成する責任を負います。Adobe Workfrontを利用することで、マーケティング担当者は資材の設計を担当する代理店とより効率的に連携できるようになり、特定の年齢層や病状に対する承認など、製品の重要な安全性情報に細心の注意が払われるようになりました。

 その後、クリエイティブアセットは、必要な医療、法律、規制 (MLR) のレビューとマーケティング関係者の承認のために自動的にルーティングされます。最終的なクリエイティブアセットには「使用承認済み」のマークが付けられ、Adobe Experience Manager Assetsにアップロードされます。ここで、診療所向けのパンフレット、詳細情報を求めてサインアップした患者へのメール、ソーシャルメディアのビデオキャンペーンなど、あらゆる種類のクリエイティブのために統合管理されたアセットに簡単にアクセスできます。

 また、ファイザーのマーケティングチームは、Adobe Experience Manager Sitesを利用して、これらのアセットをオウンドメディア上の魅力的なエクスペリエンスに迅速に変換することができます。「Edge Delivery Services」などのAdobe Experience Manager Sitesの最新のイノベーションにより、ファイザーは、開発者が共通のツールとフレームワークを使用してサイトを迅速に構築およびリリースできるようにして、Web開発プロセスを加速しました。

 コンテンツ制作の民主化という点では、ページ作成者は使い慣れた「Microsoft Word」を使用してページコンテンツを直接作成、編集、プレビューできるため、コンテンツのワークフローが簡素化され、全てのチームが自らコンテンツを作成できるようになります。このオーサリングと開発の機敏性は、製品の発売を迅速化するのに役立ち、ファイザーはわずか2カ月で10以上のブランドサイトをより迅速に稼働できるようになりました。

 これらのワークフロー管理の合理化により、ファイザーはマーケティングコンテンツの作成時間を50%以上削減することができ、マーケティングテクノロジーのROIが大幅に向上しました。

AIを活用したコンテンツ開発の加速

 ファイザーはまた、アドビが提供するAIを活用することで、より高速かつスマートにコンテンツを作成できるようにすることを検討しています。コンテンツを再利用してチャネル全体でコンテンツを迅速に作成するだけでなく、これらの機能を使用して、最初のドラフトコンテンツの生成を加速し、レビューと承認のプロセスの合理化を図ります。

 「私たちは『Adobe Express』に統合された『Adobe Firefly』を使用して、当社のマーケティングチームが生成AIを使用して魅力的でパーソナライズされたコンテンツをより迅速にアイデア作成できるようにすることを検討しています」とファイザーのグローバル最高マーケティング責任者のドリュー・パナイオトゥ氏は述べています。

 クリエイティブ担当者やマーケターは、生成AIを使用することで、シンプルなテキストプロンプトを使用してコンテンツの立案と制作を行ったり、コンテンツのバリエーションを自動生成し、画像を作成、更新、再構成、複製したりと、クリエイティブなアイデアの立案とコンテンツ制作を加速することができます。

コンテンツサプライチェーンの変革とパーソナライズの強化

 製薬業界に限らず、多くの企業において、コンテンツサプライチェーンは効率化が進んでおらず、ワークフローやチーム、システムがバラバラで横断的に連携できていないのが実情です。

 その上、今日の不確実で絶えず変化するビジネス環境においては、企業は投資を最適化し、最大化することを求めており、ROIを重視した上で、パーソナライズされた魅力的なコンテンツを提供することの必要性が高まっています。

 今日では、どの企業においても、あらゆるタッチポイントにおいて一貫したシームレスな体験の提供が求められています。マーケティングキャンペーンやパーソナライズされた顧客体験に利用するコンテンツを提供するため、エンドツーエンドのビジネスプロセスであるコンテンツサプライチェーンを加速する仕組みづくりは急務と言えます。

 前出のフォンセカ氏は「ファイザーは、175年以上にわたり医療分野における画期的な進歩を支えてきました。デジタルとAIの革新により、当社は、救急に役立つ医薬品やワクチンに関するこれまで以上に関連性の高い情報を、患者や医師が必要なときに必要な方法で提供できるようになりました。アドビとのパートナーシップを通じて、私たちはコンテンツサプライチェーンを変革し、チームがより良く、より速く、よりパーソナライズされた情報を作成できるよう支援しています」と述べています。

寄稿者紹介

橋本翔

はしもと・しょう アドビ プロフェッショナルサービス事業本部 ビジネスコンサルティング本部 プリンシパルビジネスコンサルタント。国内大手ICTサービス事業会社を経て2019年にアドビシステムズ(当時)に入社。「Adobe Experience Cloud」をフル活用したWeb解析、パーソナライゼーション、AI/MLの活用推進などのコンサルティング業務に従事している。

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