Adobe会長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏が「マーケティングチームのために開発された生成AIファーストのアプリケーション」として紹介したのが「Adobe GenStudio」。コンテンツサプライチェーンを包括的にカバーする注目の新製品だ。
前回「アドビの生成AI戦略は『コンテンツサプライチェーン』に焦点 大規模パーソナライゼーションをどう実現する?」において述べた通り、生成AIテクノロジーは「データ」「モデル」「アプリケーション&インターフェース」で構成されるスタックと捉えられる。そのうちアプリケーションの部分に相当するのが、新製品の「Adobe GenStudio(以下、GenStudio)」と「Adobe Experience Platform AI Assistant(以下、AI Assistant)」の2つだ。Adobe会長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏はGenStudioについて「マーケティングチームのために開発された生成AIファーストのアプリケーション」と明言した。
Adobeによれば、コンテンツサプライチェーンは「ワークフローとプランニング」「制作とプロダクション」「アセット管理」「配信とアクティベーション」「インサイトとレポーティング」の5つの要素で構成される。GenStudioは、その全体を「1枚の薄い皮」で覆うようにアドビのさまざまな製品群を統合し、ブランドイメージに沿ったコンテンツ制作を可能にするアプリケーションである。
社内にクリエイティブチームを抱えられる体制を整備している日本企業はまれだ。外部のクリエイティブチームと企業のマーケティングチームの分断がコンテンツサプライチェーンをより複雑なものにしてきたことは否めない。生成AIの台頭は、2つのチームに変革を促すきっかけとなった。具体的にはAdobeは、クリエイティブ制作のプロが不在でも、企業のマーケターが自身でコンテンツサプライチェーンを高速に運用できる環境を提供しようと考えている。
GenStudioを使うことで、企業のマーケティングチームはキャンペーンの計画から、立ち上げ、準備、実行、効果測定に至るまでを1つの環境でできるようになる。具体的にはマーケターは以下のような新機能を利用できる。
マーケター専用のプロジェクト管理ツール「Adobe Workflow」のプランニングモジュールが追加された。これはアセット、タイムライン、プロジェクトステータス、パフォーマンス指標など、キャンペーンに関する情報を結び付け、全体感の把握を容易にする。また、マーケターがWorkfrontでプロジェクトを作成すると、クリエイティブチームが使うコラボレーションツール「Frame.io」にも自動的にプロジェクトができる。企業が外部に写真や動画の制作を委託している場合、委託先に修正指示を出したいことがよくある。伝言ゲームで意図とかけ離れたものができないよう、制作途中のコンテンツを関係者全員で共有し、ブラッシュアップを経て、最終化するときにFrame.ioは役立つ。
コンテンツ制作ツールの「Adobe Express for Enterprise」から、マーケターはブランドの文脈に沿った統一感のあるコンテンツを制作、編集できるようになる。裏側ではCustom ModelsとFirefly Servicesが動いていて、クリエイティブチームとの共同作業も効率的に行うことができる。
DAM(デジタルアセット管理)製品である「Adobe Experience Manager Assets」の新機能として提供される「AEM Assets content hub」は、ブランドのコントロール下にあるアセットを企業内だけでなく外部のパートナーと共有できるようにするものだ。AEM Assets content hubは、コンテンツサプライチェーンにおけるGenStudioとDAMの統合ポイントになる。ここをハブとし、企業はブランド独自のスタイルで、コントロールされたクリエイティブアセットを外部のパートナーと共有できるようになる。
CMS(コンテンツ管理システム)の「Adobe Experience Manager Sites」を使い、一つのクリエイティブアセットを多数のバリエーションに展開できるようにする。例えば、特定のWebページを基に業種、職種、年齢層などのペルソナに合わせ、多数のコピーを作成できる。また、オーディエンスの特性とキャンペーンの目的を定義するだけで、マーケターは画像とコピーの両方を含むメール原稿を作成できるようになる。
オーディエンスに配信したコンテンツへの反響を定量的に分析するためのツール「Adobe Content Analytics」を使い、AIが制作したコンテンツのパフォーマンスをアセットの属性レベルで細かく評価できるようになる。例えばどんな色、オブジェクト、スタイルがターゲットオーディエンスに評価されるかを理解し、次のキャンペーンの計画に役立てられるようになる。
もう1つの新製品であるAI Assistantは、Adobe Experience Cloudのアプリケーション全体を対象に、対話型インタフェースを提供するものになる。
AI Assistantは統合顧客プロファイルを作成する「Adobe Real-Time CDP」、リアルタイムに更新する統合顧客プロファイルでマルチチャネルジャーニーを最適化する「Adobe Journey Optimizer」、複雑なマルチチャネルジャーニーの問題を特定し、購入を促すアクションプランのためのインサイトを得る「Adobe Customer Journey Analytics」などのAdobe Experience Cloudの各製品に組み込まれる。アドビのシニアバイスプレジデントであるアンジュル・ブハンブリ氏(Adobe Experience Cloudエンジニアリング担当)の説明によれば、AI Assistantでできることは大きく分けて4つある。
まず、自然言語でさまざまな質問に応えてくれる。例えば、「セグメントをどんなやり方で構築するか?」「IDマップとは何か?」のような、Adobe製品の使い方や技術情報に関する質問に対応する。初心者のマーケターでも、セルフサービスで重要な概念の理解を深めることができる。
2つ目が、対話形式だけでなく、ガイド付きワークフローを選べるようにしていることだ。例えば、これまでは専門家に頼っていたデータエンジニアリングを伴う複雑なワークフローでも、承認ベースで進められるようになる。
3つ目が、オーディエンスの傾向やジャーニー(購買に至るまでのトリガーになる重要な行動イベント)のシミュレーションができることだ。例えば、「このセグメントでどの程度のコンバージョン数が期待できるか?」「セグメントフィルターを追加すると、どんな影響が出るか?」など、実行前のキャンペーンから予測インサイトを得ることができる。
最後に、インサイトを得た後、AI Assistantからより良いオーディエンスやジャーニーの改善提案をしてもらうこともできる。
AI Assistantの裏側ではAdobeが「Generative Experience Model」と呼ぶモデルが動いている。これには基本モデルとカスタムモデルの2つがある。基本モデルはAdobeの製品ドキュメントやナレッジでトレーニングしたものであり、カスタムモデルは企業が独自に保有する顧客プロファイルやキャンペーンに関する情報、目標数値でトレーニングしたものだ。
コンテンツサプライチェーンの混乱がなくなれば、顧客には心地よい体験がもたらされ、企業はブランド本来の価値を毀損することなく提供できる。だからこそ「『世界を動かすデジタル体験を』というAdobeのミッションは、これまで以上に重要だ」とナラヤン氏は強調する。
生成AIによって前例のないほど大規模なパーソナライゼーションが可能になった2024年は、競争力向上を目指す企業が行動を起こす絶好のタイミングと言えるのではないだろうか。
冨永裕子
とみなが・ゆうこ フリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタント。2つのIT調査会社でエンタープライズIT分野におけるソフトウェア分野の調査プロジェクトを担当する。その傍ら、ITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトも経験する。新興領域、テクノロジーとビジネスのギャップを埋めることに関心あり。
(取材協力:アドビ)
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