Adobeの年次イベント「Adobe Summit 2024」の基調講演から、生成Aiを前面に打ち出した同社の顧客体験管理ソリューションの最新アップデートに付いて詳しく紹介する。
2024年3月26〜28日(現地時間)、Adobeは米ラスベガスで年次イベント「Adobe Summit 2024」を開催した。2024年のテーマは「AI時代の顧客体験管理(CXM)」。初日の基調講演は生成AIを前面に打ち出したものになった。
Adobeの生成AI戦略は、過去10年以上にわたりAIを製品に統合してきた経験に基づくものだ。
生成AIテクノロジーを「データ」「モデル」「アプリケーション&インターフェース」で構成されるスタックと捉えられる。最近では動画を生成するOpenAIの「Sora」やAnthropicの「Claude 3」など、話題の焦点はモデルに当たるが、モデル自体はどんなに優れていても、単独ではその能力を発揮することはできない。そのモデルがビジネスで活用されるためには、ユーザーが普段使うアプリケーションに組み込み、適切なデータを参照して正確な回答を返す仕組みを整えなくてはならない。
また、ユーザーが求める仕組みは、特定のテクノロジーベンダーが単独で実現できるものではない。Adobeはそれぞれのレイヤーで市場をリードする製品ポートフォリオを持つが、Microsoft、OpenAI、Google Cloud、IBMなどのパートナーと共にテクノロジースタックを包括するエコシステム全体で、企業が求めるニーズに対応していくアプローチを選択した。これはユーザーの業務に分断が生じないようにするためでもある。
冒頭に登壇したAdobe会長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏は、レイヤーごとに「責任を持ったデータ活用」「カテゴリーをリードする基盤モデルの構築と戦略的提携」「業界をリードするアプリケーションとワークフローとの深い統合」の方針で生成AI実装を進めることを表明した。
生成AIから価値を引き出すには、日常的なタスクやワークフローにどれだけうまくテクノロジーを統合できるかにかかっている。キャンペーン計画でのアイデア出しから次のキャンペーン計画に役立つインサイトを得るところまで、企業のエンドツーエンドのプロセスの加速と生産性向上を実現することに重点的に取り組む構想をAdobeは描いている。
Adobeの問題意識は「コンテンツサプライチェーン」にある。コンテンツサプライチェーンとは、コンテンツの立案、制作、配信、分析を効率的に行うために人材、ツール、ワークストリームをつなぎ合わせたものだ。
Adobeが実施した最近の調査結果によれば、90%の組織が計画から効果測定に至るコンテンツライフサイクル全体を通して、困難に直面している。「Personalization at Scale」つまり大規模なパーソナライゼーションは実践がとても難しい。
アドビのデジタルエクスペリエンス事業担当プレジデントであるアニール・チャクラヴァーシー氏は、困難の背景にある要因として、以下の3つを挙げた。
現状を改めてビジネス価値創出の鍵を握るのが、コンテンツサプライチェーンの整備だ。チャクラヴァーシー氏は、コンテンツサプライチェーンを構成する要素として「ワークフローとプランニング」「制作とプロダクション」「アセット管理」「配信とアクティベーション」「インサイトとレポーティング」の5つを挙げた。
図2の中心に一本線を引いたとき、左半分がクリエイティブチームの業務、右半分がマーケティングチームの業務と見ることもできるだろう。
図1で示した3つのレイヤーの上から2つ目に位置するモデルに関しては、大きなアップデートがあった。「Adobe Firefly」はAdobeが独自に開発した基盤モデルのファミリーブランドで、2023年3月末時点では画像生成の「Firefly Image 2 Model」、ベクター生成の「Firefly Vector Model」、デザイン生成の「Firefly Design Model」という3つが利用できる。ユーザーはどのモデルが自分のやりたいことに適しているかを意識することなく、普段のアプリケーションから生成AIで強化された機能を利用できる。アドビ デジタルメディア事業担当プレジデントのデイビッド・ワドワーニ氏によれば、2024年後半には音声、動画、3Dモデルを生成するモデルを市場に投入する予定だ。
Fireflyは、プロンプトに入力したテキストから高品質のコンテンツを生成するだけでなく、商業的に安全に使用できるように設計されているのが大きな特徴だ。また、「Adobe Photoshop」や「Adobe Illustrator」に代表される「Adobe Creative Cloud」アプリケーションにネイティブ統合されている。一つのアセットを製品、地域、言語、デモグラフィックなどの観点を考慮して、ごく短時間で数千ものバリエーションに展開するような作業が、Fireflyの得意とするところだ。今のマーケティングチームは、少ない予算で成果を出さなくてはならないため、このような費用対効果を高める効率化は組織に歓迎されるだろう。
「2023年が楽しい1年だったことに誰もが同意するだろう。2024年は生成AIを遊び場所から本番環境に持ち込む年になる」とワドワーニ氏は語り、次の段階を見越して開発した「Adobe Firefly Custom Models」と「Adobe Firefly Services」の2つの新機能を紹介した。
前者はデータのプライバシーとセキュリティが保たれた環境で自社のクリエイティブアセットを使って基盤モデルのファインチューニングを行い、出力結果をコントロールするための機能だ。ブランドコンテンツの制作で生成AIを使おうとしても、プロンプトを工夫するだけでは人間が思い描くクリエイティブは得られない。ロゴ、色、文字のスタイル、レイアウトなど、ブランドの意匠要素に関する情報を集めたデザインガイドラインで、あらかじめ基盤モデルをトレーニングしておくことで、よりブランドらしさを反映したクリエイティブをスピーディーに制作できる。
Custom Modelsで制作したクリエイティブをAdobe Creative Cloudの各アプリケーションや「Adobe Express」から簡単にアクセスできる仕組みがFirefly Servicesだ。これを使うことで、AIが制作したコンテンツにクリエイターやマーケターが自分たちの環境からアクセスするためのREST APIセットを提供する。クリエイティブチームとマーケターの協働が進み、アイデア生成からキャンペーン展開までのスピードが改善することも期待できる。
Custom ModelsとFirefly Servicesは、大規模パーソナライゼーションのボトルネックになっていた「制作とプロダクション」のプロセスを大きく改善することになりそうだ。
冨永裕子
とみなが・ゆうこ フリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタント。2つのIT調査会社でエンタープライズIT分野におけるソフトウェア分野の調査プロジェクトを担当する。その傍ら、ITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトも経験する。新興領域、テクノロジーとビジネスのギャップを埋めることに関心あり。
(取材協力:アドビ)
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