松永 この環境変化に接している星野さんは、現在アバナードでどんなことに取り組んでいますか。
星野 2020年の5月にアバナードは、「!nnovate(イノベート)」というメイカソンイベントを社内で実施しました。ここでは5人のチームを複数作り、一定期間内にある社会課題を解決するソリューションを考えました。ここまでで終われば通常のハッカソンですが、メイカソンですから、その先のアプリケーション開発とデモでの紹介から評価まで行います。今回はこれらの全てをリモートで実施しました。この経験から、現場が自分たちの取り組みにオーナーシップを持つことが大事だと、あらためて認識しました。チームが自律的に動き始めていて、カルチャーイノベーションが起きていると感じます。近い将来にはこの活動を露出していきたい。社内の自律的な活動が社外に広がればと思います。
松永 この活動には単なる社内ハッカソンに止まらない、重要なメッセージが込められていると思います。既存の事業部の枠を超えたチームコミュニケーションが確立できたことに加え、何より素晴らしいのは企業を率いる社長がこの活動を全面的に応援していることです。これは簡単そうで難しい。社長が耳を傾けてくれていると分かれば現場のモチベーションは高まり、自律性が生まれる。コンテンツサプライチェーンでも同じことが言えそうですが、自由度を高めると同時にガバナンスを利かせるには何が必要になると思いますか。
星野 メイカソンにした理由と関係しますが、課題を解決するには、アイデアの企画で終わらず、実際に動くものができるまでやり切ることが重要です。今回のメイカソンでは、営業、デザイナー、エンジニアなど、さまざまな人たちでチームを作りました。それぞれがアイデアを出し、多くの人たちへのインタビューを実施し、成果が出せそうかを確認しながら進める仕組みができました。面白いことに、そのアプリケーションを社内で実際に使ってもらっての評判はとても良いです。コンテンツサプライチェーンにこのやり方を応用する場合、取り組みの規模が大きくなるほど、制作担当と公開担当の間にギャップが出てくる可能性があります。その際、ガバナンスを利かせるために重要になるのは、制作者の考えを共有することでしょう。そのサポートができるのが最新テクノロジーだと思います。
松永 そもそもコンテンツサプライチェーンにムダが発生するのは、事業部単位での壁があるからです。事業部間のコミュニケーションが成り立っていない。事業部横断でつながるまめには、コミュニケーションのやり方もそのものから変えないといけません。今のメール主体のコミュニケーションでは不十分です。新たに別のコミュニケーションツールを使う必要があります。コミュニケーションが変われば、ムダを省くことにもなります。社内にはいろいろな人が時間をかけて作ったコンテンツがあるのに、別の部門や支店などで、同じようなコンテンツの制作が並行して走っているのはムダなことです。新しい商品を世の中に出すときには、いろいろな部署がアイデアを出し合って協働しながら進めてきたというストーリー自体をコンテンツに盛り込んで広く知らしめることが購買の動機付けになるでしょう。このような変革に取り組む企業を今後アバナードとしてどう支援していきますか。
星野 アバナードはテクノロジーを使ったモノ作りを実現することを強みとしている会社です。私自身は「モノづくりで重要なのはプラットフォーム」と一貫して主張してきました。コンテンツサプライチェーンも同じで、民主化とガバナンスが両立する仕組みづくりの裏側を支えるのはプラットフォームになると思います。プラットフォームを社内のさまざまなシステムとつなぎ、ビジネスプロセスを再定義し、運用に移す。この変革の一連の流れで、アバナードはクライアントを支援していきます。そして、クライアントの変革だけでなく、アバナード自身も変わりたいと願っています。イノベーションは組織全体で「自分ごと」として取り組む総力戦です。「!nnovate」でのカルチャーイノベーションの取り組みを他の企業とも一緒に体験し、私たちの変革に有用なインスピレーションを得て、アバナードのカルチャーを変える。クライアントと共に歩む変革を進めていきたいですね。
松永 初回の得丸さん、第2回の阿部さん、そして今回の星野さんと3回の対談の中でいろいろな話をしましたが、日本企業は早急にデジタル変革に着手する必要があると、あらためて思いました。日本においてデジタルがすでに主戦場であるというこの現状を理解している企業がどれだけあることかと考えると心配になります。強い会社になるにはテクノロジー企業との付き合い方も見直してほしい。もうどこに頼むかを決めるのにRFPを出して提案内容を比較する時代ではありません。一緒に今の組織、ビジネスプロセス、テクノロジーを変えるテクノロジーパートナーを迎え、変革に取り組んでほしいと思います。
コンテンツ制作から配信までのプロセスで、意外に時間がかかるのが素材を「作る、探す、使う」という作業です。Webサイトで情報収集をしていると、「著作権を無視した画像を使ったソーシャル投稿」や「顧客名が入った提案資料を抜粋したブログ記事」など、企業としてのガバナンスが全く利いていない例を時々目にします。ガバナンスが有効でなければ、アップデートに伴うバージョン管理の煩雑さの問題や、別の部署が作ったコンテンツの素材を再利用していいのかという不安を解消することはできません。グローバルでコンテンツサプライチェーンを構築する場合、現場の自由を認める民主化だけでなくガバナンスの強化が必要だと、あらためて認識した次第です。
安部知雄
サイトコア執行役員 シニアマーケティングディレクター。国内大手鉄鋼メーカーで世界各国への機械販売に従事。世界市場におけるマーケティング力やコミュニケーション力の重要性を再認識し、マーケティングコミュニケーションエージェンシーへと転職。外資系企業の日本参入を多数支援し、クリックテック・ジャパン立ち上げにも携わる。2016年5月サイトコア入社。2019年9月より現職。
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