SmartHR宮田昇始氏の原点となる問い掛け「そこにユーザーの課題はあるのか」B2Bマーケティング、今この人に聞きたい(1/2 ページ)

30年にわたりIT系B2B企業のマーケティング支援に携わってきたエキスパートが、マーケティング中心の経営を実践するB2B企業を訪ね、そのチャレンジについて聞く。

» 2018年07月10日 10時00分 公開
[濱口 豊ビッグビート]

 今回紹介するSmartHRは、煩雑な労務手続きや従業員情報の管理をWeb上で完結できるクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を提供しているスタートアップだ。2018年の2月には利用企業が1万社を突破し、「働き方改革」を推し進めたい企業の一助となっている。そんな同社が価値基準として掲げるのは、「人が欲しいと思うものを作ろう」という、まさにユーザー体験を重視するプロダクト開発だ。そこに込められた思いとは。

宮田昇始氏と筆者 SmartHR代表取締役の宮田昇始氏(左)と筆者(右)

プロダクトアウトからマーケットインへ

 SmartHR代表の宮田昇始氏は、2013年1月に同社の前身となるKUFUを、共同創業者の内藤研介氏と共に創業した。

 当時、同社では自分たちの代表作を作りたいという一心で、考え得る最良のプロダクトを開発していた。しかし、ローンチした2つのプロダクトは、立て続けに失敗。「敗因は、プロダクトアウトの考え方による、机上の空論で作っていたところにありました」と宮田氏は振り返る。

 2度の失敗を重ね、会社の預金残高は減る一方だった。受託開発の仕事を請けながら、首の皮1枚で食いつなぐ日々が続いた。これではダメだと一念発起した宮田氏は、「Open Network Lab」のシードアクセラレータープログラムに応募した。そこで「あなたたちのプロダクトは、ユーザーの課題を解決していない。ちゃんとユーザーの課題を見つめ直すところから始めましょう」とメンターからアドバイスを受け、「ユーザーの課題が本当に存在しているのか」と仮説を立てながら、アイデアを出していった。

 「仮説を立てて、ニーズの有無を検証して、プロトタイプを作って、使い心地をユーザーにヒアリングして……。その過程で9個のアイデアをつぶした後に思い付いたのが、『SmartHR』だったのです」(宮田氏)

起死回生をかけた12度目の挑戦

 シードアクセラレータープログラムの中で、「誰の?」「どんな課題を?」「どうやって解決するのか?」「市場規模はどれくらいか?」「既存の代替品は何か?」「あなたがやる意義は?」という6つの質問にシンプルに答えられるプロダクトでなければ成功はないと学んだ宮田氏だったが、「あなたがやる意義は?」に対する答えがなかなか見つからず、苦戦を強いられたという。

 「アイデアの種に飢えている時期に、当時妊娠9カ月の妻が、自分で産休・育休の手続きをしている様子を目撃したのです。妻の会社は、社長が経営の傍らバックオフィスを担う小さな会社でした。本来であれば企業が行う産休・育休の手続きに手が回らず、しびれを切らした妻が明らかに大変そうな手続きを自ら行っている。それを便利にするソリューションの存在は聞いたことがない。これはもしかしたら、良いプロダクトを作るチャンスになると思い、思わず『ちょっと待って』と写真を撮らせてもらいました」(宮田氏)

 宮田氏は過去にハント症候群という難病を患い、そのときに社会保険制度によって2カ月ほど生活費を保障してもらえたおかげで、ゆっくりと療養に専念して完治に至った経験があった。もし、社会保険手続きが煩雑だという理由で、手続きに不備があって、受給が遅れたり、受け取れなかったりする人がいたとしたら……。これは自分たちがやるべきビジネスだと、宮田氏が確信した瞬間だった。

宮田氏 2度の失敗に加え、シードアクセラレータープログラムで9個のアイデアをつぶした後、12度目の挑戦で、身近なところに課題を見つけることができた

 そのような苦労の末に生まれたSmartHRは、Open Network Lab 第10期 Demo Day で Best Team Award(最優秀賞)を受賞。2018年1月にはSPV(Special Purpose Vehicle/注)を活用して約15億円の資金調達も果たし、6月には経済産業省が推進するスタートアップの育成支援プログラム「J-Startup」の対象企業に採択されるなど、脚光を浴びる企業へと成長を果たしている。

注:特定の企業やプロジェクトなどに資金を投資する目的で専用のファンドを組成し、資金を供給する仕組み。特別目的事業体。

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