第15回 Social CRM最前線――海外事例に学ぶカスタマー・エンゲージメント【連載】海外事例に学ぶマーケティングイノベーション(3/5 ページ)

» 2013年12月26日 10時00分 公開
[馬渕邦美,オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン]

人を結ぶコーヒーブレイクを、人を結ぶソーシャルメディアで訴求する、ネスカフェ

 成熟期の産業は、商品やカテゴリー自体に大きな変化がないため、ソーシャルメディアで爆発的な口コミを産むような話題を作りにくい。しかし、広告宣伝にはそのような仕掛けを創出し、広告費用対効果を最大化することを求められている。そんなプレッシャーを持つ読者も多いのではないだろうか。

 コーヒーが成熟産業であることは周知の事実であろう。パッケージデザインの変更や新しいフレバ―などによって、多少なりとも、人々の話題に上がるニュースは提供できるかもしれない。が、それでも限度がある。では、成熟産業はどのようにして仕掛けを創出し、広告費用対効果を最大化すればよいのか。

 このコラムでも何回か述べてきた通り、ソーシャルで共感される要素は、新製品情報や新しいフレバ―だけではない。ブランド、もしくは、カテゴリーの普遍の価値に触れた時、ソーシャルでは共感の嵐が起こり、口コミといううねりを生む。

 ゆえに、成熟産業など話題性の少ないカテゴリーで展開するブランドは、ブランドやカテゴリーが提供する普遍の価値を刺激するようなコミュニケーションを展開することをお勧めしてきた。

 成熟期のカテゴリーが普遍の価値を刺激するコミュニケーションを展開した例として、ネスカフェのフィリピンでのキャンペーンThe Extraordinary Chainを紹介しよう。

 最初に、ネスカフェが提供する「普遍の価値」は何か考察しよう。

 オグルヴィ・アンド・メイザー・フィリピンは、キャンペーンを手掛けるにあたり、その価値を次のように定義した。「Tune into the Simple Joys of Life」。意訳すると、「日々生活の中にちりばめられたささやかな喜びにとけこむ」となるだろうか。

 人は、コーヒーを口にして「ほっとする瞬間」を確認する。「ほっとする。」ことで、日々の仕事や、家事などに忙殺されている自分を解き放ち、自分自身に素直に向き合うことができる。コーヒーの味そのものを楽しむ以上に、この「ほっとする。」感覚、ひいては、素直に自身に向き合う時間を作ることに重きを置く人も多いのではないだろうか。

 そんな自分に向き合う時間を与えてくれるのがコーヒーブレイクであり、至極なひと時を提供してくれるのがコーヒーである。ネスカフェの社会への普遍的な価値とは、ネスカフェが提議するところの、「日々生活の中にちりばめられたささやかな喜びにとけこむ」ということなのである。 

 コーヒーを飲む人は、コーヒーへの対価以上に、こうした感覚へ対価を支払っている。少なくとも私はそうだ。ネスカフェは、ブランドが持つ普遍の価値をキャンペーンコミュニケーションの核に位置づけて展開した。コミュニケーションアイディアは、「Helps you find the extraordinary in the ordinary.」だ。意訳すると「日常にある特別(非日常的)な輝きを見つけ出すことを助ける」になるであろうか。

 ネスカフェは、日常の中に特別(非日常的)な輝きを見つけた瞬間をツイートしてもらうことを推奨し、特別な瞬間を感じた情報をプラットフォームに集約した。

 さらに、ソーシャルメディアを利用してその発見を友人達と共有することを推奨した。 

 この仕掛けによりコーヒーの持つ普遍的価値と、ソーシャルメディアの普遍的な価値が一致し、相乗効果を生んだ。

 「第8回 ソーシャルメディアでムーブメントを起こす際の心得」でも述べたが、ソーシャルメディアというメディアが消費者に爆発的に受け入れられている理由〜普遍的価値は、「実名であれ仮名であれ、価値という普遍の真理に立脚したコミュニティは自発的に発生し、増殖し、そしてソーシャルメディアとして媒体化する。人はつながり、意見交換、価値交換、価値創造、そして価値共有する。そのことにより、自分の価値を確かめ、自分が信じる真理をより確信できる喜びを経験する」ことにある。ソーシャルメディアでの拡散力の原動力とは、この普遍の価値の再確認による喜びの体験の輪である。

 コーヒーの持つ普遍的価値とソーシャルメディアの特性が共鳴し、エンドレスなうねりとなって、口コミが拡大していく仕掛けがそこにある。

 そのうねりをさらに助長すべく、ネスカフェはソーシャルアクティビティに対して、バーチャル貨幣であるポイントも提供した。参加者は、獲得したポイントで、Tシャツやマグカップなどの景品を獲得することができる。獲得したポイントで景品を獲得したりすることができるだけでなく、その景品で、CSR活動に仕組みも構築した。

 Fare TradeというコンセプトがCSRの一環として注目されていることを受け、コーヒー農家の若い世代に向けた教育プログラムへの寄贈プログラムを用意したり、Echoというコンセプトに代表される緑地化への植林活動の参加も用意した。参加者は、コーヒーブレイク情報を友人と交換し交流の輪や、頻度などを拡大しながらコーヒーブレイクを満喫するだけでなく、そうしたCSR的活動への参加メリットを享受することができる。

 このキャンペーンには、サイレントマジョリティの声を活性化させ、新しい需要を喚起し、ネットワーク価値を最大化させる仕掛けが効果的に数多く詰め込まれていることが理解できるだろう。普遍の真理を核に、真理を確認する喜びの輪を拡大しながら、ブランドは消費者と絆を深めていく。これこそ、Social CRMのカスタマー・エンゲージメントの仕組みである。

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