「ファッションテック」から「3密回避」まで データによる価値創造と課題解決の考え方ルグラン泉浩人氏に聞く(2/2 ページ)

» 2020年11月25日 08時00分 公開
[野本纏花ITmedia]
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デジタルサイネージで広がるTNQL APIの活用

 消費者の行動はその日の天気から大きく影響を受ける。そうであれば、TNQL APIの活用をWebサイトやアプリだけに限定する必要はない。リアル店舗に置いても、その時々に需要が見込まれる商品やサービスを来店客に対して積極的に薦めていきたいところだ。そこで2020年10月に発表したのが「気象連動型デジタルサイネージ」だ。

 最初の導入企業は三井ショッピングパーク。同社が運営するららぽーとTOKYO-BAYの南館1階において、店内に設置されたデジタルサイネージ上で翌日の天気に連動したお薦めアイテムやショップのレコメンド運用を1カ月間実施した。デジタルサイネージの上部には、その日の天気(晴れ/曇り、小雨、雨の3パターン)によって、おすすめのコーディネートをイラストで表示したTNQLのコンテンツを表示している。下部には、実際に販売されている、そのコーディネートに近い商品を表示し、販売促進につなげた。

 ららぽーとの例では次の日の天気に合わせたお薦めを紹介していたが、活用する気象データは当日分でも、次の週末の予報でも構わない。また、過去の売り上げデータや来店データをAIに学習させることで、レコメンドの精度を上げていくこともできる。

ららぽーとTOKYO-BAYにおける「気象連動型デジタルサイネージ」の利用例
最新の天気に合わせてお薦めのコーディネートやテナント、店舗紹介、お薦め商品情報を表示。上部にはTNQL以外のコンテンツを表示させることもできる

集客難に悩む店舗に「二酸化炭素濃度測定」

 デジタルサイネージへの展開が進んだのは、もともとHALEXがデジタルサイネージにコンテンツを配信する複数の企業に対して気象データを提供していたという背景もある。それらの企業にTNQL APIの導入提案を進める中で、泉氏はコロナ禍でデジタルサイネージ設置企業の多くが集客難に陥っていることを知った。

 2020年4月の緊急事態宣言に伴い、多くの商業施設や飲食店は営業の自粛を余儀なくされた。そして宣言解除後も客足が十分に戻っていないケースは多い。感染拡大が収まらない中で来店への不安を払拭するためには、適切な衛生対策とその可視化が一つの鍵となる。

 そこで着手したのが、IoTセンサーの設置による店舗・施設における空気中の二酸化炭素濃度測定の実証実験だ。飲食店や美容室、クリニック、スタジオなどいわゆる3密(密集、密接、密閉)になりそうなイメージを持たれている施設に二酸化炭素を測定できるIoTセンサーを導入してもらい、室内環境や換気の状況を解析・可視化して、店舗や施設のオーナーが適切な対策を取れるようにするのが狙いだ。また、対応状況についてデジタルサイネージやWebサイト、アプリなどを通じて情報発信を積極的にすることで、消費者は対応済みの店舗に安心して訪れることができるようになる。

 コロナ対策のためとはいえ、これから冬を迎える日本では、扉や窓を全開にして外気を取り込み続けるのは現実的ではない。たとえ定期的に換気を行うルールを設けていたとしても「寒いから閉めろ」と客から言われれば、従わざるを得ないこともあるだろう。しかし、実際に二酸化炭素の濃度が800〜1000ppmの閾値を超えて3密になっていることが顧客の目にも明らかとなれば、どうだろうか。客観的なデータを基に換気していることが分かれば、納得感を持って多少の寒さは我慢しようという気持ちになるのではないだろうか。

IOTセンサーを活用した3密回避ソリューション「seeO2now」の概要

「小さな店だから密になる」は必ずしも正しくない

 これまでの実証実験を通じて、幾つか想定外の興味深い事実も浮かび上がってきた。

 「例えば小さなお店は『密になりそう』というイメージで敬遠されがちですが、実験結果を見てみると、ビストロや焼鳥店では意外にも小規模店の方が、室内環境は良好に保たれていることが分かりました。客席が換気扇のある厨房と近く、二酸化炭素の濃度が全く上がらないからです」(泉氏)

 実証実験は東京都と愛媛県の約20カ所の店舗・施設で行われ、11月末からの本格的なサービス展開を目指している。目に見えない室内環境や換気状況を可視化することは、安心感を与えて顧客体験を高めると同時に、不当な風評被害を受けている事業主を救うことにもつながりそうだ。

 多くの店舗経営者にとって目下の課題はコロナ対策だが、泉氏は「行動データ×気象データ」によって生み出せる価値は、まだまだあると見ている。「人感センサーなど他のセンサーから取得したデータも活用すれば、来店予測の精度を上げることもできるだろうし、人員配置や仕入れに生かしてコスト削減につなげることもできるはずです。分析材料が増えれば増えるほど、データ活用の幅は広がっていきます」(泉氏)

 ルグランでは2021年初めのリリースを目標に、「気象連動型広告配信システム」も開発中だ。これはGoogleのリスティング広告「AdWords」やFacebook広告、Instagram広告のクリエイティブを天気に合わせて差し替えるものであり、世界でもほとんど例のない取り組みになるという。

 一口に「気象データ活用」といっても、その在り方は多岐にわたる。データが持つ価値を再発見して優れたUXを掛け合わせることで、さまざまな課題を解決して新たな市場を創造することにつながるのだ。

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