ブランドの真価が問われる時代に、企業の存在意義をいかに表現し、消費者との関係を深めていくか。100年の歴史を持つ江崎グリコが、その原点に立ち返りながら切り開く新たな挑戦の軌跡に迫る。
創業100年の節目を迎えた江崎グリコが今、原点回帰とも言える新たな挑戦を始めている。それが「GOOD LIFE CIRCLE」プロジェクトだ。
「ポッキー」や「ビスコ」など、長く愛される菓子を数多く世に送り出してきた同社だが、その原点には「食品を通じて国民の体位向上に貢献したい」という信念がある。プロジェクトはこの思いを具現化すべく、健康な生活習慣づくりをサポートする目的で立ち上がった。
第一弾の取り組みとして2024年末に展開された「グリココンディショニングスタジオ」は、現代人の課題である疲労回復に特化した体験型サービスだ。リモートワークの定着やデジタルツールの活用機会の増加など、現代社会において心身の疲労がたまりやすい状況が続く中、多くの人々の健康な生活習慣づくりをサポートする場として展開された。
同社はこれまでも、栄養価の高い菓子の開発や、健康に配慮した商品ラインアップの拡充を通じて、人々の健康な暮らしを支援してきたが。健康志向が一層高まる現代において、その存在感をより鮮明に打ち出そうとしている。体験型サービスを通じて健康への「循環」を生み出すという今回の挑戦は、創業以来の理念をより直接的な形で実現しようとする試みと言えるだろう。
江崎グリコ社長室コーポレートブランディンググループ長の三木依子氏に、新プロジェクト「GOOD LIFE CIRCLE」始動の背景と展望を聞いた。
ーー近年、心身の疲労が社会問題として注目されています。この分野に着目したきっかけを教えてください。
三木 江崎グリコ(以下、グリコ)は「食品による国民の体位向上」という創業者の強い信念の下、設立当初から人々の健康な暮らしを支える企業として歩んできました。そして、2021年に掲げた長期経営構想において、戦略的に注力する5領域「発育・栄養の最適化」「成長の支援」「運動能力の強化」「脳機能の向上」「ヘルシーエイジング」を定め、これらの分野での価値提供を目指し研究開発と事業活動を進めています。この5領域のうち「運動能力の強化」領域において「疲労」をテーマと設定しました。その理由は、疲労が生活者の皆さまが日常において自覚しやすく、健康習慣づくりのきっかけや習慣化につながりやすいテーマだと考えたからです。
疲労は健康維持や生活の質に直結する重要な課題であり、また、その疲労のかたちは多様化しています。特にコロナ禍によって、在宅勤務の増加や運動不足、それらによる精神的不安などを経験する人が増え、人々の生活様式や健康意識は大きく変化しました。
こうした変化を受けて、私たちは既存事業である食品の枠組みを超えた包括的なアプローチによる生活者の健康に関する課題解決の必要性を、より強く感じるようになりました。グリコ社内の知見を活用し、生活者の皆さまに疲労に関する気づきや健康的な習慣づくりのきっかけを提供することにより、心身ともに健康で活力に満ちた生活の実現に貢献したいというのが、プロジェクト始動の背景にある思いです。
ーープロジェクトの始動から「グリココンディショニングスタジオ」の開発に至るまで、体験内容を開発する過程での工夫や、特にこだわった点などはありますか。
三木 グリココンディショングスタジオで重要視したのは「コンディションの可視化」と「心と体の癒し体験」です。
コンディションの可視化においては、具体的にどのような生体指標を用いるかについて、さまざまな検討を経て、脈波と心電波、筋硬度を指標とすることに決めました。
心と体の癒し体験の設計にあたっては、プログラムの実施前後で参加者に変化を確認してもらえるような内容となるよう試行錯誤を重ねました。
プログラムの実施前に提供するドリンクは、その処方や提供の仕方にグリコならではの工夫を施して、今回のプログラムに最適なものを開発しています。
プログラムは、当社の研究を参考に、専門家の監修を得た上で開発し、生活者を対象とした検証を経て、体の調子を整えたい人向けの「アクティブレスト」と、心の調子を整えたい人向けの「ヒーリング」の2種類を提供することとなりました。「アクティブレスト」プログラムは、軽い運動によって体の調子をととのえるメソッドで、参加者が無理なく取り組めるプログラムを設計するため、運動生理学の知見を取り入れ、ストレッチやヨガなどリラクゼーション効果を伴う動きを組み込んでいます。このプログラムはヨガクリエイターであるaya氏の監修を受けました。一方「ヒーリング」プログラムは、リラックスできる空間を照明、アロマ、音響など細部の環境設計によって演出し、頭から肩にかけて緩やかな力でケアをするものです。このプログラムはボディマッサージ・アロマセラピストの安齋康寛氏に監修を受けました。
事前のコンディション測定に始まり、ドリンクを飲み、プログラムに参加した後に再びコンディション測定を行い、どのような変化がおきたのかを自ら確認していただくという一連の中で、疲れたお客様に気づきを与えることができるよう全体を設計しています。
なお、神戸大学大学院の片岡洋祐先生(科学技術イノベーション研究科 特命教授)に本イベントの全体監修を行っていただきました。
ーー すでにさまざまなリラクゼーションサービスが存在する中で、今、こうした取り組みを始める理由を教えてください。
三木 リラクゼーションサービスの市場には、すでに多様な選択肢が存在しています。その中で私たちが目指しているのは、一過性の癒やしやリラクゼーションにとどまらず、「科学的根拠に基づいたソリューションと、健康的な習慣づくりのきっかけ」を提供することです。グリコはこれまで食や健康に関して多様なデータと知見を蓄積してきました。毎日の「食」と向き合ってきたグリコだからこそ、食品メーカーとしての視点を加えて生活者の皆さまをサポートすることにより、日常生活の中で疲労というテーマに貢献できるのではないかと考えております。
ーー 最終的に、このプロジェクトを通じてどのような価値を社会に提供したいと考えていますか。
三木 疲労は一見、個人の問題として捉えられがちですが、実際には企業の生産性や社会全体の活力に大きな影響を与える極めて重要なテーマです。疲労が蓄積すると、集中力や判断力が低下し、事故やミスのリスクが増大します。また、慢性的な疲労はメンタルヘルスやフィジカルヘルスに深刻な影響を及ぼし、結果として医療費の増加や休職・離職率の上昇といった社会的コストを生む要因にもなります。
私たちは、健康づくりの3要素として栄養、運動、休息へのアプローチが重要だと考えています。「GOOD LIFE CIRCLE」において健康に関するさまざまな課題・テーマを取り上げ、その具体的なソリューションを提供することにより、あらゆる人々が健康で豊かに暮らせる社会の実現に貢献したいと考えています。
ーー プロジェクトについて、将来的な展望や今後の計画について教えてください。
三木 私たちは、本プロジェクトにおいて「フィードバックループ」という考え方を重視しています。生活者の皆さまには、本プロジェクトにおいてご提案・ご提供するソリューションによって得た健康に関する気づきをスタート地点として、健康づくりを習慣化し、よりすこやかな毎日の実現につなげていただきます。併せて、私たちはプロジェクトを通じて接した生活者の皆さまのデータやフィードバックに基づき、さらに高い価値を提供するソリューションにつなげていきます。この両輪を廻す役割を「GOOD LIFE CIRCLE」が果たそうと考えています。
今回の虎ノ門ヒルズでの「グリココンディショニングスタジオ」イベントにおいても、参加者から多くのフィードバックをいただきましたので、その学びを生かし、次回以降の展開を検討してまいります。より多くの人々に体験してもらうという方向もありますし、コンディションが変化した体験を一度きりにせず習慣化できるようにするという方向もあると思います。また、グリコですでに取り組み商品化・事業化が進んでいる適正糖質、抗酸化、減塩などの健康テーマとの融合という方向も考えられますし、5領域とは異なる全く新規の領域に挑戦する可能性もあります。
今後もグリコの持つ研究・開発における知見を基に、生活者の皆さまにどのような価値提案していけるかを考え、取り組んでまいります。
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