マーケティング・チャネルとしてのメディア・タイプの本格的な再定義活動が始まったのは2009年頃。ITの普及によって顧客接点(=メディア)が多様化し、従来のマーケティング手法は変化を余儀なくされている。デジタルマーケティングの初心者向けにメディアとマーケティングの現在の関係を概観する。
米Frog Designのチーフ・マーケティング・オフィサー ティム・リベリヒト(Tim Leberecht)氏がCNETに「Multimedia 2.0: From paid media to earned media to owned media and back」というタイトルのブログを発表したのは2009年5月のことでした。このエントリーで、リベリヒト氏は、ディスプレイ広告や検索連動広告、タイアップ広告といったコミュニケーション手段を実現するマーケティング・チャネルに「ペイドメディア」(Paid Media)という名前をつけました。加えて、「ペイドメディア」に追随する新しいマーケティング・チャネルとして、「オウンドメディア」(Owned Media)、「アーンドメディア」(Earned Media)がその存在をアピールし始めていると主張しました。
このブログは大きな反響を呼び、以後「ペイドメディア」「オウンドメディア」「アーンドメディア」という語彙が、マーケティング業界の関係者の間で頻繁に口にされるようになりました。しかし、これらの言葉をきちんと定義付ける試みについては、半年ほど後に発表されるあるブログを待たなければなりませんでした。
2009年12月、フォレスターリサーチのショーン・コルコラン(Sean Corcoran)氏が同社のブログに「Defining Earned, Owned And Paid Media」というエントリーをポストしました。このエントリーでコルコラン氏は、「ペイドメディア」「オウンドメディア」「アーンドメディア」の詳細な定義付けを行いました。現在、マーケティング担当者の間で当然のように使われているこれらの語彙の定義は、コルコラン氏のエントリーに大きく影響されているといえるでしょう。
その後、1年ほど経った2010年11月、MaKinsey & Companyは、オンラインジャーナル「MaKinsey Quarterly」に「Beyond paid media: Marketing’s new vocabulary」というエッセイを載せます。著者はデビッド・エデルマン(David Edelman)氏とブライアン・サルスバーグ(Brian Salsberg)氏です。このエッセイの特徴は、「ペイドメディア」「オウンドメディア」「アーンドメディア」を“伝統的なメディア・タイプ”にタグ付けし、“新しいメディア・タイプ”として「ハイジャックトメディア」(Hijacked Media)、「ソールドメディア」(Sold Media)を追加して、企業がマーケティングに活用できるチャネル群を整理し直したことにあります。
「ハイジャックトメディア」というのは、「アーンドメディア」と対になる存在で、企業にとってはネガティブ・キャンペーンの拠点になりうる危険なチャネルであり、「アーンドメディア」の変形版ともいえます。
「ソールドメディア」は、ある「オウンドメディア」が他の企業(あるいは他のマーケティング担当者)にとっては「ペイドメディア」になりうるチャネル、という風に説明できるでしょう。ある企業が展開する「オウンドメディア」が、「ペイドメディア」並みの価値を持った場合、「オウンドメディア」の所有企業は、例えば、新聞社やWebメディア企業のように、バナー広告やタイアップ企画を外部の企業に販売することができます。この分野では、Johnson & JohnsonのBaby Centerが有名ですし、日本では、日本コカ・コーラのコカ・コーラ パークが代表的な「ソールドメディア」といえるでしょう。
なお、「ペイドメディア」と「オウンドメディア」「アーンドメディア」の重なる部分を「シェアードメディア」(Shared Media)として分類することもできます。「All Facebook」(非公式なFacebookブログ)では、2010年8月にポストされた「How To Define Shared Media On Facebook」というエントリーで、コメントや議論、質問の回答などを「シェア」するメディアカテゴリであると説明しています。
「シェアードメディア」については、言葉自体は同じでありながら、違う意味で使われる場合もあります。2011年4月にニューヨークで開催された「Ad Age Digital Conference」で、コカ・コーラ本社のウェンディ・クラーク(Wendy Clarke)氏が紹介したメディア分類です。クラーク氏が定義する「シェアードメディア」は、他社と共同で運営する類のメディアです。ブランドを他社にライセンスして商品化したり、FIFA ワールドカップやオリンピックなどのイベントで制作するコンポジットロゴなどが「シェアード」されたメディアとして定義されたわけです。
2009年半ばあたりから可視化され始めたメディア・タイプの新しい分類活動は、上記のようなさまざまな整理を経て、(異論があるとはいえ)「ペイドメディア」「オウンドメディア」「アーンドメディア」のトリプルメディアと、ブランド共有のチャネルとしての「シェアードメディア」を「+1」とするのが主流となりつつあるようです。
マーケティング・チャネルとしてのメディア・タイプの再定義は、マーケティングに何をもたらすのでしょうか。
早稲田大学商学学術院の恩藏直人教授とアサツー・ディ・ケイの「ADK R3プロジェクト」メンバーは、顧客接点(=メディア)が多様化したことで、従来、企業から消費者へと一方通行で行われていた企業コミュニケーションの在り方が変わり、企業と消費者が共同で価値を創造していく在り方へシフトした、とまとめています(「R3 COMMUNICATION」、宣伝会議)。企業と消費者が「共創価値」を形成する過程には、「Relevance」(自分事化)、「Reputation」(評判化)、「Relationship」(パートナー化)という3つのポイントが存在します。消費者のエンゲージメントは、それらのポイントを通過しながら成長していくというわけです。
メディア・タイプの再定義は、多様化した顧客接点の性質を分析し直す作業であり、そのような顧客接点において、消費者の心理や行動がどのように作用するのかを観察し直す作業であるとも言えるでしょう。
マーケティングとは、企業と消費者とのコミュニケーション活動全般を包含する概念と言っていいと思いますが、コミュニケーションの具体的な手段として、最新の情報技術が活用されるようになったことが、結果的にデジタルマーケティングという言葉を生み出しました。デジタルマーケティングをWebマーケティング、ネットマーケティングと言い換えても同じことです。さらに、インバウンドマーケティング、ソーシャルメディアマーケティング、オウンドメディアマーケティング……といった新たなマーケティング手法も、実はその本質に変わりはないと思います。
つまり、「商品の社会的価値とメディアの役割、そこに乗せる情報文脈をいかに組み合わせるか」(アサツーディケイ 戒田好範氏、「トリプルメディアマーケティング」p.202)というマーケティングの基本的な方法論に変化はないのです。ITの普及によって、組み合わせのパターンが非常に複雑になったために、マーケティングに関する総合的なフレームワークの整理を行なっているというのが、デジタル時代を迎えた現在のマーケティング担当者の共通タスクになっていると整理できると思います。そして、1990年代にネット広告の効果指標が開発されたのと同じ意味で、多様化したメディア環境における新たな効果指標開発が現在活発に行われているわけです。
以上、本稿では、デジタルマーケティング時代のメディア分類と背景について簡単にまとめました。次回はデジタルマーケティング時代の効果指標について考えてみたいと思います。
アイティメディア ITインダストリー事業部 事業開発部 チーフアーキテクト。コンピュータ・ニュース社(BCN) 報道部 記者を経て、2002年にアットマーク・アイティ入社。@IT自分戦略研究所編集長、アイティメディア エンタープライズ編集長を歴任後、現職。
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