長崎県南島原市は現在、市の自治体Facebookアカウントでは国内最多となる9万3000ものファンを持つ。有名なゆるキャラがいるわけでもない同市のFacebookページがなぜ日本一になることができたのか。同市秘書広報課の伊藤剛氏に話を聞いた。
「いいね!鳥取」のファンは4万9000、「沖縄離島ガイドプロジェクト おくなわ」は2万8000、AKB48篠田麻里子さんがPRした「福岡市カワイイ区」は1万3000、「武雄市役所」は2万、熊本県のマスコット「くまモン」は8万強……これが著名な自治体が運営するおおよそのFacebookのファン数だ。これらに対し、たった半年で現在9万3000もの「いいね!」(2013年1月)を獲得、自治体が運営するFacebookページのファン数で1位を獲得したのは、人口5万人の南島原市だ。
Facebookページのタイトルは、「撮ってくれんね!南島原コンテスト」という。同コンテストは長崎県南島原市の魅力を写した写真や動画を紹介するという企画だ。応募サイトへ作品をアップロードするか、メールで作品を送付するとコンテストに参加できる。市民や旅行者を中心に月に一度の賞を目指し、多い時で200件を超える応募がある。アカウントは2〜3日に1回、印象的な作品をFacebook上で紹介する。2012年7月から2013年1月までの半年で、のべ1000件以上の応募があった。
行政が中心となる観光PR企画の場合、芸能人や地元の著名アナウンサーを起用した映像製作などソフト面に注力しがちである。だがこの企画は「たくさんの人に参加してもらいつつ、南島原の魅力を知ってもらうこと」を目的に行われた。また、南島原市は「市のPR映像のDVDを作っても、それを配る方法や見てもらえる方法がない。YouTubeに映像をアップするだけでは誰も見てくれない」という悩みを抱えていた。そこで市は南島原市出身の映像作家 永川優樹氏をこのコンテストの審査員として起用し、アドバイスを受けながらコンテストの運営にあたることを決めた。
永川氏は大手広告代理店から独立後、世界中の街を旅しながら撮影をし、YouTubeで公開する、というスタイルで有名になった映像作家だ。撮影旅行の途中、制作過程をTwitterやFacebookで公開することで、ファンを増やしていった。撮影した映像はそのファンの口コミによって再生数が伸びていき、のべ1600万回以上再生されるヒットコンテンツとなった。こういった経緯からプロモーションを行う際は「制作過程をシェアしつつ、コアなファンを増やすことが重要」という、ソーシャルメディアの特有のコツをつかんだという。
「まずはファンを獲得すること」――南島原のファンを獲得するにあたって永川氏が目を付けたのは、南島原市長のFacebookアカウントだった。市長が南島原市の風景や、イベントの写真をFacebook ページに投稿すると数百の「いいね!」が集まり、コメント欄は市民や市の出身者のメッセージでいっぱいになった。熱心な人のアカウントをたどると美しい写真で南島原が紹介されていた。永川氏は「この機運を大切に育てると、多くのファンが集まる」と市にアドバイスした。このような状況から「撮ってくれんね!南島原コンテスト」は企画され、実施が決まった。
企画は2012年7月にスタートしたが、最初から上手く運営できたわけではない。企画の開始当初は写真のクオリティの低さや応募数の少なさなどにより、Facebookで写真を投稿しても、「いいね!」はなかなか集まらなかった。しかし、1枚の棚田の写真に3000を超える「いいね!」が集まったことを転機に、応募数と作品の質が共に向上していった。「レベルの高い写真コンテストに出品している、ということで応募者のモチベーションが一気に上がったのだと思う」(伊藤氏)。投稿者が切磋琢磨した結果、よい作品があつまり、Facebookのファンはどんどん増えていった。
成功のポイントとなったのは「南島原を誇れる写真のみを掲載する」という運営方針を貫いた点だ。市役所の企画ということもあり、「市民からせっかく応募があった写真を載せなくていいのか」「求めるレベルが高すぎる。普通の人も応募できる一般枠も作った方がいい」などの意見が内外から出て、運営方針に疑問を持たれることもあった。しかし、運営方針は曲げなかった。応募のあった写真を全て掲載すれば、一時は市民の関心が得られるかもしれない。しかし、それは長期的な視点で見た南島原のイメージとしてふさわしいのだろうか? 自問自答しながらも掲載作品を厳選し、2〜3日に1度という掲載ペースを続けた。「なるべく多くのユーザーが参加」「コンテンツ更新頻度を上げることが重要」などをソーシャルメディアアカウント運営のセオリーとする企業も多い中、数は少なくともシェアされやすい「ビッグコンテンツ」のみの掲載を継続した点がユニークな点だ。
「いままで知られていなかった素晴らしい景観が発掘された」ことも企画が成功した要因の1つだという。主要な産業が農業だという、ごくごく普通の市町村である南島原において、コンテストを通して今まで違った視点が集まり、素晴らしい景色が多く見つかったことが意外な収穫だった。Facebookで紹介した景観は、運営担当者にとっても、新鮮に映ったものがあったほどだ。
特に棚田をはじめとした南島原市の田園風景の写真投稿には、世界遺産として棚田を持つフィリピンやインドネシアなど海外のFacebookユーザーからも「私の地元と同じ風景だ!」「行ってみたい」などとコメントもされることも多く、たくさんの海外ユーザーをファンにすることができた。こうした海外ユーザーを意識し、Facebookの翻訳機能が使える短文での投稿を心がけた点も、投稿がシェアされやすくなった要因ではないかという。「地元の人からは見慣れた風景やイベントが外部の人からは新鮮に映り、観光や感動の対象にもなり得る」(永川氏)。自分の町に観光資源がないと考えている市町村にとっては重要な指摘なのかもしれない。
企画は成功し、実際に観光客も増えた。農業、漁業を営む市民の家に泊まることのできる民泊の予約者は2012年、3000人程度だったが、2013年には約6000人にものぼる。また、同コンテストの動画で紹介したことのある市内のそうめん店は、年間の来客数が2011年の約6000人から2012年は1万2000人程度に倍増したという。宮崎県や諫早市から南島原に来訪し、毎週作品を撮りに通ってくれる人もいる。東京や大阪からだけではなく、南島原市周辺から観光客を呼びこむことに成功している点も興味深い。
2013年度も同企画は続行し、今回のコンテストで得たファンに対して農産物の販売や観光情報の発信などを検討している。例えば、写真で紹介した棚田の米がそのまま買えるなどの取り組みだ。このような「ソーシャルコマース」の取り組みにより、米が売れたという事例ができれば、全国的に問題となっている「耕作放棄農地」を減らすことができるかもしれない。「市民みんなで手に入れた9万超もの南島原ファンというコミュニケーション資産を、経済効果と地域再生という形で市民に活用してもらいたい」と伊藤氏は話している。
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