藤田 晋社長がAbemaTVに挑む背景 広告業界における「一番クリティカルな問題」とは?毎年200億円赤字でもやり続ける理由(1/2 ページ)

「何を言われても執念深く最後までやり切ろうと思っている」。藤田 晋社長は広告代理店向け事業戦略発表会「AbemaTV Ads CONFERENCE 2019」で力強く語った。

» 2019年05月27日 08時00分 公開
[織茂洋介ITmedia マーケティング]

 サイバーエージェント連結子会社でインターネットテレビ局「AbemaTV(アベマティーヴィー)」を運営するAbemaTVは2019年5月24日、「AbemaTV Ads CONFERENCE 2019」を開催。代表取締役社長の藤田 晋氏も登壇し、主に広告代理店向けに事業の進捗(しんちょく)と広告展開の最新事例、今後の戦略について説明した。

藤田氏 AbemaTV代表取締役社長の藤田 晋氏

ビジネスモデルが成立する最低ラインは達成が見えた

 「無料で楽しめるインターネットテレビ局」として2016年4月にテレビ朝日との共同出資で設立して3年、AbemaTVはニュースや音楽、アニメ、スポーツ、ドラマ、恋リア(恋愛リアリティーショー)など約20チャンネルでさまざまな番組を提供してきた。元SMAPメンバーらによる「72時間ホンネテレビ」など企画自体の話題性にも定評があり、直近でも「那須川天心にボクシングで勝ったら1000万円」や「蒼井そら出産当日アジア同時生中継〜Welcome to the world, Sola's baby〜」などが大きな反響を呼んでいる。

 しかし、新興メディアとして独自のポジションを築いている一方で、コンテンツ拡充のための先行投資は負担が重い。AbemaTV事業に関わる営業損失は2017年に209億円、2018年に208憶円を計上しており、2019年も200億円を超える赤字になる見通しだ。

 藤田氏は「『AbemaTVどうなの?』というのは日常的に聞かれるが、本当に答えづらい質問。『絶好調です』と言えば見通しの甘いベンチャー経営者のようになってしまうが、まあまあちゃんと伸びていると認識している」と語る。

 開局から3年でアプリのダウンロード数は4000万を突破した。WAU(週間アクティブユーザー数)も900万を超えるようになり、「ビジネスモデルが成立する最低ラインはWAU1000万」と、サービス開始当初から藤田氏が公言してきた水準に近づいている。

 サイバーエージェントで長い間インターネット広告を手掛けてきた藤田氏がこの数字にこだわるのは「たくさんの人が見るメディアで大型の広告商品を作らなければ広告ビジネスは成立しない」という信念からだ。AbemaTVがインターネットをベースにしつつも自らを「テレビ局」と位置付ける理由の1つがここにある。

 MAU(月間アクティブユーザー数)はWAUの倍となる約1900万。フラーが提供するアプリ分析ツール「App Ape」を用いた分析では、プロコンテンツを提供する主要な動画配信サービスの中でトップの座を占める。特に広告モデルのサービスとしては他社に大きく水をあけている。

テレビを見ない若年層が見るテレビに

 AbemaTVのユーザー比率は男性が57%で女性が43%。18〜34歳が57%を占める。データに表れない18歳未満まで含めればさらに若年層の比率は上がるだろう。ここはもともとターゲットとして狙っていたところで、インターネットには触れるがテレビはあまり見ない「ローテレ」層と呼ばれる人々を多く含有すると考えられる。

 サービスを開始した当初と想定が違っているのは、オンデマンド視聴の「Abemaビデオ」が伸びていることだ。AbemaTVは通常のテレビ同様のリニア視聴(番組編成通りにリアルタイムで視聴)を基本としており、2017年にはオンデマンド視聴は12%にとどまっていた。しかし、2018年にはそれが32%にまで伸びている。今後はこれに対応して、オンデマンド市場での広告商品も開発していく。

大手広告代理店と「満を持して」協業

 有料課金の他に放送外収入としてショッピングや公営ギャンブルなどさまざまな収益化手法を模索するAbemaTVだが、やはり柱となるのは広告収入だ。後述するようにCM配信やタイアップ企画など、さまざまな広告商品を開発し、テレビCMを出稿するような、いわゆるナショナルクライアントを着々と獲得している。

 2018年度の売上高は63億円。2019年は倍程度の成長を見込んでいる。年200億円の先行投資に対しては焼け石に水でしかないが、一定の手応えは感じている。そこで満を持して仕掛けたのが、2018年10月の電通および博報堂DYメディアパートナーズとの資本業務提携だ。

 「インターネットテレビはいろいろなところが投資しているが、なかなか形にならない。ある程度の成功を収めて無視できない存在になってから協力していただいた方が本腰を入れてもらえるだろうと考え、タイミングを待ってお声掛けした」と藤田氏は語る。

インターネットにブランド広告主が出稿できる場を

 テレビ朝日とのタッグで質の高いコンテンツを安定的に提供する一方で、テレビの世界のビジネスを知り尽くした大手広告代理店と協業して大型の広告商品を販売しようと模索するAbemaTV。「テレビを完全にネット上に再現する」というチャレンジの裏には、藤田氏が考える「広告業界における一番クリティカルな問題」がある。

 「テレビ広告が何割インターネットに移ればこれだけの市場ができるとアナリストは言うけれど、実際にはブランド広告主がブランド力を上げるために出せる広告枠がインターネットには非常に少ない。現状、大型の広告商品を作り上げているのはCGM(消費者が生成するメディア)であり、コンテンツがコントロールできない状況。広告主が安心して出せる広告商品を作りたいという思いがあった」(藤田氏)

 インターネット広告はターゲットが絞れるメリットがあるが、スケールしにくい。また、近年問題となっているブランドセーフティーの問題が深刻だ。効率よくターゲットにリーチできたはいいが、ろくでもないコンテンツに広告を掲出してかえってブランドの信頼を失ってしまうようなことがあれば本末転倒だ。プロが制作する良質なコンテンツで大きなリーチを獲得できるという点で、テレビはまだまだ強い。そこにインターネットならではの優位性を組み込むことができれば、新しい大きな市場が開拓できるというわけだ。

 目指すところは明快だが、テレビをそのままインターネットに持ってくるというのが並大抵のことでないのは言うまでもない。それでも「もう何を言われても腹を決めてやり切るつもりでいる」と、藤田氏の覚悟は揺るぎない。

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